幼なじみ視点(1)
カトリーナ・マリアンヌ・ベヴァリッジ。
僕……カッセル・エリオット・ブライトと同じ公爵家の人間で、同じ区画の隣にカトリーナの暮すベヴァリッジ公爵家の屋敷があった。
幼い頃は同い年ということもあり、彼女の屋敷へ遊びに行き、絵本を一緒に読んだり、かくれんぼうをしたり。昼寝をして、おやつを食べてとよく遊んでいた。
だが十二歳になると、家庭教師による教育も本格的になる。令嬢と令息では学ぶ内容も異なっていた。かつ同年代の同性との交友関係を深めるため、カトリーナと会う機会は急激に減っていく。
気づけば一年に一度、ニューイヤーの挨拶をするぐらい……そんな頻度にまで落ちていた。
だが社交性を磨くため、王侯貴族が通う王立ミディ学院にカトリーナと僕も入学することで、彼女の姿を日常的に眺めることになった。
眺める。
そう、眺めるだけ。
カトリーナは幼い頃から美少女だったが、学院に入学する頃には、すっかり大人になっていた。もうその姿は成熟した女性そのもの。
見事なストレートのホワイトブロンドに、煌めくようなアメシスト色の瞳。唇と頬はローズ色で、肌は陶器のような白さと滑らかさだ。小顔で首も手もほっそりしているのに。胸は大きく成長し、ウエストは見事にくびれ、脚も長かった。
容姿もさることながら、学業でも大変優秀。
僕は男子生徒の中では、王太子殿下に次ぐ成績で入学した。だがカトリーナは女生徒で一番の成績だった。つまり頭脳も明晰なのだ。
こうなるとカトリーナはいわゆる高嶺の花となってしまう。
幼なじみだからと気軽に話し掛けることは……できない。
できないことはないと思う。僕が話し掛ければカトリーナは得意の社交術で、笑顔で応じてくれるだろうが……。
僕が……僕が美しいカトリーナを前にして、何もできない気がしていた。
そのカトリーナからある日突然声をかけられたのだ。
「カッセル!」
軽やかな声で呼ばれ、僕はドキッとしながら振り返る。そこには女神のようなカトリーナがいて、僕からすると眩しいほどの笑顔でこちらを見ていた。
心臓がドクドクと高鳴り、一瞬にして全身が緊張する。
「や、やあ、カトリーナ」
持っていた本を強く抱きしめながら、僕は何とも気の利かない返事をしていた。
(これでも僕は男子生徒の中では学年二位なのに!)
だがあまりにも鼓動が激しく、頭は真っ白になりそうだった。ウイットに富んだ何か一言を言うなんて……無理だった。
「ねぇ、カッセル。覚えているかしら? 昔、文字の勉強も兼ねて『貴族の矜持~歴史に見る貴族の活躍~』を一緒に読んだこと」
僕と違い緊張などゼロのカトリーナが気さくに話しかける。
「『貴族の矜持~歴史に見る貴族の活躍~』……、もちろん覚えているよ! 貴族なら一度は読む教養歴史本だ。カトリーナは挿絵に落書きをして、貴婦人の顔に髭をかいたり、王様の頭に耳を描いていたりした!」
興奮気味に話してしまい、驚くカトリーナを見て、全身から汗が吹き出そうになる。
「落書き……よく覚えていたわね」
「そ、それは……」
僕は……カトリーナのことが好きだった。幼なじみとして共に過ごす時間の中で、彼女への想いを募らせていた。
(高嶺の花だとしても。公爵家の嫡男である僕なら……)
そう思う一方で、まだまだ今の僕では足りないと、勉学に励むことになっていた。
「ともかくその本なのだけど、この前の日曜日、蚤の市に行ったら、偶然にも初版本を見つけたの」
「えええっ、本当に!? それはすごいことだよ! オークションでは随分高値になると聞いている。それが蚤の市で見つかるなんて!」
カトリーナのことは好きだが、『貴族の矜持~歴史に見る貴族の活躍~』の初版本となると、興奮せずにはいられない。
(彼女をそっちのけで声まで上ずるのは……見逃して欲しい!)
そんなことを思う僕の気持ちなど知る由もないカトリーナは話を続けている。
「本来、オークションにかかるような逸品よ。本当に初版本なのか、ちょっと半信半疑なの。店主はそれが初版本と気づいていなかったみたいで……」
「なるほど。その、見せてくれたら僕が鑑定しようか?」
「本当に!? カッセルならきっと鑑定できると思って、相談して良かったわ!」
カトリーナから頼られていると分かり、全身が熱くなる。
「良かったら今から君の屋敷に行こうか?」
お読みいただきありがとうございます!
執筆時間をいただき、感謝でございます。
幼なじみ視点は全二話です。
初日なので気合いをいれ、もう一話更新します。
これから校正して入稿するので、もう少しだけお待ちくださいませ~
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