王太子視点(3)
「ベヴァリッジ公爵令嬢……まさか君に呼び出されるとは、思いませんでしたよ」
わたしの言葉にベヴァリッジ公爵令嬢が天使のような笑顔になる。
(素敵な笑顔だ……。この笑顔だけで、全身の力が抜けそうになってしまう)
凛とした完璧王太子でいたいのに。ベヴァリッジ公爵令嬢を前にすると、それがとても難しく感じてしまう。
小さく咳払いをして、わたしは深呼吸と共に話を続ける。
「君だったら、わざわざ人気のない場所に呼び出し、告白なんて……する必要はないと思います。君の身分であれば、公爵系経由で王家に打診してくれれば、父上が……国王陛下がきちんと対処したはずです」
「殿下。今回、告白のためにお呼びしたわけではありません」
「……そうなのですか」
「はい」
これはかなりの衝撃だった。
わたしとしては心の中で「えええっ!」と叫んでいた。しかしそれを表情に出さず、「では何のために呼び出したのですか!?」と問いたくなるのを我慢する。一方のベヴァリッジ公爵令嬢は柱のそばに置かれたソファに座るようわたしを促す。
アトリウムにはいくつかソファが置かれているが、どれも白い布がかけられている。だがベヴァリッジ公爵令嬢が座るよう勧めるソファに布は掛けられていない。あらかじめここに座るよう勧めるため、用意していたようだ。
(告白でもなく、思い付きでもなく。相応に準備してわたしを呼び出したのだろう……。それは一体何のために?)
私の疑問に答えるように、ベヴァリッジ公爵令嬢が口を開く。
「我がベヴァリッジ公爵家と王家は遠縁の関係です。同い年ではありますが、同じ学院に通う殿下のこと、私は兄のように感じています」
「……!」
「兄……お慕いしている殿下のことは、つい目で追ってしまいます」
この言葉には嬉しいような、悲しいような気持ちがないまぜになる。目で追われるのは嬉しいが、兄……。
「殿下を見ていて、気づきました。殿下は容姿端麗、文武両道、温厚篤実で完璧な王太子であらせられます。それでも殿下は……十六歳。ここまで完璧であることは……本音の部分で疲れませんか?」
この言葉には心臓がドキッと大きく反応してしまう。
(どうしてベヴァリッジ公爵令嬢は……誰にも明かしたことのない、わたしの本音が分かるのだ!?)
まさにベヴァリッジ公爵令嬢の言う通りだった。
“容姿端麗、文武両道、温厚篤実で完璧な王太子”を求められ、それに応えるのがわたしの役割だと思っていた。皆が求める王太子になること。皆の理想となる王太子でいること。それは当然であり、そうなるための努力を惜しむつもりはなかった。でもどこかで完璧を演じることに、息が詰まりそうになることもある――まさにわたしのこの本音に、ベヴァリッジ公爵令嬢は気づいているのでは!?
「無理のし過ぎはよくありません。せめて私といる時は、肩の力を抜いてください。私といる時は、あくびだっておならだって歯ぎしりだって。何をしても構いません。完璧でいる必要はないんです。そういう安息地帯がないと、疲れてしまいます」
胸がトクンと大きくときめいている。
休憩時間にベヴァリッジ公爵令嬢を見た時。二人の令息の熱い視線の先にいる彼女に、本能で反応していた。彼女の美しさに、オスの本能で「他の誰かに奪われたくない」と感じていたのだ。
でも今は違う。
わたしは……今の彼女の言葉で、間違いなく恋に落ちてしまった。
ベヴァリッジ公爵令嬢は、わたしに完璧さを求めていない。自身といる時は、その場を安息地帯だと思い、肩の力を抜くように言ってくれているのだ。
(そんなふうに言ってくれる人間に出会ったことなんてない。ベヴァリッジ公爵令嬢は……)
「殿下、これはオリジナルブレンドのハーブティーです。鎮静効果のあるカモミールやレモンバーム、ラベンダーなどいくつものハーブをブレンドしてあります。今、このひと時。肩の力を抜くのに役立つと思いますが、いかがでしょうか? 毒味は……私自身が行います」
ソファの側のサイドテーブルにはティーセットが用意されていた。ベヴァリッジ公爵令嬢はわたしと話しながらティーカップに、あらかじめ用意していたティーポットのハーブティーを注いでいる。
(わたしのために……このハーブティーを用意してくれていたのか……!)
ベヴァリッジ公爵令嬢の寛容さと優しさに触れ、感動で胸がいっぱいだった。
(毒味を彼女がしているが、そんなもの不要だ……!)
「ベヴァリッジ公爵令嬢! わたしの……誰にも明かしたことのない胸の内に気付いてくれた君を疑うつもりはありません。わたしにも飲ませてください、そのハーブティーを!」
彼女への想いが溢れ、わたしは叫ぶようにそう口にしていた。
「ええ、殿下。気持ちが楽になりますよ。どうぞお召し上がりください」
渡されたハーブティーは香りからしてとても心地がいい香りだった。華やかだがどこか甘みのある香りで、匂いだけで気持ちが和んだ。
ゆっくり口に運ぶと、蜂蜜入りなのだろう。
甘味を感じ、脳が休息を喜んでいた。
「ベヴァリッジ公爵令嬢、とても……美味しいです。気持ちがとてもリラックスしています。もう一杯いただいてもいいですか?」
「ええ、勿論です。こんなにお喜びいただけて、本当に良かったですわ」
そう言ってティーカップにハーブティーを注ぐベヴァリッジ公爵令嬢を見ていると、二つの感情がせめぎ合う。彼女に陥落し、恋焦がれる気持ち。彼女がそばにいることに安堵し、脱力したい気持ち。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
おかわりとなる二杯目を飲み終わると、彼女がそばにいることに安心し、肩の力を抜きたい気持ちが勝ってくる。
「失礼して、隣に座らせていただきます」
ベヴァリッジ公爵令嬢がわたしの隣に腰を下ろした。
お読みいただきありがとうございます!
王太子はやはり乙女だ(笑)
もう1話も今日公開します!
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