第1話:出来損ないの鑑定スキル
代々優秀な魔法騎士を輩出してきた名門、アークライト侯爵家。
その三男として生を受けた僕、リオ・アークライトは今、人生の岐路、いや崖っぷちに立たされていた。
「――リオ・アークライトに授けられしスキルは、【土地鑑定】である」
荘厳な儀式場に神官の厳かな声が響き渡る。
その瞬間、僕の未来は事実上終わりを告げた。
ざわ、と周囲を取り囲む親族や家臣たちから侮蔑と失笑の混じったさざ波が広がるのが肌で感じられた。
「土地鑑定だと……? なんだそのスキルは」
「聞いたこともないな。戦闘にも生産にも何の役にも立ちそうにない」
無理もない。ここは個人の武勇こそが全てとされる、武力至上主義の権化のような家なのだから。
――【土地鑑定】。
その名の通り土地の状態を鑑定するだけのスキル。
攻撃魔法のように敵を焼き払うことも、治癒魔法のように味方を癒すことも、ましてや魔法剣のように自らを強化することさえできない。
戦闘にも生産にも直接役立たない、いわゆる『ハズレスキル』の典型。
それがこの家に生まれた僕が十八年の歳月を経て、神から授かった唯一無二の能力だった。
「……恥を知れ、出来損ないめ」
玉座に座す父、ガレン・アークライト侯爵が地を這うような低い声で吐き捨てた。
その凍てつくような視線はまるで汚物でも見るかのように、僕の心を容赦なく抉る。
歴戦の魔法騎士であり王国騎士団の総帥でもある父にとって、僕の存在はアークライト家の輝かしい歴史に付着した許しがたい汚点なのだろう。
「くくっ……! 土地の情報を盗み見るだけのスキルか。さすがはリオだ。昔からこそこそと地面ばかり見ていたお前にはお似合いの能力じゃないか」
隣に立つ長兄バルド・アークライトが肩を震わせながら嘲笑を漏らす。
彼は次期侯爵として、そして天才魔法剣士として将来を嘱望される家の光。その彼にとって僕は常に蔑みの対象だった。
武の才に恵まれなかった僕は、この家では常に『いない者』として扱われ、食事さえも家族の輪から外れ一人で摂るのが常だった。
儀式だというのに僕のすぐそばに控える者は誰もいない。
広大な儀式場の中央に僕だけがぽつんと取り残されている。
この光景こそがアークライト家における僕の立ち位置を何よりも雄弁に物語っていた。
父はゆっくりと玉座から立ち上がると、有無を言わせぬ威圧感と共に僕に最終通告を突きつけた。
「リオ・アークライト。貴様は本日をもって勘当とする」
その言葉に僕は息をのんだ。覚悟はしていた。だがこれほどまでにあっさりと切り捨てられるとは。
「我がアークライトの血に無能は不要。貴様には領地の最果てにある『嘆きの荒野』をくれてやる。名目上は領主として赴任させてやるが事実上の追放だ。二度と我が家の敷居をまたぐことは許さん」
『嘆きの荒野』――その名を聞いて家臣たちの間に再び同情とも嘲笑ともつかないどよめきが広がった。
そこはかつて神々の大戦の古戦場であった影響で、土地に溜まった瘴気によって作物も育たず凶暴な魔物だけが跋扈する見捨てられた不毛の地。
そんな場所に食料と最低限の装備だけを持たせて送り込むというのは、死刑宣告と何ら変わりはなかった。
「お待ちください、父上!」
その時、バルド兄さんが芝居がかったように父を制止した。
一瞬、彼にまだ一片の慈悲でも残っていたのかと期待しかけた僕が愚かだった。
「この出来損ないに我がアークライトの紋章が入った装備を与えるなど慈悲深すぎます。我が家の名誉を汚すだけです」
彼は僕の腰に下げられていた家紋入りの短剣を抜き取ると、代わりに錆びついた粗末な剣を押し付けた。食料の入った袋もわざと地面に落として中身を半分ほどぶちまけさせる。
「ははは! これが貴様にはお似合いだ、寄生虫が! せいぜい魔物の餌にでもなるがいい!」
高笑いを上げる兄。それを止めようともしない父。冷たい視線を向ける家臣たち。
ああそうか――これが僕の家族、僕の居場所だったのか。
心のどこかでまだ期待していたのかもしれない。いつか認めてもらえる日が来るのではないかと。だがそれはあまりにも甘い幻想だった。
僕は何も言わなかった。いや、言えなかった。
どんな言葉もこの絶対的な拒絶の前では意味をなさなかったからだ。
僕はただ黙って頭を下げると、散らばった食料を拾い集め背を向けた。
向かう先は荒野へと続く裏門。僕の追放のためにわざわざ開けられた門だ。
一歩また一歩と生まれ育った屋敷を後にしていく。
その背中に温かい言葉がかけられることはついぞなかった。
巨大な門が僕の後ろで無慈悲な音を立てて閉ざされる。
こうして僕、リオ・アークライトはたった一人、死の荒野へと追放されたのだった。