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第27話:市場を求めて


 ダミアンが去った後、村の入り口には気まずい沈黙が流れていた。


「……リオさん。すみません、私があんな男を村に入れてしまったばかりに……」


 ミリアが申し訳なさそうに眉を下げた。

 彼女が村の門番にダミアン一行の来訪を告げ、僕の元まで案内させたのだ。


「ううん、ミリアのせいじゃないよ。商業ギルドの商人が来たとなれば無下にはできない。それに遅かれ早かれ、ああいう手合いは必ず現れたはずだ。むしろ相手の正体が早めに分かって、良かったのかもしれない」


 僕は彼女を慰めながらも、思考を巡らせていた。ダミアンの最後の言葉。

『必ず、後悔することになる』――あれは単なる負け惜しみではないだろう。

 商業ギルドはこの辺りの物流を牛耳っている。

 彼が本気で僕たちを妨害するつもりなら、僕たちの村は経済的に孤立してしまう危険性があった。


「ふん、気に食わねえ野郎だったな。ああいう金と権力で人を顎で使う輩は、ワシが一番嫌いな手合いだ」


 噂を聞きつけてやってきたギムガーさんが腕を組んで吐き捨てた。

 彼の瞳にはかつて自分を裏切った領主の姿が、ダミアンの姿に重なって見えているのかもしれない。


「はい。彼のような商人とだけは決して取引をしたくありません。ですが、そうなると……僕たちの産品をどうやって売ればいいのか……」


 王家への納品分は定期的に王家の使者が受け取りに来てくれるだろう。

 だがそれだけでは、村の経済は回らない。

 村人たちの生活をより豊かにしていくためには、僕たちが作ったものを正当な価格で買い取ってくれる、誠実な販路が必要不可欠だ。


「……待っているだけでは駄目だ。こちらから、動かないと」


 僕は決意を固めた。


「僕たちの村の価値を正しく評価してくれる、信頼できるパートナーを探しに行きます。ダミアンのような悪徳商人に、僕たちの未来を好きにはさせない」


 僕の宣言にミリアとギムガーさんは、力強く頷いた。


          ◇


 数日後、僕はミリアと、村の自警団の若者数名を護衛につけ、聖獣の郷から最も近い隣町、ロックベルクへと向かっていた。


 ロックベルクはその名の通り、岩山を切り開いて作られた活気のある鉱山の町だ。僕たちの村からは馬車を使わずに、丸一日歩けば着く距離にある。


「わあ……! すごい……!」


 町の入り口にたどり着いたミリアが感嘆の声を上げた。

 僕たちの村とは全く違う、喧騒と人々の熱気。石畳の道には多くの人々や荷馬車が行き交い、道の両脇には様々な店が軒を連ねている。


 僕たちの村が静かで、自然と調和した場所だとすれば、このロックベルクは人間の欲望と活気が渦巻くエネルギッシュな場所だった。


「まずは市場へ行ってみよう。この町が、どんな場所なのか。何が売られ、何が求められているのか。それをこの目で確かめたい」


 僕たちは町の中心にある、中央広場へと向かった。そこがこの町の市場になっているらしい。


 広場は想像以上の賑わいだった。野菜や果物を売る店、干し肉や魚を売る店、鉱山で採れたのであろう様々な鉱石を並べる店。そしてそれらを買い求める、多くの人々。活気のある声があちこちから飛び交っている。


「すごい人ですね、リオさん。これなら私たちの村の産品も、きっと……」


「……いや、そう簡単じゃないかもしれない」


 僕はミリアの楽観的な言葉を、静かに制した。

 僕は市場の様子を観察しながら、密かに【土地鑑定】のスキルを発動させていたのだ。


 僕のこのスキルは本来、土地そのものが持つ情報を読み取るためのものだ。

 だが僕は、このスキルを少し違う形で応用できることに、最近気づいていた。


 それは土地の上に立つ『店』や、そこに流れる『経済』の、いわば『健康状態』を鑑定するという使い方だ。


 僕は目の前の、威勢のいい八百屋に意識を集中させる。

 すると僕の頭の中に、情報が流れ込んできた。


『店名:ゴードン青果店。取扱品目:野菜、果物。品質:Cランク(一部、傷みあり)。取引先:バルト商会。評判:普通(品揃えは良いが、やや割高)。経済状態:安定』


 ……なるほど。やはりバルト商会の息がかかっているのか。

 僕は次々と、市場の店を鑑定していく。


『店名:アイアン鉱石店。品質:Bランク。取引先:バルト商会』

『店名:ブラッド干し肉店。品質:Cランク。取引先:バルト商会』


 鑑定すればするほど僕は、苦い表情になるのを禁じ得なかった。

 この市場の実に七割以上の店が、バルト商会と取引をしていたのだ。

 つまりこの町の経済は、ほとんどあのダミアンに牛耳られている、ということになる。


「どうやら僕たちの考えは、少し甘かったみたいだ。この町でダミアンの妨害を受けずに商売をするのは、至難の業かもしれない」


 僕がミリアにそう告げようとした、その時だった。


 市場の一番隅の、日の当たらない場所で小さく店を構えている、一つの露店が僕の目に留まった。


 他の店のような派手な呼び込みの声もない。ただ小さな木の台の上に、丁寧に磨かれた数種類の薬草と、色とりどりのポーションが静かに並べられているだけだ。


 だが僕は、その店が他とは全く違う空気を放っていることに、すぐに気づいた。僕はその店に、そっと【土地鑑定】のスキルを使ってみる。


『店名:リコリス商会(出張販売所)。取扱品目:薬草、回復ポーション。品質:Aランク(極めて高品質)。取引先:なし。評判:非常に良い(品質は最高だが、知名度が低い)。経済状態:苦戦』


 ……Aランク? それに取引先が、ない?


 僕は興味を惹かれて、その店に近づいた。

 店番をしていたのは僕よりも、少しだけ年上だろうか。二十歳くらいの若い女性だった。


 機能的にまとめた艶のある黒髪のポニーテール。理知的な青い瞳。服装は動きやすい、質素な商人の服だったが、清潔感があり彼女の芯の強さを、際立たせているように見えた。


 彼女は客がほとんど来ないにもかかわらず、少しも気を抜くことなく真剣な眼差しで、一つ一つの商品を丁寧に布で磨いていた。その姿から彼女が、自分の商品を心から愛していることが、伝わってきた。


「……あの、すみません」


 僕が声をかけると彼女は、ぱっと顔を上げた。

 そして僕の姿を見ると、少しだけ驚いたように目を丸くした。


「はい、いらっしゃいませ。どのようなものを、お探しでしょうか?」


 その声は鈴が鳴るように、清らかでそして凛としていた。


 僕はこの女性と、そして彼女のこの小さな店に、強く惹きつけられていた。

 ここなら、あるいは……。僕たちの信頼できるパートナーに、なってくれるかもしれない。


「あなたに少し、ご相談したいビジネスがあるんです」


 僕は彼女の青い瞳をまっすぐに見つめて、そう切り出した。僕たちの新たな戦いが、今始まろうとしていた。


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