第14話:聖獣の郷の防衛戦
「全軍進め! あの忌々しい村を、踏み潰してしまえ!」
兄バルドの高らかな号令が、冬の荒野に響き渡る。
三百の重装騎士たちが鬨の声を上げながら、一斉に僕たちの村へと、なだれ込んできた。
地響きを立てて迫りくるその光景は、凄まじい威圧感を放っている。
しかし、僕たちの村はもう、ただの無防備な集落ではなかった。
僕の鑑定と仲間たちの力が結集した、難攻不落の要塞へと生まれ変わっていたのだ。
バルド軍が村へと続く唯一の谷道に差し掛かった、その時だった。
「な、なんだ!?」
先頭を走っていた数騎の馬が、突如として地面に開いた巨大な落とし穴へと、次々と吸い込まれていった。
悲鳴と馬のいななきが、谷間にこだまする。
「罠だ! 敵の罠があるぞ!」
後続の部隊が慌てて足を止める。
しかし、それはさらなる悲劇の始まりに過ぎなかった。
「放て!」
谷の上、森の中に潜んでいたドワーフの長老グルドの、力強い声が響く。
その合図と共に、谷の両側から巨大な投石網が騎士たちの上に降り注いだ。
岩と丸太が勢いよく騎士たちを打ち据え、その勢いを完全に止めてしまう。
「くそっ、こんなところに罠を……! 迂回しろ! 森を抜けて、村を奇襲するんだ!」
バルドが、怒りに顔を歪ませながら指示を飛ばす。
しかし、その判断こそが僕の思う壺だった。
騎士たちが馬を捨て、慣れない森の中へと足を踏み入れたその瞬間。
森の木々が、まるで生きているかのように彼らに襲いかかった。
ヒュッ、ヒュッと風を切る音と共に、どこからともなく無数の矢が飛んでくる。
それは、ミリア率いる兎獣人たちのゲリラ部隊による攻撃だった。
彼らはその卓越した聴力と俊敏性を活かし、森の中を縦横無尽に駆け巡りながら、騎士たちを翻弄していく。
「どこだ! 敵はどこにいる!」
「ぎゃあっ!」
騎士たちは、姿の見えない敵からの正確無比な攻撃に、完全に混乱状態に陥っていた。
獣人たちの使う矢には、殺傷能力はない。
矢の先には、眠り薬を染み込ませた布が巻きつけてあるだけだ。
しかし、それは騎士たちの戦意を奪うには、十分すぎるほどの効果を発揮した。
罠と奇襲。
僕の【土地鑑定】による完璧な地形分析と仲間たちの力が、見事に融合し、バルド軍の進軍を完全に食い止めていた。
「おのれ、おのれ……! 亜人どもの、姑息な真似を……!」
バルドは、歯ぎしりをしながら憎々しげに森を睨みつけた。
彼のプライドは、すでにズタズタだった。
三百もの大軍が、まだ村にさえ到達できずに一方的にやられているのだから。
しかし、彼の、そして騎士たちの本当の悪夢は、ここから始まるのだった。
僕とハクは、村を見下ろす一番高い丘の上に立っていた。
「……ハク、頼めるかい?」
『うむ。任せよ、我が主』
僕の言葉に、ハクは力強く頷いた。
そして、天に向かって一声高く、長く咆哮を上げる。
「グルォォォォォォォッ!!」
その咆哮は、ただの威嚇ではなかった。
大気を震わせ、世界そのものに語りかけるような、聖獣の神威の発露。
次の瞬間、空がにわかにかき曇った。
晴れ渡っていたはずの冬の空が、厚い黒い雲に覆い尽くされていく。
ゴロゴロ……と、遠くで雷鳴が轟き始めた。
「な、なんだ……!? 天候が……」
バルドたちが、空を見上げて呆然と呟く。
しかし、ハクが起こした天変地異は、それだけでは終わらなかった。
どこからともなく、濃い白い霧が発生し始めたのだ。
その霧は、意思を持っているかのように森の中へと流れ込み、あっという間に騎士たちの視界を完全に奪ってしまった。
「前が見えん!」
「おい、どこにいる! 返事をしろ!」
深い霧の中で、騎士たちは完全に統制を失った。
敵の姿も見えず、味方の位置もわからない。
ただ不気味な静寂と、時折轟く雷鳴だけが、彼らの恐怖を極限まで煽っていく。
それは、もはや戦いではなかった。
伝説の聖獣が、愚かな人間たちに自然の、そして神の絶対的な力を見せつける、一方的な蹂躙だった。
騎士たちの心は、完全に折れていた。
彼らは武器を捨て、ただその場にうずくまり、震えることしかできない。
バルドもまた、その圧倒的な力の前に立ち尽くしていた。
彼の傲慢なプライドも、エリート意識も、この人知を超えた現象の前では、何の意味もなさなかった。
「……頃合いだね」
ハクに合図を送り、丘を離れる。
霧の中を凄まじい速さで抜けていき、僕たちは目指した――敵軍の最後方、兄のバルドが待つ敵陣の本丸へと。