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第22話:特区が起こす波紋


 その日の夜、聖獣の郷の広場はかつてないほどの熱気に包まれていた。

 僕の言葉で集められた村人たちは、最初こそ緊張した面持ちで僕の報告を待っていたが、僕が「聖獣特区」の設立を告げた瞬間、爆発したような歓声が夜空を震わせた。


「「「うおおおおおおっ!!」」」


 ドワーフたちの野太い雄叫びが響き渡り、屈強な男たちが互いの肩を叩き合う。

 兎獣人たちは耳をぴょこぴょこと揺らしながら、涙を浮かべて手を取り合って喜んでいる。

 カカンとココンの双子はよく分かっていないながらも、お祭りのような雰囲気にきゃっきゃと声を上げて僕の足元にじゃれついてきた。


「やった……やったな、リオ!」


 ドワーフの長であるグルドさんがその岩のような手で僕の肩を力強く叩く。

 その目にはうっすらと光るものがあった。


「これで、俺たちも……いや俺たちの子供や孫たちは、もう誰からも虐げられることなくこの土地で胸を張って生きていけるんだな……」


「はい、グルドさん。そのための第一歩です」


「リオさん……ありがとうございます」


 隣に立つミリアもその大きな赤い瞳を潤ませながら、深々と頭を下げた。

 彼女が背負ってきた一族のリーダーとしての重圧が少しだけ軽くなったように見えた。


 その夜の宴は夜が更けるまで続いた。

 村で採れたばかりの新鮮な野菜を使ったサラダ、大鍋で煮込まれた具沢山のシチュー、そしてドワーフたちが持ち寄った火を噴くように強い酒。誰もが笑い、歌い、そして飲み明かした。


 僕も村人たちに勧められるがままに杯を重ね、久しぶりに心からの安らぎを感じていた。

 追放され、たった一人でこの荒野にやってきた日のことを思えば、目の前の光景は奇跡以外の何物でもない。


 だが、その奇跡が――新たな波紋を広げていることを、この時の僕はまだ知らなかった。


          ◇


 王都アークライト、アークライト侯爵邸。


 大理石でできた壮麗な執務室に陶器が砕け散る甲高い音が響き渡った。


「馬鹿な! ありえん! あの出来損ないが父上の許しも得ず、王家直轄の領主だと!?」


 怒りの形相でテーブルの上のティーカップを叩き割ったのは、バルド・アークライトだった。その顔は嫉妬と屈辱で醜く歪んでいる。


「落ち着け、バルド。見苦しいぞ」


 執務机に座るガレン・アークライトは、息子の癇癪にも眉一つ動かさず、冷徹な声で言った。


「ですが父上! これではまるで我らアークライト家が、王家に屈したかのように……!」


「重要なのはそこではない。国王陛下が、あの土地にそれほどの価値を見出したという事実だ。聖獣、ドワーフの技術、そして……あのリオとかいう愚息の得体の知れない力。我々は少し、あの土地を過小評価していたらしい」


 ガレンは指輪に刻まれた家紋を撫でながら、目を細める。

 その瞳の奥には獲物を見据える猛禽類のような、鋭い光が宿っていた。


「まあ良い。いずれにせよアークライト家の権威を脅かす者は、たとえ血を分けた息子であろうと排除せねばならん。……しばらくは泳がせておけ。下手に手を出せば王家を敵に回すことになる」


 聖獣特区の報は王都の商人たちの間でも、大きな話題となっていた。

 特に一度はリオに煮え湯を飲まされたバルト商会の当主ダミアンは、苦虫を噛み潰したような顔で部下からの報告を聞いていた。


「王家直轄だと? ふざけおって……。あの小僧、とんだ大魚を釣り上げやがった。だがそれで俺が諦めると思うなよ。特区だろうが何だろうが美味い汁が吸えるなら、手段は選ばん……」


 様々な人間の思惑が聖獣特区という新たな光を目指し、あるいは潰そうと蠢き始めていた。


          ◇


 宴の翌日。

 僕は村の主要メンバー……ミリア、グルドさん、そして交易を担当してくれているエルフのリアムさんを集め、今後の具体的な方針を話し合うための会議を開いていた。


「――というわけで、僕たちは今後王家と定期的な『交易』を行っていくことになります。最初の納品は三ヶ月後。品目は回復ポーションの材料となる薬草百キロ、そして聖獣の郷特産の野菜と果物をコンテナ五十箱分です」


 僕が告げた内容に皆の顔に緊張が走る。


「かなりの量ですね……。ですが、畑を拡張し皆で協力すれば決して不可能な数字ではありません」


 農業担当のミリアが力強く頷いた。


「問題は、それだけではないだろう、小僧」


 グルドさんが腕を組んで唸る。


「王家が本当に欲しているのはそんなものではないはずだ。連中が喉から手が出るほど欲しがっているのは、ワシらの技術……この土地から産出される希少な金属だろうが」


「……はい。マルクス殿もそれとなく匂わせていました。いずれ武具や装飾品、あるいはより高度な魔道具の材料としての金属の納品を要求してくるはずです」


 僕の言葉にグルドさんは厳しい顔で首を横に振った。


「無理だな。少なくとも今のワシらの設備では話にならん」


「設備、ですか?」


「うむ。先日、お主が【土地鑑定】で見つけた新しい鉱脈……あれは確かに一級品だ。ミスリルやオリハルコンの鉱石が、あれほど高い純度で眠っているなどワシも見たことがない。だがな小僧。ああいう上等な金属は精錬するのにも相応の技術と設備がいるんだ」


 グルドさんによると希少金属の精錬には、通常の鉄の倍以上の温度を生み出す特殊な炉と鉱石の不純物を取り除くための魔法的な処理が必要なのだという。


「今のワシらの工房にあるようなただ火力を上げただけの炉では、鉱石を溶かすことすらできん。宝の持ち腐れというやつだ」


 グルドさんの言葉は僕たちに重い現実を突きつけた。

 僕たちは王家との取引を有利に進めるための最大の切り札を、まだ手にしていないに等しいのだ。


「どうすれば……。王都から、新しい設備を取り寄せますか?」


 僕がそう言うとグルドさんは「愚か者め」と一蹴した。


「そんなことをすれば王都から技術者が送り込まれ、まんまと技術を盗まれるだけだ。第一、そんなものはどこぞの誰かが作ったものだろう。ワシらドワーフの誇りが許さんわ」


「じゃあ、どうすれば……」


 僕たちが頭を抱えているとそれまで黙って話を聞いていたミリアが、おずおずと手を挙げた。


「あの……そういえば一つ、噂で聞いたことがあるんです」


「噂?」


「はい。この村からさらに北の山奥に……誰とも関わらずたった一人で、どんな金属でも打ちこなす腕利きのドワーフの鍛冶師が住んでいる、と……」


 その言葉に僕とグルドさんは、顔を見合わせた。


「馬鹿な。ワシら以外にこの近くにドワーフが? 聞いたことがないぞ」


「は、はい。あくまで昔、行商人から聞いた噂、ですけど……。なんでもものすごい偏屈で、人間が嫌いだから誰とも会わないんだとか……」


 偏屈で人間嫌いの腕利きの鍛冶師。その人物像は僕の脳裏に、妙に具体的なイメージを結んだ。


 もしその噂が本当なら……。そしてもしその人が僕たちの仲間になってくれるなら……。


「ミリア。その噂、もう少し詳しく教えてもらえますか?」


 僕たちの村の未来を左右する一条の光。

 僕はその光を掴むため、新たな一歩を踏み出す決意を固めたのだった。


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