第25話:ドワーフの過去と、新たな契約
ギムガーの、長年使い込まれた道具のように鋭い視線が僕を射抜く。
僕はその視線をまっすぐに受け止め、ゆっくりと口を開いた。
「僕の村……聖獣の郷には様々な事情を抱えた者たちが暮らしています。人間に故郷を追われた兎獣人、鉱脈の枯渇で安住の地を失ったドワーフの一族、そして僕のような家を追われた追放者。僕たちは皆、社会の片隅で生きるしかなかった者たちの集まりです」
僕はこれまでの経緯を、正直に飾ることなく話した。
僕がこの地に追放されたこと。聖獣ハクと出会い、主として認められたこと。様々な種族の仲間たちと出会い、手を取り合って何もない荒野を切り拓いてきたこと。
そして王家にその存在を認められ、『聖獣特区』として新たな一歩を踏み出したばかりであること。
「僕たちの村がこれから生き残っていくためには、そして王家と対等な交易を続けていくためには、この土地の資源を最大限に活かす必要があります。特に先日お見せした、あの鉱石……あれを加工する技術が僕たちの未来には不可欠なんです」
僕はギムガーの目をじっと見つめて続けた。
「あなたのその素晴らしい腕が、僕たちの村には必要です。どうか僕たちに、あなたの力を貸してはもらえませんか?」
僕の話をギムガーは黙って聞いていた。
彼の表情は相変わらず険しいままだったが、その瞳の奥に複雑な感情が渦巻いているのが見て取れた。
「……ふん。お綺麗な話だな、小僧」
長い沈黙の後、彼は吐き捨てるように言った。
「仲間、だと? 共存、だと? そんなものが人間と亜人の間で、本気で成り立つとでも思っているのか?」
「僕は本気でそう信じています」
「甘いな!」
ギムガーが怒りを込めて叫んだ。その声は工房の壁を震わせるほど、重かった。
「ワシも昔はそう思っていた! 人間の領主に仕え、奴らのために誠心誠意、槌を振るっていた時期がな! ワシの打った剣はその領地を守り、ワシの作った農具はその土地を豊かにした! ワシはそれで良いと思っていた。種族は違えど、互いに敬意を払い手を取り合って生きていける、と……」
彼の声が苦々しく歪む。
その瞳の奥に遠い過去の光景が映し出されているようだった。
「だがワシは裏切られた。その領主はワシの技術を全て盗むと、ワシの工房に火を放ち、ワシの弟子たちを……家族同然だった弟子たちを皆殺しにしやがった! 『ドワーフの技術はもはや全て我らのものだ。用済みの亜人に、くれてやる土地などない』とな!」
彼の拳が怒りと悲しみで、ぎりりと強く握りしめられる。その指の関節が白くなるほどに。
「それ以来だ。ワシは人間を信じるのをやめた。奴らは口では綺麗事を並べ立てるが、腹の中では常に我ら亜人を見下し、利用することしか考えておらん。お前も同じだろう、人間の小僧! ワシの技術だけが目当てなんだろうが!」
彼の慟哭にも似た叫びが僕の胸に突き刺さる。
彼がどれほどの絶望と孤独の中、たった一人で生きてきたのか。その計り知れない痛みがひしひしと伝わってきた。
僕は静かに立ち上がると、彼の前に進み出て深々と頭を下げた。
「……同じ人間として謝らせてください。あなたの心と誇りを踏みにじった者たちがいたことを本当に、申し訳なく思います」
「……なんだと?」
「ですが」と、僕は顔を上げた。
「僕たちは彼らとは違います。僕の村では技術は尊敬されるべきものであり、奪うものではありません。職人は誰よりも敬意を払われるべき存在です。もし信じられないというのなら、どうか一度僕たちの村に来て、その目で確かめてはもらえませんか?」
僕の真摯な訴えに、ギムガーはぐっと言葉に詰まったようだった。
彼の心の壁がほんの少しだけ、揺らいだのが分かった。だが長年かけて固まった不信感は、そう簡単には消えないだろう。
あと一押し、何かが必要だ。
「……ギムガーさん。もしあなたが僕たちの仲間になってくれるなら、僕はあなたに、世界一の工房を約束します」
「……なに?」
「ついて来てください。お見せしたい場所があるんです」
僕は戸惑うギムガーを促し、工房の外へと連れ出した。
そして工房から少し離れた、巨大な岩壁の前で立ち止まった。
「ここです」
「……ただの岩壁ではないか。ワシをからかっているのか?」
怪訝な顔をするギムガーに、僕は静かに微笑みかけ、そしてその岩壁にそっと手を触れた。ユニークスキル、【土地鑑定】を発動させる。
途端に僕の頭の中に、この土地が秘めた情報が膨大な奔流となって流れ込んでくる。
僕はその情報を、一つ一つ丁寧に言葉に変換していく。
「この岩盤の奥……深さ五十メートルの地点に巨大な空洞が広がっています。広さはあなたの今の工房の、十倍以上。そしてその床下にはマグマ溜まりに繋がる地熱の通り道が、幾筋も走っている。天然の巨大な炉床です」
「なっ……!?」
ギムガーの目が信じられないものを見るように、大きく見開かれた。
「それだけじゃありません。空洞の天井からは清らかで豊富な地下水が、常に染み出している。冷却水には事欠きません。岩盤は王国で最も硬いと言われる花崗岩で形成されており、落盤の心配もまずないでしょう。完璧な天然の要害です」
僕は鑑定で得た情報を、彼の心を揺さぶるように語り続ける。
「豊富な地熱、尽きることのない水、そして何者にも邪魔されない広大で堅牢な空間。ギムガーさん。ここならあなたのその腕を、存分に振るうことができる。あなたが夢見た最高の工房を、作ることができるはずです」
僕の言葉はギムガーにとって、悪魔の囁きのように聞こえたかもしれない。
職人としてこれほど魅力的な提案はないだろう。彼の喉がゴクリと大きく上下した。
彼は目の前の岩壁に、まるで恋人にするかのようにそっと触れた。その指先から長年の経験と勘で、僕の言葉が真実であると確かめているようだった。
長い、長い沈黙が僕たちの間に流れた。
やがて彼は天を仰いで、大きな、大きなため息をついた。
「……ハッ。参ったな。こいつは、降参だ」
彼は観念したように、そう呟いた。
「……いいだろう、人間の小僧。お前の話に乗ってやる。その聖獣特区とやらの、専属鍛冶師になってやろうじゃないか」
「本当ですか、ギムガーさん!」
「ただし、条件がある」
歓喜に沸く僕を彼は、鋭い視線で制した。
「ワシはお前だけを信じる。お前以外の人間はまだ信じん。そしてもし、万が一……お前がワシを裏切るようなことがあれば、その時はワシのこの槌が、お前の頭を叩き割ることになる。それでもいいな?」
その言葉は彼の、最後の覚悟の表れだった。
僕はその覚悟を、正面から受け止めた。
「はい。約束します。僕は決してあなたを裏切りません」
僕が力強くそう宣言すると、彼は初めてその口元に、ほんのわずかな笑みを浮かべた。
「……よろしい。契約成立だ」
こうして僕たちの村に、最強の職人が新たな仲間として加わった。
それは僕たちの未来を、そして王国の未来さえも大きく変えることになる、運命の契約だった。




