第100話:最初の王命
ミズガルズが建国を宣言した、その翌日。
国中がまだ祝福の余韻と、新しい時代の始まりへの期待に満ち溢れている、まさにその時だった。
「――緊急事態だ!」
血相を変えたリアムが、僕の執務室に飛び込んできた。
その手には、彼の情報網からもたらされた、一通の緊急報告書が握られている。
「王都の密偵から連絡があった! 宰相ダリウスが、我々の独立宣言を『反逆』と断じ、王国騎士団の主力に出撃命令を下した! その数、およそ五千! 今まさに、こちらへ向けて進軍を開始したとのことだ!」
リアムの報告に、執務室にいた幹部たちの間に、激しい緊張が走った。
五千。それは、僕たちが想定していた中でも、最悪に近い数字だった。
アークライト家の私兵とは訳が違う、訓練され、装備も充実した、本物の国家戦力。それが、僕たちの国を、根絶やしにするためだけに向かってきている。
建国の喜びに沸いていた空気は、一瞬にして吹き飛んだ。
しかし、そこに絶望の色はなかった。
「五千だと? 上等じゃねえか!」
最初に声を上げたのは、グルドさんだった。
彼は、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべると、拳を力強く握りしめる。
「望むところだ! リオ様、直ちに防衛準備の全権をこの俺に! ドワーフの技術の全てを注ぎ込んで、王国騎士団の連中が泣いて帰りたくなるような、最高の『おもてなし』をしてやるぜ!」
「私も、すぐに民への通達と、後方支援の準備に取り掛かります!」
ミリアも、きりりとした表情で立ち上がる。その瞳には、もう宰相としての覚悟が宿っていた。
「民は、決して動揺したりしません。むしろ、この時を待っていたはずです。この国を、自分たちの手で守る時が来たのだと!」
グルドさんが防衛の指揮を執り、ミリアが民の動揺を抑えるために奔走する。
リアムは物資の最終確認に走り、セブンは敵戦力の詳細な分析を開始する。
凶報を前にして、僕の仲間たちは、誰一人としてうろたえなかった。
むしろ、やるべきことを即座に理解し、一つの有機的な組織として動き始めている。
僕たちの国は、この絶体絶命の危機を前に、その真価を試され、そして、より強く一つにまとまろうとしていた。
僕は、そんな頼もしい仲間たちの姿を見渡し、そして、静かに立ち上がった。
「――鐘を鳴らしてくれ。全ての民を、中央広場に集める」
僕の言葉に、ミリアがはっとしたように僕を見た。
僕が、何をしようとしているのかを、彼女は即座に理解したのだろう。
やがて、ミズガルズ全土に、招集を告げる鐘の音が響き渡った。
畑を耕していた者も、工房で槌を振るっていた者も、家で子供の世話をしていた者も、誰もが作業の手を止め、中央広場へと集まってくる。
数時間後。広場は、再び、この国の全ての民で埋め尽くされていた。
しかし、そこに建国宣言の時のような、歓喜の表情はない。r> 誰もが、これから告げられるであろう、厳しい現実を覚悟した、真剣な顔つきで壇上を見つめていた。
僕は、一人で壇上に立った。
そして、僕の王としての、最初の言葉を、民に語りかけた。
「ミズガルズの民よ! たった今、王国軍五千が、我々の国を滅ぼすために、こちらへ向けて進軍を開始したとの報せが入った!」
民衆の間に、緊張が走る。しかし、誰一人として、騒ぎ出す者はいなかった。
「彼らは、我々の独立を許さない。我々の平和を、未来を、そして、我らが人として生きる尊厳を、力で踏みにじろうとしている!」
僕は、集まった民の一人一人の顔を見回した。
その誰もが、僕の言葉を、まっすぐに受け止めている。
「これは、我々ミズガルズにとって、最初の試練だ。そして、おそらくは、最大の試練となるだろう。だが、僕たちはもう一人じゃない! 僕たちには、共に戦う仲間がいる! 守るべき国がある!」
僕は、天に掲げられた、ミズガルズの国旗を指さした。
それは、僕の聖獣ハクをモチーフにした、純白の旗。
「王として、僕が下す、最初の命令だ!」
僕は、全ての民に向かって、高らかに宣言した。
「僕たちの国を、僕たちの手で守ろう!」
その言葉が、引き金だった。
「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」
民衆から、建国宣言の時を遥かに上回る、大地を揺るがすほどの雄叫びが上がった。
それは、恐怖を乗り越え、怒りを力に変えた、戦士たちの咆哮だった。
ドワーフがハンマーを突き上げ、獣人たちが牙を剥き、エルフたちが弓を天に掲げる。
僕の最初の王命は、民の魂に火をつけた。
ミズガルズの旗が、戦いの始まりを告げる風を受け、力強く、そして誇らしげにはためいていた。
ここまでのご読了ありがとうございます。
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元々100話までの予定でしたので、一旦完結とさせていただきます。
気が向いたら再開するかもしれません。




