やられる前にやるしかない~幼なじみ~
ここは乙女ゲームの世界。
転移者であるヒロインにとっては、素敵男子にちやほやされながら、恋愛を楽しむまさにパラダイスだろう。たまに横槍が入るも、最後はその邪魔者も消えて、待ち受けるはハイスペック男子とのハッピーエンド。
ところが悪役令嬢にとっては、ここはまさに悪夢のような世界だった。どう転んでも待つのはバッドエンディングで、それは悲惨に尽きるのだ。
やらなければ、やられる。
ならばやるしかない――。
そこで誰をやるか考え、一番身近なヒロインの攻略対象をやることにした。
現時点ではまだ、悪役令嬢カトリーナの悪事はバレていないし、ヒロインも誰を攻略するか決めていない。ならばとっとと全員やろうと思うが、上手くやれるかどうか。試す必要もある。
ようはいきなり大物狙いで王太子をやるのはリスキーだということ。手始めは隣人であり、幼なじみ、公爵家の嫡男であるカッセル・エリオット・ブライトをターゲットに定めた。
カッセルは、次期公爵家当主として、日々勉学に励んでいる。いわゆる本の虫で、常に何かしらの本を持ち歩く。そして暇ができれば、適当なスペースに腰を下ろし、本を読み始めるのだ。
(カッセル攻略の鍵。それは本よ)
ヒロインである男爵令嬢ポメリアが、ゲーム内でカッセルとの距離を縮めるのも本がきっかけだった。その本というのが『貴族の矜持~歴史に見る貴族の活躍~』だ。この大陸にある多くの国々で、貴族なら男女問わず一度は読む教養歴史本だった。著者はモントクレール伯で、ポメリアは蚤の市でこの本の初版本を見つける。
実はこの本、大陸全土で愛読されているが、初版本はほとんど残っていない。というのもこの本が発行されて過去に二回、大陸全土で大規模な戦禍があったのだ。今でこそ、平和な世の中を享受しているが、その戦乱で多くの書物が失われ、ベストセラーだった『貴族の矜持~歴史に見る貴族の活躍~』も、時に火災で燃え落ち、時に薪の代わりに使われ、初版本は数える程しか残っていなかったのだ。
そんな貴重な本をポメリアが入手する。
それこそ、乙女ゲームであるあるのヒロイン・ラッキー設定だった。ゲームの運営が非公式で設定しているヒロイン有利の設定のことだ。
転生者である私は、ヒロインのポメリアがその本をどこで手に入れるか分かっていた。
(申し訳ないけれど、『貴族の矜持~歴史に見る貴族の活躍~』の初版本は私が手に入れるわ)
かくして学院が休みの日曜日。蚤の市へ侍女と向かった私は当該の本を手に入れる。そしてこの本を餌に、カッセルを公爵邸へ呼び出すことに成功したのだ。
カッセルを呼び出したのは、水曜日の放課後。
毎週水曜日、両親は経営している商会の幹部とのビジネスディナーを行っていた。帰宅はいつも二十二時過ぎと遅いのだ。そして公爵家の使用人と言えど、ドーベルマンのような忠犬はヘッドバトラーと侍女長ぐらい。あとはお金で上手くコントロールできる。
ということでカッセルを招いた応接室の人払いは、あっさりすることが出来た。
(紅茶には眠気を誘発するクスリを混入させているわ。劇的に眠くなると警戒されるけど、緩い眠気ならクスリを盛られたとは思わない……)
ということで今、対面のソファに座り、『貴族の矜持~歴史に見る貴族の活躍~』を手に取っているカッセルは、欠伸をかみ殺していた。
ダークブラウンの長髪を後ろで一本に束ね、瞳はエメラルドグリーン。アンティークグリーンのセットアップを着たカッセルは、ヒロインの攻略対象らしく、見た目ハンサムで頭がいい。
だがまだカトリーナがヒロインへ行っている悪事のことを知らないので、警戒心ゼロで、クスリが混入された紅茶をもう三杯も飲んでいた。
(『貴族の矜持~歴史に見る貴族の活躍~』の初版本を手に入れ、興奮していたようね)
喉が渇くようで、立て続けに三杯飲み、緩い睡魔に襲われている。
「カッセル、あなたせっかくお気に入りの本の初版本を手にしているのに、随分と眠そうね」
悪役令嬢らしく、暗めの赤いドレスを着た私、カトリーナは、ゆったりとした表情でカッセルに問い掛ける。
「! それは……申し訳ないな。気持ちとしてはものすごく昂っているはずなんだけど……」
そこでもう一度、欠伸をかみ殺す。
「カッセル、あなた、次期公爵家当主として、とてもよく頑張っていると思うわ。連日遅くまで勉強をしているの、知っているわよ。あなたの部屋の明かりがいつも最後に消えるのだから」
「カトリーナ……!」
「深い睡眠はダメよ。一時間も寝たら、体のリズムが狂ってしまう。でも十五分なら……。十五分。カッセルが仮眠をとったら、私、起こしてあげるわ」
眠くてたまらない。そして十五分ぐらいの仮眠なら、確かにちょうどいいとカッセルは思ったのだろう。
「……カトリーナがいるのに、僕だけ仮眠をとるなんて」
「気にしないでちょうだい、カッセル。あなたと私の仲じゃない。幼なじみで、子どもの頃は一緒に昼寝もしたのよ。あなたの寝顔は知っているし、恥ずかしがる必要もないでしょう?」
するとカッセルは、眠気がピークのトロンとした瞳で、頬を少し上気させる。
(あら? 私に寝顔を見られるのが恥ずかしいのかしら?)
「……十五分だけ。十五分だけ、休ませてもらってもいい?」
「ええ、構わないわ。ほら、クッションはこれを使って。私の膝掛けをかけてあげる」
「ありがとう、カトリーナ!」
公爵邸の応接室のゆとりあるソファは、カッセルが余裕で横になれた。クッションに頭をのせ、すっかりリラックスして横になっているカッセルに膝掛けを掛ける。
「……カッセル、ゆっくり休んで」
「カトリーナ……」
幼なじみの公爵令嬢。ヒロインへしている悪事のことなど知らないカッセルは、完全に油断している。
(この世界、悪役令嬢にとっては弱肉強食よ)
私はゆっくりカッセルの顔へと手を伸ばす。
「うわぁ、ああああぁぁぁぁ」
公爵邸の応接室。
そこでは時に密談が行われる。
ゆえに。
壁も扉も分厚く、窓は二重になっている。
カッセルの叫び声は――。
誰にも届くことはなかった。
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