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1-4 ホプの村

 ホプの村の入り口に立つと、すぐに一人の農夫が目を細めてこちらを見てきた。

 畑仕事の最中らしく、手には泥のついた鍬を持っている。


「……あんた、旅の人か?」


 村の中は静まり返っていた。

 けれど、死んだように沈んでいるわけではない。

 どこかの家からは子どもの鳴き声が微かに聞こえ、軒先では干し草を束ねる老人の姿も見える。人の暮らしはある、だが、空気が重い。


「えぇ、黒い霧がでるって噂を聞いたから、調査に来たの」


「あの霧か。あれは危険じゃ……もう何人も食われた」


「あの霧の魔物なら倒したわ」


 その言葉に農夫の目が見開かれる。


「お、お嬢さん!あんた今、あの霧の魔物を倒したって言ったのかい!?」


「えぇ、そうよ。なんたってあたしは、元勇者パーティの魔法使いセラフィナだからね!」


 その言葉に、農夫の顔がぱぁっと明るくなった。

 彼は両手を高く上げると、村中に向かって大声を張り上げる。


「おぉーい!!霧の魔物が倒されたぞ〜!!」


 次の瞬間、村のあちこちから人が出てきた。

 老いも若きも、皆が目を潤ませてセラフィナの元へと駆け寄る。


「ありがてぇ……」

「助かった……」

「もう誰も死なないのね……!」


 囲まれて困惑するセラフィナに、誰かが言った。


「英雄様のおかげだ!今夜は村中で祝いの宴だ!」


 "英雄"


 それは勇者リオネルが言われていた言葉だ。

 まさか自分がそう言われる立場になるとは思ってもいなかった。


「そ、そんな。英雄だなんて……」


 頬を赤く染め、俯いてしまったセラフィナは、村民たちによって空き家へと案内されていった。


「今日はここに泊まってください。昔おばあちゃんが住んでいたんです、今は誰もいませんが……」


 案内してくれた優しい顔立ちの女性が頭を下げる。

 

「今日は宴ですから、たくさん食べて、ゆっくり休んでくださいね」


「ふふ、じゃあ遠慮なくそうさせてもらおうかしら」


 セラフィナは村の空き家に荷物を置くと、外の様子が気になって戸口へ出た。

どうやら村人たちは、急ごしらえで宴の準備を始めているようだ。


子どもたちは笑いながら走り回り、年寄りたちは集まって野菜を刻み、若い者たちは薪を割ったり、焚き火を囲んだりしている。

ついさっきまで沈んでいた村に、活気が戻ってきていた。


「……あの霧が出るようになってから、ずっとこういうの、無かったんですよ」


声をかけてきたのは、先ほど案内してくれた女性だった。


「もう、いつ誰が飲み込まれるか分からない。だから人が集まることもできなくて……ずっと、沈んだままでした」


セラフィナは静かにうなずいた。


「あの魔物はネブラバイトって言ってね、人の記憶か魔力で満たされないと魔獣の姿にならないから、倒すのが難しいの。あたしは魔法使いだから……運が良かったのよ」


 そう言って肩をすくめると、目の前の女性は首を横に振った。


「そんな……。運だけであんなの倒せるわけがないじゃないですか」


「ふふ、まあね。でも少しくらい格好つけさせてよ」

 

 セラフィナは冗談めかして笑ってみせたが、内心では思っていた。


(まだ、あんな魔物がいたなんて)


 魔王を倒してから魔物は激減した。

 脅威となるようなものはいない、そう思っていたが……。

 霧に包まれた村、怯えながら暮らす人々。

 魔王の討伐で終わったはずの戦いが、まだどこかで燻っている。


(あれは終わりじゃなかったのかもしれない)


 まだ気になる噂は残っている。

 明日にはここを発って、次の街へと急がなければならない。少しでも多く情報がほしい。


 そんな彼女の思考を遮るように、子どもたちの声が聞こえてきた。


「おねえちゃん!魔法使いってほんとう??」


「え?えぇ、本当よ。見せてあげましょうか」


「いいの!?わーい!!」


 セラフィナはにこやかにそう言うと、手を胸の前にかざした。


「⸺《ルミエール》」


 その指先から、小さな光の蝶がひらりと舞い上がる。

 ふわふわと宙を漂いながら、いくつもの光が花のように開き、村の広場を照らした。


「わぁ……!」


 子どもたちの目が輝き、大人たちもその様子に顔をほころばせる。

 長く閉ざされていた村の空気が、魔法の灯に照らされて、少しずつ解けていく。


「今日は宴だって聞いてるからね。もう少し日が暮れたら花火の魔法を見せてあげるわよ」


「花火!?」


 キャッキャとはしゃぎ始める子どもたちに光の蝶や花を見せていると、村長がやってきた。


「子どもたちの面倒まで見ていただいて、ありがとうございます」


「これくらい大したことないわ。後で村の広場で花火をあげようと思うの。いいかしら?」


「花火ですか!もう何年も見ていませんなぁ……もちろん、こちらからお願いしたいくらいです」


 そろそろ日も暮れてきた。

 広場ではたくさんの料理が並び、キャンプファイヤーのようなものまで用意されていた。

 セラフィナは村長と子どもたちを引き連れて、村の広場へと向かった。


「皆知っておると思うが、こちらのセラフィナ殿が霧の魔物を倒してくださった。今日は盛大に祝うぞ!」


「「おおーー!!!」」


 歓声に合わせてセラフィナは手を頭上へとかかげ、詠唱をした。


「《ルミナ・エトワール》」


  すると、掌からこぼれ落ちるように小さな光の粒が舞い上がり、夜空に向かって優雅に散っていった。まるで夜空に咲く一輪の花のように、淡い金色の火花がふわりと広がり、やがて色とりどりの光の花火となって煌めいた。


「わあ……なんてきれいなの!」


 村の人々も息を呑み、しばし言葉を失った。

 やがて一つ、二つと拍手が湧き起こり、それは次第に広がって、広場全体が温かな笑い声と歓声に包まれていく。

 それでも、どこか名残惜しげに空を見上げながら、人々は料理の並ぶ長机へと足を運び始めた。


「セラフィナ様、こちらをどうぞ!うちで採れたキャベツを使った、ロールキャベツです!」


 大皿を差し出したのは、少し頬を赤らめた少女だった。


「あら、ありがとう。美味しそうね〜!」


「いえっ……あの、ゆっくり食べてください!」


 ぺこりとお辞儀をして足早に家族の元へと帰ってしまった。恥ずかしかったのだろうか。その背中を見送りながら、セラフィナはふと微笑む。


(可愛らしいわね。あたしにもあんな頃があったのかしら?)


ふわりと立ちのぼる湯気に、どこか懐かしい気配を感じながら、ロールキャベツを口に運ぶ。

 ふわりとしたキャベツのやわらかさに、じんわりと染み出すスープの旨味。肉の味も優しくて、どこか懐かしい。


「……ん、美味しい」


 口の中に広がる温かさに、肩の力がふっと抜けた。

 魔法のような花火も、笑い声も、この手料理も⸺今の平和がすべてを包み込んでいる。


(こんな時間が、いつまでも続けばいいのに)


 ちらりと、広場の向こうを見る。焚き火のそばでは子どもたちが踊り、大人たちは笑いながら杯を交わしている。

 魔王討伐の旅の最中には考えられなかった光景だ。


 セラフィナはもうひと口、ロールキャベツを味わってから、そっと空を見上げた。

 さっきまで花火が咲いていた空には、今は静かに星がまたたいている。


「……さて。明日からまた、動き出そうかしら」


 小さくつぶやいて、ワインの入った杯を手に取る。

 その瞳には、宴の灯よりもずっと静かで、けれど確かな光が宿っていた。


 夜が明ける頃には、村はすっかり静まり返っていた。

 昨日の宴の名残が広場に残っている。倒れかけた椅子、焚き火の灰、空になった器たち――それらが確かに、あの賑やかな夜が本当にあったことを物語っていた。


 セラフィナは、村のはずれに立っていた。

 風はまだ少し冷たいが、空には雲ひとつなく、やわらかな光が山の端から顔をのぞかせている。


 荷物は軽い。旅の道具と、昨夜村の子どもがくれた、小さな花のお守りがひとつ。


「……さて、行きましょうか」


 誰にともなくそう呟いて、足を一歩前へと踏み出す。


「セラフィナ様ーっ!」


 後ろから声がした。振り返れば、あのロールキャベツの少女が、母親と並んで立っていた。

 少女は手を振りながら、少し息を切らせてこちらに駆け寄る。


「これ……持って行ってください!」


 差し出されたのは、布に包まれた、まだ温かい焼きたてのパン。


「朝早くから焼いたんです。旅の途中で食べてください」


「まぁ……ありがとう。嬉しいわ」


 セラフィナは膝をついて、その小さな手からパンを受け取った。少女の笑顔に、自然と頬がゆるむ。


「気をつけてね!また来てくださいね!」


「ええ。また来るわ。そのときは、もっと美味しいロールキャベツを期待してるわよ?」


「はいっ!」


 もう一度手を振って、セラフィナは背を向けた。

 軽やかな足取りで、小道を歩き出す。朝の光が背中に差し込み、彼女の影を長く伸ばしていく。


 小鳥のさえずり、朝露の匂い、そして胸に灯った、あたたかい光。


 けれど、世界のどこかで何かが蠢き始めている。


 セラフィナの“おそうじの旅”は、まだ始まったばかりだ。

 本当にきれいにしないといけないのは、きっとこれからなのだろう。

完結みたいな雰囲気出てるけど全然完結じゃないです。

つづく!!!

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