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第17話:戦後の村と新たな来訪者


 兄バルドの軍勢を退けてから、数日が過ぎた。

 聖獣の郷は、勝利の余韻と未来への確かな希望に満ち溢れていた。

 村人たちの間には、種族を超えた、これまで以上に強い一体感が生まれている。

 誰もが笑顔で、この村の未来を信じていた。


 しかし、僕だけは一人、静かな不安を抱えていた。


「これで終わりじゃない。きっと、始まりに過ぎないんだ」


 勝利の宴の翌日。

 僕の家にミリア、グルド、そしてリアムが集まり、今後の対策を話し合うための、ささやかな評定が開かれていた。


「何を水臭いことを言うんじゃ、リオの小僧! 我らは勝ったんじゃぞ! 胸を張らんか!」


 グルドが、豪快に笑い飛ばす。

 彼の言う通り、村は勝利に沸いている。その雰囲気に水を差したくないという気持ちは、僕にもあった。


「グルドさんの言う通りです、リオさん。私たちは、私たちの故郷を自分たちの力で守り抜きました。それは、誇るべきことです」


 ミリアも、力強く頷く。

 彼女の赤い瞳には、リーダーとしての自信が満ち溢れていた。


 しかし、リアムだけは僕と同じように、冷静に状況を分析していた。


「お二人の気持ちもわかりますが、リオ殿の懸念はもっともですよ」


 彼は、やれやれと肩をすくめながら続ける。


「今回の一件で、アークライト侯爵家の威信は地に落ちたでしょう。ですが、問題はこの一件が王都にどう伝わるかです。三百もの軍勢が、辺境の、それも亜人たちが中心の村に一方的に敗走した。これは下手をすれば、王国全体を揺るがすスキャンダルになりかねません」


『……面倒なことよ、人間というのは』


 僕の肩の上で、ハクが呆れたようにテレパシーを送ってくる。


「リアムの言う通りだ。兄さんや父さんが、このまま黙っているとは思えない。それに、王家がこの村の存在をどう判断するか……」


 僕たちは、村の防衛体制をさらに強化する必要があること、そしてリアムの交易網を使い、王都の情報を迅速に収集することを確認し合った。


 会議を終え、僕は村の見回りに出た。

 ドワーフたちが、壊れた罠の修復や新たな防衛設備の構築について熱心に議論している。

 獣人の男たちは、森の警戒をより一層密にしていた。

 誰もが、次の脅威に備えようとしている。その光景は頼もしく、僕の心を少しだけ軽くしてくれた。


 そんな時だった。

 村の入り口で、見張りをしていた兎獣人の青年が、慌てた様子で僕の元へと駆け込んできた。


「リオ様! 新たな来訪者です! ですが、その……」

「どうしたんだい? 商人かい?」

「いえ、それが……ひどく衰弱した難民のようですが……その中に、とても小さな子供が……」


 僕は、急いで村の入り口へと向かった。

 そこにいたのは、数人の、様々な種族が入り混じった難民の集団だった。

 彼らは、聖獣の郷の噂を頼りに、やっとの思いでここまでたどり着いたのだという。


 そして、その集団の一番後ろに、二人の小さな姉妹が隠れるようにして立っていた。


「……犬獣人?」


 もこもこの犬耳と、お揃いのおかっぱ頭。

 歳は、八歳くらいだろうか。

 ボロボロの服をまとい、その瞳は怯えきっていた。


「この子たちは?」


 僕が尋ねると、難民の代表である年老いた人間の男性が、悲痛な面持ちで答えてくれた。


「この子たちは、カカンとココン。先の戦争で、両親を目の前で……。それ以来、一言も口を利かなくなってしまって……」


 その言葉に、僕は胸が締め付けられた。

 僕が彼女たちに近づこうとすると、二人はびくっと肩を震わせ、母親らしき女性のローブの後ろに隠れてしまう。


「大丈夫だよ。もう、何も怖いことはないから」


 僕が、できるだけ優しい声で語りかける。

 ちょうどそこに、様子を見に来たミリアが駆け寄ってきた。


「まあ……! なんて、小さな子たち……」


 ミリアは、母性的な優しい眼差しで双子を見つめると、そっとしゃがみこんだ。


「お腹、空いてない? 温かいスープがあるわよ」


 しかし、双子は怯えるばかりで、一向に出てこようとはしない。

 その姿を見ていた村人たちが、次々と集まってきた。


「おお、わしらが家を作ってやろう!」

「栄養のある薬草を、煎じてあげましょう」

「私たちの子の服なら、まだ着られるかもしれないわ」


 ドワーフも、獣人も、人間も。

 誰もが、この傷ついた小さな姉妹を温かく迎え入れようとしていた。

 かつての自分たちの姿を、彼女たちに重ねているのかもしれない。


 僕は、そんな心優しき村人たちを誇りに思った。

 そして集まった皆に聞こえるように、はっきりと宣言した。


「この村は、傷ついた全ての者がその羽を休める場所だ。カカンとココン、そして新しく来てくれた皆さん。ようこそ、聖獣の郷へ!」


 僕の言葉に、村人たちから温かい拍手が沸き起こった。


 その日の夜、双子はミリアが用意してくれた温かいベッドで眠りについた。

 しかし、その寝顔はまだ固くこわばっている。

 二人が心から笑える日は、いつか来るのだろうか。


 僕たちの村の、新たな、そして小さな家族の物語が、静かに始まろうとしていた。


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