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第32話:悪徳商人の末路


 翌日、ロックベルクの領主の館は朝から、ただならぬ緊張感に包まれていた。


「――以上が、事の顛末です、ロード・ヘイワード」


 応接室で僕とセリナさんは、この町を治める領主、ヘイワード男爵に向かい合っていた。

 テーブルの上には、僕たちが命懸けで集めた、ダミアンの罪の証拠がずらりと並べられている。


 バルト商会の紋章が刻まれた荷馬車の残骸。魔物誘導薬の成分が検出された飼料。

 そしてダミアンの署名が入った、決定的な『指示書』。


 ヘイワード男爵は初老の、穏やかな顔つきの男だが、その瞳の奥には為政者としての、鋭い光が宿っていた。

 彼は僕たちの報告を、腕を組んで黙って聞いていたが、やがて重々しく、口を開いた。


「……信じられんな。あのダミアンがこれほど、悪辣な手を……。聖獣特区の街道建設を妨害し、あわよくば領主であるリオ殿の命さえも奪おうとした、と。これは単なる商売上の争いではない。我がロックベルクと王家直轄の特区との関係を、根底から揺るがしかねない重大な事件だ」


 彼の声には怒りと、それ以上に深い困惑の色が滲んでいた。


「ですが、ロード・ヘイワード。相手はバルト商会です。この町の税収の二割近くを納める、最大手の商会。下手に手を出せば町の経済が、混乱に陥る恐れも……」


 彼の言うことも一理ある。

 ダミアンは金と力で、この町の隅々にまで根を張っている。彼を裁くことは大きな痛みを伴うかもしれない。


 だがここで、僕たちが引き下がるわけにはいかない。


「ヘイワード様」と、僕は静かに、しかし力強く言った。


「確かにバルト商会を失うことは、一時的にこの町に、痛みをもたらすかもしれません。ですが長期的に見れば、どうでしょうか?」

「……どういうことかな、リオ殿」

「ダミアンのような己の利益のためなら、平気で法を破り人の命さえも脅かすような商人が、この町の経済を牛耳っている。そのこと自体がこの町の、未来にとって最大の『リスク』なのではありませんか? 今回僕たちが、彼の悪事を暴かなければいずれ、第二、第三の被害者が必ず、出ていたはずです」


 僕の言葉に隣に座るセリナさんも、力強く頷いた。


「ロード・ヘイワード。商人が最も、重んじなければならないのは『信用』です。ダミアンの行いはその信用を、自ら地に貶めるもの。彼のような存在を我々、商業ギルドが許しておくわけにはいきません」


 僕とセリナさんの真摯な訴えに、ヘイワード男爵はしばらく、目を閉じて何かを考えていた。

 やがて彼は、ゆっくりと目を開けると、その瞳にはもう迷いの色はなかった。


「……分かった。リオ殿、セリナ殿。両名の覚悟、見事だ。私が責任を持って、この件裁かせてもらう」


 彼はそう言うと、傍に控えていた執事に命じた。


「直ちに商業ギルドの、緊急集会を招集せよ。当事者であるバルト商会当主、ダミアン・バルトの召喚も忘れるな」


 裁きの舞台は整った。


          ◇


 その日の午後、ロックベルクの商業ギルドホールは異様な熱気に包まれていた。


 緊急招集の報を受け、集まった多くの商人たち。彼らは皆、不安と好奇の入り混じった顔で、議長席に座るヘイワード男爵と、その脇に立つ僕とセリナさんを、見つめている。


 やがて扉が、仰々しく開かれ、ダミアンがその肥満した体を揺らしながら入ってきた。

 彼の顔にはまだ、余裕の笑みが浮かんでいる。


「これは、これは、ロード・ヘイワード。ギルドの皆様もお揃いで。して、この私をこのような形で、お呼び立てになるとは一体、どのような緊急のご用件ですかな?」


 彼は僕とセリナさんに、一瞥をくれるとふん、と鼻で笑った。まだ自分の立場を、理解していないらしい。


「ダミアン・バルト。単刀直入に聞く。貴様、聖獣特区の街道建設を妨害するため魔物を誘導したな?」


 ヘイワード男爵の厳しい問いに、ダミアンはわざとらしく、肩をすくめてみせた。


「はて……。何のことやら、さっぱり。私はただ、日々の商売に励んでおりますが」

「しらを切るか。ならばこれを見ても、同じことが言えるかな?」


 僕が合図をすると、自警団の若者たちがバルト商会の紋章が刻まれた、荷馬車の残骸をホールの中央に、運び込んだ。


「なっ……!?」


 それを見た瞬間、ダミアンの顔からさっと、血の気が引いた。


「これは先日、ロックリザードの襲撃現場の近くで、発見されたものです。あなたの商会のものですね?」

「し、知らんな! 盗まれたものかもしれん! そうだ、きっとそうだ!」

「ではこの、魔物誘導薬が仕込まれた飼料と、捕らえた獣使いの証言は、どう説明しますか?」


 僕が次々と、証拠を突きつけるとダミアンの額に、脂汗が浮かび始めた。ホールの商人たちもざわめき始める。


「そ、そいつらが勝手にやったことだ! 俺は知らん! 俺は何も、聞いていない!」

「まだ言い逃れをするか。見苦しいぞ、ダミアン!」


 セリナさんが怒りを込めて、叫んだ。

 頃合いだ。僕は最後の一枚をテーブルの上に叩きつける。


「――ではこの、あなたの署名が入った指示書。これも偽物だと、そう言い張るおつもりですか?」


 その決定的な証拠を、目にした瞬間。

 ダミアンの全ての虚勢が、音を立てて崩れ落ちた。


「な……なぜ、それが……」


 彼は壊れた人形のように、口をぱくぱくとさせるだけだった。もはや彼に、逃げ場はどこにもなかった。


「……判決を言い渡す」


 ヘイワード男爵が静かに、しかしホール全体に響き渡る声で、宣言した。


「ダミアン・バルト。貴様を商業ギルドから、永久追放とする。バルト商会は本日をもって、解散。その全資産は没収の上、聖獣特区への賠償金として、充当するものとする!」


 その厳粛な判決に、ダミアンはついに、その場に崩れ落ちた。


「そ、そんな……。お、俺の金が……。俺の商会が……」


 彼の惨めなうめき声だけが、静まり返ったホールに虚しく、響き渡る。己の欲望の果てに、全てを失った悪徳商人の、哀れな末路だった。


 戦いは終わった。僕たちは巨大な敵を打ち破り、正義を証明したのだ。


 ホールを出ると、ロックベルクの空は美しい、夕焼けに染まっていた。

 僕とセリナさんは顔を見合わせ、どちらからともなく固い握手を交わした。

 これで終わりじゃない。僕たちの未来は、まだ始まったばかりだ。


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