第20話:査問、そして選択
王都からの調査団が到着するまでの一週間。
聖獣の郷は、これまでにない静かな、しかし熱のこもった緊張感に包まれていた。
今度の戦いは、剣や罠によるものではない。
僕たちのこの村のあり方そのものが問われる、言葉と理念の戦いだった。
「見栄を張る必要はない。小細工もいらない。僕たちは、僕たちのありのままを見せればいい」
村の集会で、僕は皆にそう語りかけた。
「僕たちの武器は、この豊かな大地と皆の笑顔だ。それ以上の説得力なんてないんだから」
僕の言葉に、不安そうな顔をしていた村人たちの表情が、少しずつ和らいでいく。
そうだ、僕たちは何も恥じることなどないのだ。
それからの一週間、村人たちは一丸となって調査団を迎え入れる準備を進めた。
それは戦いの準備というよりも、最高の「おもてなし」をするための準備だった。
グルドさんたちドワーフは、最高の工芸品を鍛冶場に並べた。
ミリアたち兎獣人は、畑で採れた最高の野菜で作るご馳走の献立を考えた。
リアムは、これまでの交易の成果をまとめた完璧な帳簿を用意した。
カカンとココンでさえ、僕に内緒で花壇の一番綺麗な花を摘んで、小さな花束を作っていた。
そして、運命の日がやってきた。
荘厳な王家の紋章を掲げた一団が、丘の向こうから姿を現した。
その一糸乱れぬ行軍は、バルドの私兵とは比べ物にならないほどの威厳と練度を感じさせる。
村の入り口で、僕とミリア、グルド、リアムが代表として彼らを出迎えた。
一団の中から馬を降りた一人の男が、僕たちの前へと進み出る。
歳は四十代ほど。
上質な文官服を身にまとい、その切れ長の瞳は鋭い観察眼で、僕たちの村の隅々までを品定めするように見渡している。
この男が、調査団の長、マルクス・アウレリウス。
「貴殿がこの地の領主代行、リオ・アークライト殿ですかな?」
「いかにも。僕がリオです。ようこそ、聖獣の郷へ。歓迎します、マルクス殿」
僕が貴族としての礼儀作法に則り挨拶をすると、マルクスは僕の若さを見て一瞬目を細めたが、すぐに表情を消した。
その日の午後、村の一番大きな集会所で、公式の査問が始まった。
「では、始めさせていただく」
マルクスの冷徹な声が、静まり返った室内に響き渡る。
「まず、単刀直入に伺う。そこに控える聖獣ハクと、貴殿の関係は? アークライト家の報告では、『聖獣を騙り、その力を不当に利用している』とあるが」
最初の質問から、核心を突いてきた。
「ハクは、僕の友人であり、家族です。彼がこの地に留まっているのは、僕が彼を騙しているからではありません。僕がこの土地を心から愛していることを、彼が認めてくれたからです」
『……その通りだ、人間』
僕の言葉を肯定するように、ハクがテレパシーを飛ばす。
その荘厳な意思が部屋の空気を震わせ、マルクスの眉がぴくりと動いた。
「……なるほど。では次に、そこにいる亜人たちの扱いについて伺う。彼らは貴殿の奴隷か? それとも、庇護民か?」
その見下したような問いに、ミリアとグルドの表情がこわばる。
僕は穏やかに、しかしきっぱりと答えた。
「彼らは、奴隷でも庇護民でもありません。共にこの村を築き上げる、対等な仲間です。兎獣人たちの農業の知識、ドワーフたちの鍛冶の技術。それらがなければ、この村は成り立ちません。ここでは、誰もがその役割を尊重され、誰かに一方的に搾取されることはありません」
「……理想論だな。だが、この村の豊かさは、その理想論がただの絵空事ではないことを証明していると……」
マルクスは、リアムが提出した交易の帳簿に目を落としながら呟いた。
彼の鋭い質問は、その後も続いた。
村の防衛力について。
アークライト家との関係について。
そして、僕個人の領主としての覚悟について。
僕は、その全てに誠実に、僕が信じる「共生」の理念を交えて答えていった。
その答えに、文官貴族の目が初めて興味の色を帯びる。
長い長い査問が終わる頃には、窓の外は夕日で赤く染まっていた。
マルクスは、全ての質問を終えると、しばらく目を閉じて何かを考えていたが、やがてゆっくりと目を開けた。
その冷徹だった瞳の奥に、初めて人間的な感情の色……「興味」の色が浮かんでいるのを、僕は見逃さなかった。
「……実に見事な村だ。感服した」
彼は、静かにそう言った。
「リオ・アークライト殿。貴殿が稀代の為政者であるということは、よく理解できた。貴殿のその理想は、あるいはこの王国が忘れかけていた、建国の精神そのものやもしれぬ」
それは、僕にとって望外の言葉だった。
しかし、彼の本題はここからだった。
「さて、リオ・アークライト殿。国王陛下より、貴殿へある『ご提案』を預かってきている」
マルクスは、そこで一度言葉を切ると、僕の目をまっすぐに見つめ、表情を読ませない笑みを浮かべた。
「そのご提案とは――」
彼の唇が紡ごうとした言葉は、しかし、僕たちの誰もが予想だにしない内容だった。
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