第34話:祭りの夜と、招かれざる客
収穫祭の当日は雲一つない、完璧な秋晴れに恵まれた。
昼間から村の広場は、大変な賑わいを見せていた。中央の焚き火では巨大な猪の丸焼きが、香ばしい匂いをあたりに振りまいている。
テーブルには、ミリアたちが腕によりをかけて作った、色とりどりの料理が所狭しと並べられていた。
瑞々しい野菜のサラダ、具沢山のキッシュ、ほかほかの芋の蒸し焼き、そして大樽にたっぷりと用意された、村自慢の果実酒。
「うおおお! 飲むぞ、お前ら! 今日は無礼講だ!」
グルドさんやギムガーさんを始めとするドワーフたちは早速、自慢の酒豪ぶりを発揮し、巨大なジョッキを何度も何度も、打ち鳴らしている。
兎獣人たちは軽やかなステップで、民族舞踊を披露し、その周りをカカンとココンを始めとする子供たちが、きゃっきゃと笑いながら駆け回っていた。
「いやはや、見事なものですね、リオ殿」
招待客として一番の上座に座っていた、ロックベルクの領主、ヘイワード男爵が感心したように、僕に話しかけてきた。
「これほど多くの種族が、何のわだかまりもなく一つの家族のように、笑い合っている。こんな光景は王都でも、お目にかかれませんぞ」
「ありがとうございます。これも皆が、頑張ってくれたおかげです」
「それにこの料理! 素晴らしい! 特にこの野菜の味の濃さ……。我がロックベルクのどんな高級レストランよりも、美味ですな!」
ヘイワード男爵は心から、この祭りを楽しんでくれているようだった。
彼の隣ではセリナさんも、ミリアと楽しそうに、料理や商売の話に花を咲かせている。
僕も友人たちの輪に加わり、他愛のない話に笑い合った。
この幸せな光景。これこそが僕が、命を懸けて守りたかったものだ。心の中に温かい満足感が、じんわりと広がっていく。
しかし、そんな平和な空気を切り裂くように。一人の招かれざる客が現れた。
「……ふん。ずいぶんと楽しそうじゃないか。リオ」
聞き覚えのある傲慢な声。
はっとして振り返ると、そこには心底つまらなそうな顔で僕を睨みつけている、バルド・アークライトの姿があった。
「……兄上。なぜここに……」
「決まっているだろう。お前が王に認められたという、その『聖獣特区』とやらがどれほどのものか、この目で確かめに来てやったんだ。父上に言われてな」
彼の登場に祭りの、陽気な空気が一瞬で、凍りついた。
村人たちが警戒した目で、僕と兄上を、遠巻きに見つめている。
「……見ての通りですよ、兄上。皆が幸せに暮らしている。それだけです」
「幸せだと? 亜人どもと泥にまみれて、馴れ合っているだけではないか。アークライト家の人間が聞いて、呆れるわ」
兄上はそう吐き捨てると、僕たちの村を汚物でも見るかのような、侮蔑の目で見渡した。
彼がまた何か、言葉を紡ごうとした、その時。
突如地響きのような、馬の蹄の音が村の外から、響き渡ってきた。
それも一つや、二つではない。統率の取れた数十騎の、騎馬隊の音だ。
祭りの陽気な音楽が、ぴたりと止んだ。村人たちの顔から笑顔が消え、不安と恐怖の色が、浮かび上がる。
やがてその一団は、僕たちの広場の入り口で、馬を止めた。
一糸乱れぬその動き。先頭に立つ馬の上には一人の、貴族の男が座っている。
歳は三十歳手前だろうか。きっちりと撫でつけられた美しい銀髪。冷たい紫色の瞳。
その身にまとった紫を基調とした、豪華な礼服は彼が、極めて高位の貴族であることを、示していた。
彼は馬の上から、僕たちをまるで、虫けらでも見るかのように見下ろすと、その薄い唇をゆっくりと、開いた。
「――私がゲルハルト侯爵家の、ヴァイス・フォン・ゲルハルトだ。国王陛下の名代として、この『聖獣特区』がその名に値する、価値ある土地か、どうか。査定しに来てやった」
ヴァイス・フォン・ゲルハルト。その名前を聞いて兄上の顔色が変わった。
彼こそ今、王宮で最も、権勢を誇る第二王子派の、若き旗頭。僕たちアークライト家とは、対立する派閥の中心人物だ。
「国王陛下の名代、だと……? なぜ貴殿が……」
兄上の戸惑いの声にも、ヴァイスは一切、表情を変えない。
その冷たい視線は、ただまっすぐに、僕だけを射抜いていた。
「喜べ、リオ・アークライト。国王陛下は貴様の、その手腕に大層、ご興味をお持ちだ。故にこの私に、直々に命じられたのだよ。その価値を厳正に、見極めよ、と」
その言葉は丁寧な、貴族の言葉遣いだった。
しかしその声には、隠しようもない敵意と、侮蔑がこもっていた。
彼の目的はおそらく査定などではない。
僕と僕の村に、難癖をつけながら、その価値を貶めること。
あわよくば、この特区の利権を自らの派閥の手中に収めることだろう。
楽しかった祭りの空気は、完全に消え失せていた。村人たちの不安げな視線が僕の背中に突き刺さる。
僕は静かに、一歩前に出た。そして馬上の、冷徹な貴公子をまっすぐに見据えた。
「ようこそ、ヴァイス様。聖獣特区へ。私、リオ・アークライトが歓迎いたします」
僕の、領主としての新たな戦いが静かに幕を開けた気がした。
※第3部構想に入るため、本日よりしばらく1日1話ずつ更新になります。




