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第29話:街道整備と新たな脅威


 リコリス商会という信頼できるパートナーを得た僕たちは、早速具体的な交易の計画を練り始めた。


「まず問題となるのは、輸送手段です」


 セリナさんは僕の村の仮設の集会所で、地図を広げながら言った。

 彼女は僕たちの仲間になってから、頻繁に村を訪れてくれるようになった。


「聖獣特区とここロックベルクの間には、まともな道がありません。これでは一度に多くの商品を運ぶ、大型の荷馬車は通れない。これでは交易の規模も、たかが知れています」

「ふん、確かにあのガタガタの獣道じゃあな。荷馬車の車輪が一日でイカれちまうだろうぜ」


 隣で話を聞いていたギムガーさんが腕を組んで相槌を打つ。


「それに道がなければ、輸送の時間も護衛の人員も、余計にかかってしまいます。それは全てコストとして、商品の価格に跳ね返ってくる。これではせっかくの高品質な産品も、多くの人には届きません」


 セリナさんの指摘は的確だった。

 僕たちの村とロックベルク。その間にある物理的な距離と障害が、僕たちの未来の大きな足枷となっていた。


「……道が、ないなら」


 僕は皆の顔を見渡して、言った。


「僕たちが作ればいい」


 僕のその一言に、その場にいた全員の目が僕に集中した。


「道を作る、ですって?」


 セリナさんが思わずといった感じで訊き返してきた。


「リオさん、正気ですか? この荒野に一から街道を整備するなんて……。それこそ莫大な費用と時間が……」

「費用はかかりません。僕たちの村には働く意欲に満ちた、多くの仲間がいます。時間は……確かにかかるかもしれない。でもそれは、僕たちの未来への必要な投資です」


 それに僕には、他の誰にも真似できない強力な武器がある。


「僕の【土地鑑定】スキルを使えば、最も安全で効率的なルートを見つけ出すことができます。地盤が固く、水捌けが良く、そして魔物の巣を避けた最高の道を」


 僕の言葉にセリナさんは、息をのんだ。

 対して、ギムガーさんはニヤリとその口の端を吊り上げる。


「……ハッ、面白い! いいじゃねえか、小僧! 道を作る、か! 国や領主様がやるような大事業を、この手でやるってのか! 燃えてきたぜ!」


 こうして僕たちの、次なる大プロジェクトが幕を開けた。

 聖獣特区とロックベルクを結ぶ、全長約三十キロにも及ぶ『聖獣街道』の建設計画だ。


          ◇


 街道の建設は驚くほど、順調に進んだ。


 まず僕が【土地鑑定】で、最適なルートを詳細に描き出す。次にそのルート上の木々を、ドワーフたちがギムガーさん作の、恐ろしいほどよく切れる斧で次々と伐採していく。

 そして兎獣人たちが、その俊敏さを活かして木の根や、邪魔な岩を手際よく取り除いていくのだ。


 仕上げはグルドさん率いる、ドワーフの土木部隊だ。

 彼らがギムガーさんの作った、これまた頑丈な鋤や鍬を使い地面を平らにならしていく。

 その仕事ぶりはまさに芸術的で、みるみるうちにただの荒れ地が、馬車が余裕ですれ違えるほどの立派な道へと姿を変えていった。


 村の皆が一体となって、汗を流す。そこには種族の違いなど、どこにもなかった。

 ただ自分たちの未来を、自分たちの手で作り上げるという共通の喜びに満ち溢れていた。


 そんなある日のことだった。

 事件は街道が、全体の半分ほどまで完成に近づいた中間地点で起こった。


「――敵襲! 魔物だ!」


 見張り役の若者の切羽詰まった声が響き渡る。作業をしていた村人たちが一斉に、緊張に身を固くした。


 現れたのは僕たちが、今まで一度も見たことのない奇妙な魔物だった。


 全長は三メートルほど。硬質化したゴツゴツとした岩のような皮膚を持つ、巨大なトカゲ。

 それが十数匹の群れをなして、こちらに向かって猛然と突進してきていた。


「な、なんだ、あいつらは……!?」

「クソッ、剣が通じねえ! 硬えぞ、こいつら!」


 自警団の若者たちが果敢に前に出て、剣で応戦するが、その刃は魔物の岩のような皮膚に、キィン、という甲高い音を立てて弾かれてしまう。


「落ち着け! 陣形を組め! 弱点を探すんだ!」


 僕は大声で指示を飛ばしながら、自らもその魔物の群れに、意識を集中させた。

 【土地鑑定】のスキルを生物に対して使う。それは僕にとって、新たな試みだった。


『種族名:ロックリザード。危険度:C+。特性:極めて硬質の皮膚、突進力。弱点:腹部、及び喉元の逆鱗』


 ……見えた!


「みんな、落ち着いて聞け! 奴らの弱点は腹だ! 突進してきたところを、下から突き上げろ!」


 僕の指示に若者たちが、即座に反応した。

 彼らは二人一組になると、一人が盾で突進を受け止め、もう一人ががら空きになった腹部に、下から槍を突き立てる。


「ギャアアアアッ!」


 甲高い悲鳴を上げて、ロックリザードがその場に倒れ込んだ。

 その戦い方を見て、他の者たちも次々と、魔物を仕留めていく。


 戦いはあっけなく、僕たちの勝利に終わった。村人たちからは歓声が上がる。

 だが僕の心は、晴れなかった。


「……どうしたんだ、リオの小僧。せっかく勝ったというのに、浮かばねえ顔をしやがって」


 ギムガーさんが僕の顔を覗き込んできた。


「……ギムガーさん。この辺りでロックリザードなんていう魔物、見たことありましたか?」

「いや、全くねえな。ワシも長年、この近くに住んでいるが、あんなトカゲは初めて見たぜ」


 僕の疑念は確信に変わった。

 僕は倒したロックリザードの一匹に近づき、その死体を注意深く観察する。

 その口元に、微かに何かを咀嚼したような、不自然な痕跡が残っているのを、見つけた。


 僕はその痕跡に、そっと指で触れる。そして再び、【土地鑑定】を発動させた。


『残留物:家畜用の飼料。微量の魔物誘導薬の成分を検出』


 ……やはり、か。


 この魔物たちは自然に、ここに現れたのではない。

 何者かが意図的に、餌でこの場所まで誘導してきたのだ。


 僕たちのこの街道建設を、妨害するために。


 僕の脳裏にあの、脂ぎった傲慢な商人の顔が、浮かび上がった。

 ダミアン・バルト。あの男ならやりかねない。


 これはもはや、ただの妨害工作ではない。僕たちの命を狙った明確な敵対行為だ。


 僕は怒りで、奥歯をぎりりと噛み締めた。この事件の背後にいるであろう、卑劣な敵の顔を思い浮かべ、静かに次なる戦いへの決意を固めるのだった。


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