Dead or Alive(死ぬか生きるか)!?(2)
救護用テントの中に入ると、椅子に座るハニーブラウンの髪にヘーゼル色の瞳のマダムの姿が目に飛び込んでくる。涙目のマダムに近くづくと、彼女は「ぶちっと音がしたんです!」と震える声で訴える。
「きっと大きな音がしたのですよね。驚かれたことでしょう」
「はい、そうなんです! お分かりになります!?」
「経験はないのですが、同じような症状の方から話を聞いたことがあります」
マダムは「一体、わたくしの身に何が起きたのですか!?」とすがるように尋ねる。
「おそらくそれは肉離れだと思うのです。つまり急激な運動で、筋肉を傷めたのだと思います。ですが私は医師ではないので、断定はできません。一般的な知識では、肉離れが起きた時は安静にして、患部を冷やすのがいいはずです。治療方針は養護教諭と話し、決めていただきたいと思いますが、氷嚢は学院でも用意できます。もし養護教諭が冷やす治療方針を示されたら、馬車の中で侍女に氷嚢を当ててもらい、屋敷へ戻るのがいいかと」
「そうなのですね。ありがとうございます! わたくしからすると、あなたが医師に見えてしまいますが……あなたは……運動着ですし、もしや生徒なのですか?」
「はい。私はカトリーナ・マリアンヌ・ベヴァリッジ、ベヴァリッジ公爵の娘です」
公爵令嬢と分かり、マダムは立ち上がろうとするので、それを制する。
「驚きましたわ。公爵令嬢であるあなたがここへ呼び出されるなんて」
「少しばかり筋肉やマッサージの知識があり、体育祭実行委員を手伝っていたので呼ばれたのだと思います」
「まあ、そうでしたの。あなたのアドバイスを聞いて安心しましたわ! 何か痛い治療をされるのかと思ったのですけど、安静にして冷やせばいいのなら……」
どうやらこのマダム、瀉血を恐れていたようだ。
「念のためで痛みがある右足の太腿を見せていただいてもいいですか?」
「ええ、女性の方ですから」
「では失礼して」
確認すると確かに太腿に腫れはあるが、それ以外の変化はない。きっと後から痣ができるかもしれないが、重症ではなさそうだった。
「筋肉が切れる音を聞いてしまい、激痛が走ったのです。大怪我をしたと、心配な気持ちでいっぱいですよね。ですがちゃんと対処すれば治ると思いますから、まずは屋敷へ戻られませんか?」
「ええ、そうしますわ。侍女が息子を呼びに行ってくれたので、馬車まで運んでもらいます」
「それが良いかと思います」
こうして救護用テントから出ると、私は養護教諭と話し、文献で見たということで肉離れの一般的な治療法について説明。初期段階は無理に動かさず、内出血を抑えるため、冷やす必要があること。経過を見て温める治療へ移ることを伝える。そうしている間にマダムの侍女が息子を連れてやってきた。マダムは無事、息子に抱き上げられ、並んで歩く養護教諭から治療について聞きながら、帰宅の途につく。
「ベヴァリッジ公爵令嬢、大丈夫ですか!? 救護用テントに向かったと聞いたのですが、お怪我をされたのです!?」
ポメリアとシュルエツ子爵令嬢たちが、心配して駆けつけてくれた。そこで私が怪我をしたわけではないと、説明することになる。するとそこへクラスメイトが来て「綱引きに出る人は集合です!」と声を上げた。
綱引きは多くの生徒が出場になるので、ポメリアとシュルエツ子爵令嬢たちはとんぼ返りだ。シュルエツ子爵令嬢自身は出場しないが、その分、応援を頑張っていた。ケントは見習い騎士をしているぐらいのがっしりとした体躯。綱引きには欠かせない人材として、やはり出場が決まっている。
気づくと救護用テントのそばに残ったのは、エリックと私だった。
「ベヴァリッジ公爵令嬢、とても冷静で的確な判断でした。わたしからすると、養護教諭より肉離れの症状について正しい知識をお持ちように思えたのに、出しゃばることなく、アドバイスにとどめ、相手を立てる。そういう采配はなかなかできるものではありません。貴族たちはお互いを牽制し合い、相手より少しでも優位に立とうします。……君は一体どこで今のような社交術を身に付けられたのですか!?」
「え、えーと。私の知識は付け焼き刃で、文献ありきですから。養護教諭の先生は沢山の生徒を診て、経験も豊かです。彼を尊重するのは当然のこと。何より私は医療に関してはど素人ですから」
「君は本当に謙虚ですね。私が、自分が、と主張が多い人の中で、君のその控えめな態度は……とても好ましいです」
エリックの言葉にしみじみ思う。日本人の欧米化が進む――これは前世で定期的にネットでも話題になっていたことだ。ただ、体つきが欧米化しても、気質の部分はなかなか変わらないのかもしれない。どこか遠慮したり、周囲に同調して目立たないようにしたり。日本人らしいと言われる控えめな態度は、欧米では奥深さとして、特に男性たちが驚く。欧米の主張の強い女性にたじたじの一部の欧米男性には、日本人女性の一歩後ろに控える大和撫子のような態度は好ましく感じられるのだとか。
「ベヴァリッジ公爵令嬢、聞いていますか、わたしの話!?」
「あ、すみません。ちょっとぼーっとしてしまいました。そろそろ綱引きが始まるので、応援に行きませんか?」
「……そうですね……」
エリックはなんだか少し拗ねているようだが「間もなく綱引きが開始です。入場に備えてください~」の声も聞こえる。
救護用テントを離れ、観客席へ向かった。
お読みいただき、ありがとうございます!
次話の熱い綱引きでの戦いで、何かが起きる……!
ということで今日は土曜日で執筆時間をいただけて
心から感謝でございます!
そこでもう1話公開します~
校正後に更新しますが、ご自身のご都合にあわせ、ご無理なくお楽しみくださいね~
引き続きブックマークや☆評価で応援していただけると、とても励みになります!
よろしくお願いいたします☆彡






















































