表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/75

第31話:証拠を掴め


 ダミアンへの燃えるような怒りを胸に、僕はその足でロックベルクへと向かった。

 もちろん目的は、僕の唯一のビジネスパートナーであるセリナさんに会うためだ。


 リコリス商会の小さな店。僕が先日手に入れた、バルト商会の紋章が刻まれた荷馬車の残骸と、魔物誘導薬の痕跡が残る飼料のサンプルをテーブルに並べると、セリナさんはその理知的な青い瞳を、悲しげに細く眇めた。


「……ここまでやりますか、あの男は……」


 彼女の声は静かだったが、その奥に氷のような怒りがこもっているのが、僕には分かった。


「ただの商売上の嫌がらせではありません。これは人の命を、なんとも思わない悪魔の所業です。絶対に許すことはできません」

「ええ、僕も同感です。だから僕は、彼を法の下に、裁きを受けさせたい。そのためには彼が直接、この事件に関与したという動かぬ証拠が必要です。この残骸だけではまだ、言い逃れをされてしまうかもしれない」

「……そうですね。きっと『部下が勝手にやったことだ』と、トカゲの尻尾切りのように切り捨ててくるでしょう」


 セリナさんは悔しそうに唇を噛んだ。

 しかしすぐに、商人の顔に戻ると僕の目を、まっすぐに見つめた。


「分かりました、リオ様。この件、私にも協力させてください。私にも商人としての、意地と誇りがあります。あのような男がギルドの名を汚すのを、これ以上見過ごすわけにはいきません」

「ありがとう、セリナさん。心強いよ」

「私の方こそ。あなたのような方と共に戦えることを、誇りに思います」


 僕とセリナさんの間には、単なるビジネスパートナーとしてではない、共通の敵と戦う『戦友』としての固い絆が、確かに生まれていた。


「私にはささやかですが、この町での情報網があります。バルト商会に不満を持つ、他の小さな商会の仲間たちや不当に解雇された、元従業員たちとの繋がりが」

「何か掴めそうですか?」

「はい。バルト商会の最近の、不審な動きについていくつか、探ってみます。少しだけお時間をいただけますか?」


 僕は彼女の言葉に、力強く頷いた。


          ◇


 それから三日後。

 セリナさんからもたらされた情報は僕たちの予想を、遥かに超えるものだった。


「……やはり裏で、動いていました。ダミアンは最近、裏社会で『獣使い』として知られる、素性の知れない男と頻繁に接触していたようです」

「獣使い……」

「はい。特殊な薬や笛の音を使って、魔物を意のままに操る外道の魔術師です。おそらくロックリザードを誘導したのも、その男の仕業でしょう」


 セリナさんの情報はそれだけではなかった。


「さらにダミアンの側近の一人が、最近ロックベルクの街の外れで、その獣使いと密会しているという目撃情報も、複数寄せられています」


 これで役者は、揃った。

 ダミアン、その側近、獣使い。この三本の線が一つに繋がった時、僕たちはダミアンの首に、縄をかけることができる。


「……セリナさん。ありがとう。おかげで完璧な作戦が、立てられそうです」


 僕はセリナさんが用意してくれた地図の上に、駒を並べるように指を置いていく。


「……おとり作戦、ですか?」


 僕の計画を聞いたセリナさんが息をのんだ。


「ええ。ダミアンがもう一度、僕たちの街道を襲わざるを得ないような、そんな魅力的な『餌』を、用意するんです」


          ◇


 作戦の準備は秘密裏に、かつ迅速に進められた。


 まず僕たちは、セリナさんの情報網を通じてロックベルクの街に、ある噂を流した。


『聖獣特区とロックベルクを結ぶ街道が、ついに完成したらしい』

『完成を祝い、近々特区から、王家へ献上される最高級の産品を積んだ、第一号の荷馬車が通るそうだ』

『その荷馬車には聖獣の郷でしか採れない、不老不死の薬草やギムガー様が打った、ミスリル製の武具が積まれているとか……』


 噂は尾ひれがついて、あっという間に街中に広まっていった。

 もちろんその噂は、ダミアンの耳にも届いているはずだ。


 作戦決行の前夜。僕は自警団の若者たちと、ミリア、この作戦のために特別に協力を仰いだギムガーさんと共に街道の、とある地点に身を潜めていた。


「……本当に、来るのかね、そんな、間抜けな獲物が」


 ギムガーさんが退屈そうに、そう呟いた。


「ええ、必ず来ますよ。ダミアンのような強欲な人間は、目の前にこれ以上ないほどの『ご馳走』をぶら下げられれば、それが罠かもしれないと微塵も疑うことはありませんから」


 僕たちが待ち伏せしているのは街道の中でも、特に見通しの悪い、切り立った崖に囲まれた場所だ。ここなら、獲物を袋のネズミにできる。


 やがて月が、空高く昇り、辺りが不気味な静寂に包まれた頃。それは現れた。


 二つの人影。一人はフードを目深に被った、痩せた男。おそらくあれが、噂の『獣使い』だろう。

 もう一人は、見覚えのある顔だった。ダミアンの腹心の部下の一人だ。


「……おい、本当にここを通るんだろうな? 話が違うじゃねえか」

「間違いありません。今頃ちょうど、この辺りを通過するはずです。そうしたら、例の奴らを呼び出し荷馬車ごと、谷底へ突き落としてください。報酬はその後、きっちりお支払いします、と。ダミアン様からです」


 腹心の男が獣使いに、小さな革袋を手渡す。中には金貨が、ぎっしりと詰まっているようだった。


 ほどなく、腹心の男は懐から一枚の羊皮紙を取り出す。


「これがダミアン様からの、正式な指示書です。万が一の時のために、お渡ししておきます」


 ……かかった。


 僕は静かに、合図を送った。


「なっ……!?」


 次の瞬間、男たちの周りを音もなく、僕の仲間たちが完全に取り囲んでいた。

 ミリアの俊敏な動き。自警団の若者たちの連携の取れた包囲網。そして背後には、巨大な岩のようにギムガーさんが、そびえ立っている。


「ひ、ひいいっ! な、なんだ、てめえら!」


 腹心の男は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

 獣使いの男も何か術を使おうとしたようだが、その前にギムガーさんの、岩のような拳がその鳩尾に、めり込んでいた。


「……さて、ダミアン様からの大事な『指示書』。少し拝見させてもらいましょうか」


 僕は男の手から、羊皮紙をひったくるように、取り上げた。

 そこにはダミアンの、特徴的な署名と共に今回の襲撃計画の全てが、詳細に記されていた。


 それはもはや、いかなる言い訳も通用しない完璧な、そして動かぬ証拠だった。


「……チェックメイト、ですね。ダミアンさん」


 僕は夜空に浮かぶ、二つの月を見上げながら静かに、そう呟いた。反撃の準備は全て、整った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ