第18話:小さな家族
犬獣人の双子、カカンとココンが村に来てから、一週間が過ぎた。
二人は、村人たちの温かい歓迎とは裏腹に、依然として固く心を閉ざしたままだった。
言葉を発することはなく、食事の時以外は自分たちに与えられた家の隅で、ただじっと抱き合うようにして過ごしている。
その姿は痛々しく、村人たちの心を締め付けた。
「焦ることはないさ。あの子たちはきっと、僕たちが想像もできないような辛い経験をしてきたんだから」
僕は、ミリアや心配そうに二人を見守る村人たちにそう言った。
僕にできることは、無理に彼女たちの心をこじ開けようとすることじゃない。
ただ、ここが安全な場所なのだと、時間をかけて示し続けることだけだ。
僕は、日課である畑仕事の合間に、よく双子の家の近くにある大きな木の下で休憩を取るようにした。
別に、何をするでもない。
ただ、鑑定で見つけた珍しい鉱石をスケッチしたり、ハクの毛づくろいをしたりして過ごすだけだ。
『主よ、もっと右だ。そこが痒い』
「はいはい。まったく君は、聖獣なんだから自分でどうにかできないのかい?」
『我を誰だと思っておる。この地の守り神ぞ。主に身の回りの世話をさせるのは、当然の権利よ』
「……その理屈は、おかしいと思うけどなあ」
そんな僕とハクの他愛もないやり取りを、双子は家の窓からじっと見ているようだった。
ミリアもまた、彼女なりに二人との距離を縮めようと努力していた。
「カカン、ココン。見て、新しい服よ。あなたたちに、きっと似合うと思って」
彼女は、兎獣人のお母さんたちに教わりながら、子供用の可愛らしいワンピースを二着縫い上げたのだ。
リーダーとしての仕事で忙しい合間を縫って。
「……」
双子は何も言わずにその服を受け取る。
けれど、その瞳がほんの少しだけ揺れたのを、ミリアは見逃さなかった。
そんな不器用で、でも温かい交流が毎日繰り返された。
そして変化は、ある晴れた日の午後に訪れた。
その日も僕は、木の下でハクの毛づくろいをしていた。
すると、双子のうち妹のココンの方が、おずおずと家から出てきたのだ。
姉のカカンは、心配そうにドアの隙間からその様子をうかがっている。
ココンは僕には目もくれず、僕の膝の上で気持ちよさそうに喉を鳴らしている子猫サイズのハクに、興味を示しているようだった。
彼女は、ゆっくりとハクに近づくと、その小さな手を震わせながら伸ばした。
『……小童め。我に触れるか。良い度胸よ』
ハクは、少しだけ面倒くさそうにテレパシーを送ってくる。
けれど、ココンの手を振り払うことはしなかった。
ココンの小さな指先が、ハクのふわふわの白い毛並みに、そっと触れる。
「……あったかい……」
それは、ほとんど吐息のような、小さな小さな声だった。
しかし、僕と、そしてドアの向こうのカカンには、確かに聞こえた。
ハクは、ココンのおぼつかない手つきがくすぐったいのか、ゴロゴロと喉を鳴らした。
そのあまりにも無防備で可愛らしい聖獣の姿に、ココンの固くこわばっていた表情が、ほんの僅かに緩んだように見えた。
それが、最初の雪解けの兆しだった。
決定的な出来事が起きたのは、それからさらに数日後のことだ。
僕がミリアと一緒に新しく作る花壇の場所を鑑定していると、いつの間にか双子がすぐ近くまでやってきていた。
「この辺りの土は、花の栽培にぴったりだ。きっと綺麗な花が咲くよ」
「本当ですか? でしたら、この子たちと一緒に種を植えてみましょうか」
ミリアが、優しく微笑みかける。
その時だった。
僕たちの足元を、一匹の大きな蝶がひらひらと舞いながら横切っていったのだ。
鮮やかな瑠璃色の羽を持つ、美しい蝶だった。
「わっ……!」
ココンが、思わずといった様子で声を上げる。
そして、蝶を指差して叫んだ。
「あ! ちょうちょ!」
そのあまりにも子供らしい元気な声に、僕とミリアは顔を見合わせて目を見開いた。
姉のカカンも、つられたように小さな声で呟く。
「……きれい……」
言ってしまってから、はっとしたように二人は口を押さえる。
そして、僕たちの顔を不安そうに見上げた。
僕は、たまらなくなってしゃがみこむと、二人の頭を優しく撫でてやった。
「ああ、そうだな。すごく綺麗な蝶々だ」
僕がそう言って微笑みかけると、双子の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
それは悲しみの涙ではない。
心の氷がようやく溶け出した、温かい涙だった。
その日の夕方。
僕が家で夕食の準備をしていると、ドアがこんこんと控えめにノックされた。
開けてみると、そこにカカンとココンが二人で立っていた。
二人はもじもじとしていたが、やがて意を決したように顔を上げる。
そして、まだ少し舌足らずな、しかし精一杯の声で、同時に言ったのだ。
「「……リオ、おにいちゃん……」」
その一言に、僕の胸の奥が、じわりと温かくなるのを感じた。
僕たちの村に、また新しい小さな家族が、確かに生まれた瞬間だった。