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第35話:ヴァイスの査定


 ヴァイスが僕たちの村に、滞在を始めてから三日が過ぎた。

 その三日間は僕たちにとって、まるで薄氷の上を歩かされているような息の詰まる時間だった。


「ふむ。これが君たちが、誇る農地かね。確かに作物は、よく育っているようだ。だがいささか、畑の畝の立て方が雑然としているな。これでは効率的な収穫は望めまい」

「……ご指摘ありがとうございます。今後の参考にさせていただきます」

「ほう。これがドワーフたちが寝起きしている住居か。なるほど、頑丈ではあるようだ。だがいかんせん、美意識というものが欠けている。まるでただの穴蔵だな」

「……彼らは華美な装飾よりも、機能性を重んじる種族ですので」


 ヴァイスは毎日、僕を伴って村の隅々までを『査定』と称して見て回った。

 その度に丁寧な、しかし棘のある言葉で、僕たちの仕事の一つ一つに難癖をつけていく。


 彼のやり方は巧妙だった。決して大声で罵倒したりはしない。

 ただ静かに、僕たちの誇りを、少しずつ削り取っていく。村人たちの間にも日に日に、不満と不安の空気が、広がっていった。


 その悪意の矛先はついに、僕たちの希望の星であるギムガーさんの工房へと向けられた。


「――ここが例の、ドワーフの工房か。なるほど、噂に違わぬ熱気だな」


 巨大な天然の洞窟を改造した、僕たちの新しい大工房。その入り口でヴァイスは満足げに頷く。


 中では、ギムガーさんが上半身裸になり、巨大な槌を振るっている。

 その鍛え上げられた肉体からは、滝のような汗が流れ落ち、工房の熱気と相まって白い湯気となって立ち上っていた。


「……何の用だ、貴族の若造。ここは神聖な職人の仕事場だ。お前のような、汗も泥も知らん坊やが気安く入ってくるな」


 僕たちの存在に気づくと、ギムガーさんは忌々しげにそう吐き捨てた。

 彼の人間嫌いは相変わらずだ。けれどその無礼な態度にも、ヴァイスは気を悪くした様子もなく、むしろ楽しそうに、目を細めた。


「素晴らしい剛腕だ。そしてその技術。私が今まで見てきたどんな王都の職人よりも上だろう。……ギムガーと言ったか。このような辺境の地でその腕をくすぶらせているのは、宝の持ち腐れだとは思わんかね?」

「……なんだと?」

「私の配下になれ。そうすれば王都に、これの十倍の規模の工房と、最高の設備を与えてやろう。私のために働くというのなら、望むままの名誉と富を約束する」


 それはあまりにも、直接的な引き抜きの誘いだった。

 しかしギムガーさんは、その破格の提案を、鼻で笑い飛ばした。


「……ケッ。下らん。ワシは金や名誉のために槌を振るっているんじゃねえ。ワシが打ちたいものを、打ちたい場所で打つ。ただそれだけだ。それに……」


 ギムガーさんはちらりと、僕の方を見た。


「ワシはな、ここの領主の心意気に惚れたんだ。金や権力で、平気で人を裏切る、どこぞのクソ貴族とは違うんでな。さっさと失せろ。てめえのその綺麗な服が汚れるぜ」


 あまりにも率直な侮辱の言葉。

 ヴァイスの完璧だった笑みの下にぴしりと、青筋が浮かんだのを、僕は確かに見た。


「……面白い余興だったな」


 彼はそれだけ言うと、静かに工房を後にした。

 けれどその背中からは、燃えるような屈辱の炎が立ち上っているようだった。


 そして、その日の夕刻。

 ヴァイスは僕を、村が一望できる小高い丘の上に呼び出した。


「さて、リオ・アークライト。三日間、君のこのちっぽけな村を見て回った。結論から言おう。この土地には何の価値もない」


 彼は冷たく、そう宣告した。


「確かに、亜人どもを上手く手なずけてはいるようだ。だがそれだけだ。このような辺境の痩せた土地。王家がわざわざ、直轄の特区として保護するほどの価値は微塵も感じられなかったな」

「……それはあなたの、感想ですよね」

「ああ、そうだ。そしてその私の感想が、国王陛下への正式な報告書となる。だが……」


 そこで一度言葉を切ると、ヴァイスは僕の目をじっと見つめる。


「君に最後のチャンスを与えてやろう。君のその、ユニークスキルとやら……【土地鑑定】だったか? その力でこの土地に眠る『最大の価値』とやらを、この私の目の前で示してみせろ。もしそれが、私の心を動かすほどのものであれば、報告書の内容を少しだけ書き換えてやらんこともない」


 それは最大の挑発だった。

 僕のスキルの本質を見極め、僕がもし大した価値を示せなければ、それを徹底的に嘲笑うつもりなのだ。


 僕は静かに目を閉じた。

 ヴァイスにはまだ見せていないものもある――聖獣・ハクの存在だ。いくらヴァイスといえど、僕が聖獣を手懐けていると知れば薄ら笑いばかり浮かべているわけにはかないだろう。

 しかし、ハクのことを安易に明かすわけにはいかない。彼は僕らにとっての最後の切り札だ。


 ならば、今の僕が見せるべきものは何か。

 僕はゆっくりと目を開ける。


「……分かりました、ヴァイス様。お見せしましょう。この土地が秘めた、本当の可能性を」


 足元の大地にそっと手を触れる。全神経を集中させ、【土地鑑定】のスキルを最大出力で発動させた。


 途端に僕の、意識は大地の下、深く、深く潜っていく。そして僕は、それらを『見た』。


「……ヴァイス様。僕たちが立っているこの丘の、遥か地下。そこには、この王国において最大級の地熱溜まり……マグマ溜まりが眠っています」

「……なに?」

「この尽きることのない熱エネルギーを利用することができれば、この村は冬でも凍えることのない、温かい理想郷となるでしょう。それだけではありません。この熱は、ギムガーさんの工房の炉の動力源となり、王国中のどんな金属をも溶かす最強の火力を生み出します」


 僕はそこで一度言葉を切り、今度は遥か北の山々を指差す。


「あの山脈一帯。あそこにはまだ、誰にも知られていない広大な薬草の群生地が広がっています。中には、王都のどんな高名な錬金術師ですら見たこともないような、希少な薬草も含まれている。それらを利用すれば、どんな病や怪我をも癒す万能薬を作り出すことも夢ではありません」


 尽きることのないエネルギーと、無限の可能性を秘めた、薬草。

 僕が提示した、二つの未来のビジョン。

 それはヴァイスの想像を遥かに超えていたのだろう。常に冷静沈着だったはずのその顔に、初めて動揺の色が浮かんでいた。


 だがヴァイスは、すぐにその動揺を、完璧なポーカーフェイスの下に隠す。


「……ほう。面白い与太話だ。だがそれが真実だと証明する術はあるのかね?」

「ええ。僕のこのスキルが、何よりの証拠です」

「……そうか」


 ヴァイスはそれだけ言うと、僕に背を向けた。


「よかろう。ならばじっくりと試させてもらうとしようじゃないか。その『価値』とやらを、君が守り通せるのかどうか」


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