騎士団長の息子視点(1)
幼い頃から父親は自分にとってのヒーローだった。
漢の中の漢を感じさせる父親は、強さの象徴であり、自分も彼のようになりたいと強い憧れを持つようになる。
「ケント・ポール・ダイセン。君を騎士見習いとしてペガサス騎士団へ迎えよう」
父親であり、騎士団長であるダイセン侯爵から正式にそう言われた時。
自分は立派な騎士になろうと心に誓う。
そしていつか「ケント卿」と呼ばれたい。
そんなふうに思うようになっていた。
そのためにも日々の訓練は欠かせない。
特に父親からの指導で言われたこと。
それは――。
「まずは体力だ。馬に乗るにも剣や槍などの武器を使うにも、体力が必要になる。それに戦闘時の装備はとても重たい。体力がないと、この装備で素早く動くことが出来ないぞ。よって体力をつけること。同時に、とにかく全身の筋肉をくまなくつけておくといい」
このアドバイスに従い、常に体を動かし、馬車には乗らず、歩いたり、走ったり。
体を動かす習慣をつけていた。
それは王立ミディ学院入学後も変わらない。
教室へ移動する時もわざと遠回りをして、休憩の度に階段の上り下りをして、昼休みは昼食が終われば剣の練習場へ向かう。
気づけばクラスメイトとの接点はほぼゼロだったが、ひょんなことから一緒に行動することになった令嬢がいる。カトリーナ・マリアンヌ・ベヴァリッジ。ベヴァリッジ公爵家の令嬢で、女生徒の中では家柄・成績・容姿その三拍子が揃った、まさに高嶺の花の存在で知られていた。
そんな深窓の令嬢の代表格であるベヴァリッジ公爵令嬢と自分が接点を持つ。
それは通常であればあり得ないこと。
しかも彼女は自分のことを――。
「ケント卿」
そう呼んでくれたのだ……!
これにはもう天にも昇る気持ちになる。
そもそもなぜ、深窓の令嬢であるベヴァリッジ公爵令嬢と接点を持つことになったのか。
それは本当に偶然の結果である。
入学して早々、委員を割り当てられることになった。一人一つの委員を担当する必要があり、自分は体育祭実行委員に立候補した。各委員には、男女一名ずつが割り当てられる。自分が体育祭実行委員に立候補すると、他の令息が手を挙げることはない。その際「あんな筋骨隆々な奴が立候補しているのに、他の奴らが手を挙げられるわけがない。見た目からしてダイセン侯爵令息が体育祭実行委員にピッタリだ」というささやきが聞こえる。
それを聞いた自分は、筋骨隆々であると言われたことが嬉しくてならない。しかも体育祭実行委員は、体育祭がある秋まですることがなかった。空いた時間で存分に騎士見習いとして訓練に励める。
だが季節が巡るのはあっという間だ。
バカンスシーズンが終わり、新学期がスタートすると、すぐに体育祭が近づく。つまり体育祭実行委員としての活動が必要となる。ところが自分と一緒に体育祭実行委員に選ばれていたシュルエツ子爵令嬢が体調不良で休みとなった。彼女の代わりを申し出たのは――。
『シュルエツ子爵令嬢は私の友人の一人です。彼女が体調不良で学校を休み、体育祭実行委員として役目を果たせないのなら、その代わりは私が務めたいと思います』
友人の代わりに自身が体育祭実行委員として動くことを申し出たカトリーナ・マリアンヌ・ベヴァリッジ公爵令嬢だったのだ。彼女は既にクラス委員をしている。副委員長なのに、体育祭実行委員をやると手を挙げるなんて……。
(自分は少しでも騎士の訓練をしたいから、体育祭実行委員の活動を億劫に感じていたのに。ベヴァリッジ公爵令嬢は実に立派な人物だ)
そんなふうに思っていた矢先に、「ケント卿」と呼ばれたのだ。しかもなぜ突然、その呼び方をしたのか。尋ねたところ、彼女はこう答えた。
「……ケント卿はその見た目から、もう騎士と変わらないように思えるわ。それに騎士と同じぐらい、日々修練をなさっているから」
自分が校内でも暇を見つけては体力と筋力作りに励んでいることを、ベヴァリッジ公爵令嬢は気づいていたのだ。
自分は時間さえあれば、体を動かしており、クラスメイトとは接点がない。ベヴァリッジ公爵令嬢とも、体育祭実行委員を共にすることがなければ、ほとんど会話もないまま、卒業していた可能性が高かった。そんな関係性なのに、自分のことを、ベヴァリッジ公爵令嬢は知ってくれていた。
しかもこんな提案をする。
「……ケント卿と呼ぶのはあなたと二人だけ、もしくは他の人に聞こえないよう、小声にします」
高嶺の花で知られるベヴァリッジ公爵令嬢と二人だけの秘密を共有すること。それは……自分も年頃の令息なのだ。非常にドキドキしてしまう。
(いや、自分は騎士を目指しているのだ。今は異性を意識している場合ではない)
そう心に誓うのだが……。
放課後、体育祭実行委員として活動をしようとしたまさにその時。
甘い香りが漂う。
驚いているとベヴァリッジ公爵令嬢は手に持っているバスケットから、ドリンクを取り出したのだ。
「これは……」
「エッグノッグ風ドリンクです」
お読みいただきありがとうございます!
次の一話は、夜に公開できるよう準備しますので、お待ちいただけないでしょうか~
また、引き続きブックマークや☆評価で応援していただけると、とても励みになります!
よろしくお願いいたします☆彡