第19話:王都の影
双子のカカンとココンが心を開いてくれてから、数週間が過ぎた。
あの日以来、二人はすっかり村の元気印として、皆から可愛がられる存在となっていた。
「「リオお兄ちゃん、おっはよー!」」
朝、僕が家の外に出ると、必ず二人が駆け寄ってきて僕の足に抱きついてくる。
それが、僕の一日の始まりの合図になっていた。
「おはよう、カカン、ココン。今日も元気だな」
「うん! あのね、今日はミリアお姉ちゃんに、お花の植え方を教えてもらうの!」
「そうか。頑張って、綺麗な花を咲かせるんだぞ」
「「はーい!」」
元気よく返事をして花壇へと駆けていくその後ろ姿は、村に来た当初の怯えきっていた姿とは、まるで別人のようだった。
村は、本当の平和を取り戻していた。
バルド軍を撃退したという自信は、村人たちの心に大きなゆとりをもたらした。
ドワーフたちの鍛冶場からは活気のある槌の音が響き、獣人たちの畑は冬を越すための根菜類で溢れている。
僕はそんな村の様子を、小高い丘の上からミリアと二人で眺めていた。
「……平和ですね、リオさん」
「ああ、本当に……。僕が、ずっと夢見ていた光景だよ」
僕の言葉に、ミリアは嬉しそうに微笑んだ。
「これも全て、あなたが諦めなかったからです」
「僕一人の力じゃないさ。ミリアが、リーダーとして皆をまとめてくれたからだよ」
「もう……。あなたはいつもそうやって、自分を過小評価するんですから」
ミリアは、少しだけ頬を膨らませる。
その仕草が年相応で可愛らしくて、僕は思わず笑ってしまった。
「なんだか君も、最近、表情が豊かになったんじゃないか?」
「なっ……!? そ、そんなことありません! 気のせいです!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くミリア。
その耳がぺたんと倒れているのを、僕は見逃さなかった。
こんな穏やかで温かい時間が、ずっと続けばいい。僕は心の底からそう願っていた。
しかし、そんな束の間の平和は、エルフの商人リアムの帰還によって終わりを告げる。
その日の夕方、リアムは近隣の街との交易から、深刻な顔で戻ってきた。
そして、すぐに僕とミリア、グルドを僕の家に集めたのだ。
「……一体どうしたんだい、リアム。そんな思い詰めた顔をして」
僕の問いに、リアムは重い口を開いた。
「……王都の話です。どうやら、我々が思っていた以上に事態は深刻なようです」
リアムがもたらした情報は、衝撃的なものだった。
「バルド・アークライトの『霧中の惨敗』は、今や王都の貴族たちの間で最大のスキャンダルとなっていると。アークライト侯爵家の軍事的な威信は、完全に失墜しました」
「ふん、自業自得じゃわい」
グルドが、吐き捨てるように言う。
「問題は、そこからです」とリアムは続けた。
「面子を潰されたアークライト家は、躍起になって我々の村を、『聖獣を騙り、亜人を扇動する危険な反乱分子の巣窟だ』と、王家に報告しているようなのです」
「なっ……! なんて卑劣な……!」
ミリアが、憤りの声を上げる。
「その結果、王家もこの事態を看過できなくなりました。アークライト家の失態の真相を究明し、辺境の秩序を回復するという名目で……公式の調査団を、この村に派遣することを決定した、と」
「調査団だと……?」
僕は、息をのんだ。
「はい。ですが、その実態は査問官です」
「派遣される調査団の長は、マルクス・アウレリウスという切れ者の文官貴族。清廉潔白で誰にも媚びないことで有名ですが、同時に、王家の利益のためならどんな非情な判断も下す、冷徹な人物だと聞いています」
リアムの声のトーンが、一段と低くなる。
「彼の目的は、おそらく二つ。一つは、この村の本当の力を正確に測ること。そしてもう一つは……」
彼は、僕たちの顔を一人ずつ見回した。
「この村が、王家の支配下に収まる価値があるか、あるいは将来、王家の脅威となりうる危険な存在かを見極めることです。もし後者だと判断されれば……次にやってくるのは、調査団ではありません。王国正規の討伐軍です」
部屋が、水を打ったように静まり返る。
兄バルドの、個人的な嫉妬による攻撃とは訳が違う。
今度の相手は、アークライト神聖王国そのものだった。
リアムは最後に、とどめを刺すように告げた。
「調査団の到着まで、あと一週間です」
その言葉の重みが、僕たちの肩にずしりとのしかかってきた。