第33話:収穫祭の準備
ダミアン・バルトがロックベルクから追放されて、一月が過ぎた。
あの事件の後、僕たちの村を取り巻く環境は劇的に改善された。
バルト商会という大きな障害がなくなったことで、僕たちの聖獣特区とロックベルクとの交易は、セリナさんのリコリス商会を通じて本格的に軌道に乗り始めたのだ。
僕たちが丹精込めて育てた、高品質な野菜や薬草。ギムガーさんがその剛腕で打ち上げた、見事な鉄製品。
それらはセリナさんの、誠実で巧みな商才によって、次々とロックベルクの市場へと、流通していった。
その対価として、村には多くの物資と、安定した収入がもたらされるようになった。
以前とは比べ物にならないほどの、豊かな暮らし。村人たちの顔には未来への不安の色はなく、ただ穏やかで、満ち足りた笑顔が溢れていた。
街道の建設も妨害が入らなくなったことで、順調に進み、先日ついに、全線開通の日を迎えた。もうあの、危険な獣道を時間をかけて、移動する必要はない。
戦いは終わり、僕たちの村には本当の意味での、平和な日常が訪れたのだ。
そんなある晴れた日の午後。
僕は村の広場を見渡しながら、ふと一つのアイデアを、思いついた。
「――収穫祭、ですか?」
僕の提案にミリアが、その大きな赤い瞳をぱちくりとさせた。
「うん。僕たちがこの土地で、初めて本格的に、自分たちの力で豊作を祝うお祭りだ。それに今回は、ダミアンとの戦いという大きな試練を、皆で乗り越えた戦勝祝いも兼ねてね。これまで頑張ってくれた、皆への感謝の気持ちを、伝えたいんだ」
「……いいですね、それ! すっごく、いいです、リオさん!」
僕の言葉にミリアの顔が、ぱあっと明るく輝いた。
その提案はすぐに、村中の知るところとなり、皆大賛成で、受け入れてくれた。
こうして聖獣特区、第一回『大収穫祭』の開催が正式に決定した。
それからの村の熱気は、凄まじいものだった。
誰もが来るべき、祭りの日に向けて自分の役割を、見つけ、生き生きと準備を進めていく。
「おい、小僧! 祭りの飾り付けに使う金属の細工は、任せておけ! ワシの芸術的なセンスを、見せてやるわ!」
ギムガーさんはそう言って、自ら装飾品作りを、買って出てくれた。
普段は武器や、農具ばかりを打っている彼が、楽しそうに金属で、動物や花の形のオーナメントを作っている姿は、なんだかとても、微笑ましかった。
「料理のことは私たちに、お任せください! 畑で採れた最高の食材を使って、皆が腰を抜かすような、ご馳走を、用意してみせます!」
ミリアは兎獣人の女性たちをまとめ上げ、収穫祭の特別メニューの、考案に取り掛かっていた。彼女のリーダーとしての才能は、こういう時も本当に頼りになる。
「「リオお兄ちゃん、あのね! お祭り用にお花、いっぱい摘んできたの!」」
カカンとココンの双子も村の子供たちと、一緒になって野原を駆け回り、祭りの飾り付けに使う色とりどりの、綺麗な花をたくさん、集めてきてくれた。
人間もドワーフも、獣人も。全ての種族が一つの、大きな喜びに向かって、心を一つにしている。
僕がずっと、夢見てきた理想の光景が、今確かに、目の前に広がっていた。
僕はこの、素晴らしい祭りに僕たちを、支えてくれた恩人たちを、招待することにした。
ロックベルクの領主、ヘイワード男爵と、それから僕たちの最高のパートナーであるセリナさんだ。
二人とも僕からの招待状を、大変喜んでくれて、祭りには必ず参加すると約束してくれた。
そしていよいよ、収穫祭の前日。村の準備は最終段階を、迎えていた。
広場の中央には巨大な焚き火が組まれ、その周りには村人たちが、手作りしたテーブルや椅子がずらりと、並べられている。
建物の壁には子供たちが集めてきた、色とりどりの花とギムガーさんが作った、金属の飾りが美しく、飾り付けられていた。
厨房の方からは、ミリアたちが作るご馳走の美味しそうな匂いが漂ってくる。村中が幸せな、期待感に満ち溢れていた。
僕は小高い丘の上から、そんな村の様子を、一人静かに、眺めていた。
夕日が地平線の向こうに、沈もうとしている。空は燃えるような、オレンジ色に染まり、僕たちの村を優しく、照らし出していた。
追放され、全てを失い、たった一人でこの荒野に、やってきたあの日。
あの時の絶望的な気持ちが、今ではもう、遠い昔のことのように感じられる。
僕の周りには今、こんなにも多くの、温かい仲間たちがいる。僕が守りたいと、心から願う大切な家族が、いる。
『……良い眺めだな、我が主よ』
いつの間にか僕の隣にやってきていた、ハクがその巨大な体で、僕にすり寄ってきた。
その金色の瞳が僕と同じように、夕日に染まる村を優しく、見つめている。
「うん。本当に良い眺めだ」
僕はハクの、柔らかな毛並みをそっと、撫でた。明日から始まる、収穫祭。きっと素晴らしい、一日になるだろう。
この穏やかで、幸せな時間がいつまでも、いつまでも続いていきますように。僕は沈みゆく夕日に、心からそう、祈った。
しかし、この時の僕はまだ知らなかった。
この平和な祭りの夜に、これまでで最も厄介な招かれざる客が訪れることになると……。
 




