始まり
「カ、カトリーナ公爵令嬢、大丈夫ですか!?」
「す、すぐに職員室へ!」
「職員室!? 違うわ! 多分……保健室よ!」
いつも私を取り込んでいる侯爵令嬢、伯爵令嬢、子爵令嬢の三人は、顔が青ざめ、あたふたしている。三人とも、金髪の巻き毛で碧眼。しかも王立ミディ学院のピンクにグレーのチェック柄のスカートに、グレーのブレザーとお揃いの姿なのだ。もはや三つ子に見えてしまう。
「あ、あの、良かったら、ハンカチを……」
寒さに震える子ウサギのような令嬢が、下手くそな刺繍のイニシャルが見えるピンク色のハンカチを私に差し出す。
ブルネットにダークブランの瞳で、このおどおどした様子の令嬢は……ポメリア・マイリー・ポロロック。ポロロック男爵家に養女として迎えられた孤児院出身の平民だ。
平民上がりのくせに、学園の三大貴公子と呼ばれている王太子のエリック、公爵家の嫡男であるカッセル、騎士団長の息子ケントと仲良くなっていることを……私、カトリーナ・マリアンヌ・ベヴァリッジは許すことが出来ないでいた。
なぜならカトリーナは公爵令嬢だから。生粋のサラブレットの彼女の思考は、貴族の序列の至上主義。男爵家は貴族と思わず、平民など同じ人間とみなさない。そんなプライドの高さの持ち主だった。しかも“恋ラビ”の悪役令嬢……。
(え、悪役……令嬢? それに“恋ラビ”って何ですの……?)
本当はポメリアに浴びさせようとしたホワイトシチュー。それは手元が狂い、私が自分で頭から浴びることになった。そのショックでなんというか、封印していた記憶がよみがえりそうになっていた。
(え、何? この頭の中で再現されているこの絵は!?)
脳内で見たこともない景色、変な服装の人々、よく分からない物を見ることになった私は……。
「「「カトリーナ公爵令嬢!」」」
令嬢たちの叫ぶ声を聞きながら、その場でクラッとして意識が飛んでしまった。
◇◇◇
大音量のクラクションの音を聞いた気がして、ガバッと目覚めることになる。
目覚めて捉えた周囲の景色は……。
周囲に引かれているのは白いカーテンだ。
(これは……保健室ね)
そこで上半身を起こした私は、サイドテーブルに置かれたカラフェに気付き、一緒に置かれているグラスを手に取る。カラフェの水をグラスに入れて、ぐびぐびと飲み干す。
そうしながら自分が王立ミディ学院の制服を着ていることを認識。同時に、ここが前世の世界ではないと悟る。乙女ゲーム『恋のラビリンス』こと“恋ラビ”の世界であると、理解した。
(私は……どうやら交通事故に遭い、直前までスマホでプレイしていた乙女ゲームの世界に転生していたようね。しかも悪役令嬢であり、公爵令嬢のカトリーナ・マリアンヌ・ベヴァリッジとして)
現在の私は十六歳になったばかり。ここで前世記憶が覚醒するなんて……驚きではあるが……。今、覚醒した理由も分かってしまう。
十六歳のカトリーナは王立ミディ学院へ入学し、そこでヒロインと、彼女の攻略対象である三人の男子と出会うのだ。つまり十六歳は、カトリーナが悪役令嬢に開花する年齢でもある。このままでは悪役令嬢街道を一直線になってしまう。ゆえに本能がSOSを出し、前世記憶が覚醒したのではないかと思うのだ。
そんなことを思いながら、よく磨かれたグラスに映る自分の姿を見る。
ホワイトブロンドにアメシスト色の瞳。小顔で胸は大きく、ウエストはくびれ、脚は長い。完璧ボディの美少女、それが公爵令嬢のカトリーナ・マリアンヌ・ベヴァリッジだった。
(ここまで美しいと、カトリーナが天狗になっても……仕方なく思えてしまうわ)
そこで今の状況を整理する。
ヒロインは転移者で、三年前にこの世界にやって来ていた。路頭に迷い、孤児院に保護され、そして男爵夫妻の亡くなった娘に似ているということで、養女として引き取られる。そして王立ミディ学院へ入学し、攻略対象の三人の男子と知り合う。
この三人の誰をヒロインが攻略しようとも、邪魔をするのが悪役令嬢カトリーナだった。
邪魔……すなわちヒロインへの嫌がらせを行い、その悪事がバレ、攻略対象の三人の男子から在学中に断罪されるのだ。断罪するのはヒロインが攻略中の男子であるが、誰であろうと、その断罪はまさにバッドエンドにつながっていく。それはこんなふうに。
ヒロインが王太子を攻略中だったら、彼は王族の権限を行使し、悪役令嬢カトリーナを断頭台へ送る。
公爵家の嫡男をヒロインが攻略対象に選んでいたら、彼は悪役令嬢カトリーナが学院にいることを良しとせず、退学にさせられてしまう。悪評に耐えきれなくなったカトリーナは、国内にいられないと留学するが……留学先の国で暴漢に襲われ死亡する。
ヒロインが騎士団長の息子を攻略している最中なら、カトリーナの悪事に気付いた彼により、修道院送りの憂き目に遭う。両親も社交界の娘の悪い噂で家名が傷つくことを恐れ、カトリーナが修道院へ送られることを認めてしまうのだ。修道院に入ることでカトリーナは世俗とは切り離され、世捨て人となり、まだ十代のうちに病により亡くなる。
(冗談ではないわ。せっかく転生できたのに。前世記憶が覚醒したら、断罪までのカウントダウンが始まっているなんて! しかも既にヒロインいじめはしてしまっている。今回はたまたま手元が狂い、ホワイトシチューを自分が浴びることになったけれど……)
すでにやらかした後の悪役令嬢カトリーナ。
もう後がない……。
(そんな考えではダメだわ。諦めたらそこで終了になってしまう。こうなったら今からでも遅くない)
そこで私は決意する。
(かくなるうえは、やられる前にやるしかないわ)
お読みいただきありがとうございます!
物語の始まり、楽しんでいただけたら嬉しいです♡
5話程度完結目指して書いています〜
書けたら公開しますね!
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