2-10 杖の修理と魔導具
セラフィナとヴァルトが工房に入ると、奥からうめき声が。
恐る恐る奥の部屋の扉を開けると、店主が苦痛に顔を歪め、はぁはぁと荒い息を吐いていた。
「え!?ちょっと、どうしたのよ!」
慌てて駆け寄るセラフィナを見て、店主はかろうじて笑顔に見える顔を見せた。
「あぁ、お嬢ちゃん、戻ってきたのか」
「戻ってきたわよ。……じゃなくて!どうしたの?どこか痛いの?」
「あぁ、実は……」
◇ ◇ ◇
⸺セラフィナたちがアーロン村に向かった直後のことである。
「よっこらせっ」
しかし、美人なお嬢ちゃんだったなぁ。杖が折れたと言っていたが、一体どんな戦いをしたら魔法使いの杖が折れるんだ?魔法使いは後衛だろう?前衛は何をしていたんだ。
店主は怒っていた。
「全く、あんな美人に敵を近づけるなんて、あの剣士はろくなもんじゃないな……」
ぶつくさと文句を言いながら、今日使う材木や鋼材を運んでいく。
「いやぁ、疲れてきたな。もう歳か、ガハハ」
と、そのときだった。
「っ………!!」
突如、骨が砕かれたかのような痛みが腰を駆け抜けた。
「あ〜〜〜〜!!!!やっちまった……いてててててて」
そう、ギックリ腰である。
「神よぉ〜〜!!助けてくれえ!!!!!」
「親方!?どうしたんです!?」
「魔女の、一撃が……」
慌てて駆け寄ってくる弟子が呆れたように、でも恐ろしそうに言った。
「魔女なんていませんよ……でも、腰には気をつけよう」
⸺こうして、店主は数日寝込むことになったのだった。
◇ ◇ ◇
「はぁ。それで腰やっちゃったのね」
「んだ。もうしばらく俺は動けん。悪いが、杖の修理は待ってくれ」
「まったくぅ、仕方ないわね」
仕方ないと言いつつも、セラフィナはあからさまにしょんぼりしている。
「ああ、それと」
「うん?」
「あ、いや……あぶねぇあぶねぇ、そこの剣士はろくでもないなんて目の前で言うもんじゃ」
「おい、聞こえているぞ」
「ひいっ」
店主はずっと勘違いをしていた。セラフィナの杖が折れたのはヴァルトのせいだと。
「俺がろくでもないだと?」
「いや、だって!魔法使いの杖が折れるなんて、あんたが敵を止められなかったから……」
「そも、俺はあのときその場にいなかったんだ。杖が折れてから合流した。いいか?俺はろくでもない剣士ではない。それなりに強い」
「ぁ……すぃません……」
店主はすっかり小さくなってしまった。
「ねぇ〜、買い物いきたーい」
待ちくたびれたセラフィナがくねくねと駄々をこねている。ヴァルトは、ふっと小さく笑うと店主に背を向けた。
「あ……兄ちゃん、悪かったな」
「構わん。セラフィナ、行くぞ」
「じゃあまた来るわね〜!」
ヴァルトはセラフィナを伴って店を出た。
「よし!じゃあ魔導具、魔導具を見に行きましょう?」
「まあ、他に見るものもないしな。見るだけだぞ」
「それは保証できないわね」
「全く……無駄遣いは……」
「無駄じゃないもーん」
セラフィナはけらけらと笑いながら歩いている。ずいぶん楽しそうだ。魔導具を見るのがよほど楽しみなのだろう。
ヴァルトも水を差したいわけではない。けれど、路銀は無駄にできないのも確かだ。
「金はあるのか?」
「忘れたの?あたし、王様からの褒美はたくさんの宝石をもらったのよ」
「あぁ、そういえばそうだったな」
ならまあ大丈夫か、とヴァルトはそれ以上言うのをやめた。
二人並んでてくてくと西の魔導具の店へと歩いていると、突然声をかけられた。
「そこのお二人さん!うちはカップル割があるよ〜!」
「か、かっぷる……」
そこは魔導具の露店だった。専門店ではないが、こういった店ではたまに掘り出し物がある。
「ちょっと見ていきましょうよ!……カップルではないけど」
「えぇ!?カップルじゃないんですかぁ!?えぇ……」
露天のお兄さんはドン引きしている。何がそんなに引けるのだろうか。そんなにおかしな距離感だったろうか、とセラフィナは首を傾げている。
対して、ヴァルトは何も言い返せず突っ立ってしまった。
そう、セラフィナはヴァルトの手を取ってふんふんとご機嫌に鼻を鳴らし、るんるんで歩いていたのだ。
魔導具が楽しみで、相棒ができたからといって少々浮かれ過ぎではないかとヴァルトは思っていたのだ。だが、水を差すのも悪いと思いそのままにしていた。それがカップルだと思われてしまったのである。
「えぇ?まあ、とりあえず品物見せてよ」
「じゃあこれ!これはすごいよ〜!自動で本をめくってくれるブックカバーだ!」
「えぇ!?すごーい!!ほしい!!」
「いや、自分でめくればいいだろう……」
爛々と目を輝かせてヴァルトを振り返るセラフィナだが、一蹴されてしまった。
「こういうのはねー、ロマンなのよ」
「そうだぜ彼氏さん、こういうのは、ロマンだぜ」
「彼氏などではない!」
憤慨するヴァルトをよそに、店員とセラフィナはわいわいと話し込んでいる。
「ブックカバーはだめだってさ、じゃあ次を見せてあげるよ」
「頼むわよ、ヴァルトを頷かせるものを出してちょうだい」
「おう!続いてはこちら、少しの間汚れから服や靴を守ってくれる優れものさ!」
「え〜!探索で使えるじゃな〜い、ヴァルト!!」
「探索や戦闘で泥にまみれてしまうのは仕方のないことだ」
「えー……洗濯、手間とか……」
「だめだ、却下だ」
ヴァルトは首を縦に振ることはしなかった。
「ちょっとお兄さん、もう少し実用性のあるものを……」
「仕方ないっすね〜!もうこれが最後っすよ」
「お、まだあるのね!」
「最後はこちら!水を常温で保つ小瓶!」
「暑いところに行っても、寒いところに行っても常温のお水が飲めるのね!素晴らしいじゃない、ねぇヴァルト」
「今持っている水筒のほうが強度がいいだろう。小瓶?割れてしまうではないか」
「お兄さんごめんね?ママがだめって言うから」
「誰がママだ」
ぷんすこしているヴァルトを引っ張って、セラフィナはバイバイと手を振って歩き出す。
「一つくらい買ったっていいじゃない」
「もっと使えるものにしろ」
「まったくもう〜。つまんなーい!」
ちょっと不貞腐れた様子のセラフィナを見て、ヴァルトはある店を指差した。
「そこの魔導具店は、以前来たときに評判だと聞いたぞ」
「えっ、なになにどこどこ? ここ?入る!」
一言で気分が爆上がりしたセラフィナは勢い良く店に入っていった。
「失礼するわ!実用性のある魔導具を見に来たのだけれども!」
「いらっしゃいませ。当店には選びぬかれた貴重な魔導具が揃ってございます」
「結構品数は少ないのね」
「とっておきは裏に隠しておくものですよ、レディ」
ふーん、と店内を見回していたセラフィナだが、とある一点で固まった。
「こ、これは!」
「お気づきになりましたか。そう、闇夜のランタンでございます。中の魔石に魔力を注ぐと、明るく光ります。魔力の強さで明るさを変えられるので、どこでも使用可能です」
「ヴァルト!」
「ああ、これはいいな。暗い洞窟程度なら俺でも光を灯せるだろう。買いだな」
「やった〜!おじさま、これいくら?」
「ルミナ3枚でございます」
「さ……」
3ルミナ。この地方にはアウレアという通貨がある。金貨、銀貨、銅貨だ。ではこのルミナとはなにか?これは魔力貨である。魔力のこもった鉱石を貨幣にしており、主に高額な取引やこういった魔導具の売買に使われる。
ルミナは1枚で、アウレア金貨20枚相当だ。ちなみに、アウレア金貨は1枚でアウレア銀貨30枚相当である。
「ん゛ん゛っ、おじさま、これ、いくら?」
「3ルミナでございます」
聞き間違いではない。間違いなく3と言っている。金貨60枚分だ。
セラフィナは考えた。
えーっと?あたしが王都で生活してた頃の生活費って、1ヶ月金貨2枚と銀貨6枚くらい?ちょっと贅沢してたからなぁ。
で?金貨60枚?60を2.6で割って……
「23ヶ月……」
「なんの数字だ?」
「あたしの王都での生活費」
「約2年か」
セラフィナはうんうんと唸っている。魔導具は好きだ。集めたい。けれど、これは少し高い気がする。
「おじさま?もう少しお安くならないかしら?」
「難しい相談ですね。あぁ、ですが」
「おっ」
「こちらの魔導具と合わせて購入していただけるなら、2ルミナ、アウレア金貨15枚でお譲りしましょう」
「金貨5枚引き!でかいわよ、ヴァルト」
「いらんもん付けられても困るぞ。その魔導具とはなんだ」
「最近開発されたのですがね」
そういってカーテンの裏から出してきた魔導具は⸺。
「こ、これは!!買うわ!!!!」
◇ ◇ ◇
魔導具店で買い物を終えたセラフィナたちは、工房へと戻ってきていた。
「おや、お嬢ちゃんたち。まだ腰は治っとらんぞ」
「ふふっ、いいものもってきてあげたわよ!」
「いいもの?」
そういってセラフィナが取り出したのは、先程の魔導具店で押し売られたものだった。
「これは……コルセットか?」
「そう!ただのコルセットじゃないのよ、温冷コルセットよ!」
「温冷ってぇと、温めたり冷やしたりできるのかい」
「そうよ!これつけたら、ちょっとは腰がマシになるだろうと思ってね」
セラフィナはそう言いながら、店主の腰にコルセットを装着した。
「ギックリ腰やってから何時間くらい経った?」
「2日は経ってるぞ」
「じゃあ、温めないとね」
セラフィナは温の魔石に魔力を込めた。
「……お?おおおお、これはすごいな!腰がぽかぽかだぞ!」
「でしょ〜?これ見てすぐに買わなきゃ!って思ってね〜」
「うおおお、元気が出てきたぞ!お嬢ちゃん、杖と鉱石を出しな!」
「待ってましたぁ!!」
店主は飛び起き、セラフィナは折れた杖とエルディア鉱を2~3個カウンターに置いた。
「こりゃまた上質な鉱石だな。ここ最近で一番質がいいぞ。よく採ってこれたな」
「ええ、呪いを解いたから」
「はえ〜!そんなことも出来るんだなぁ」
店主はまじまじと鉱石を眺めていたが、はっと気づくとすぐに杖の修理にとりかかった。
「ちょっと特殊だからな、6時間はかかる。出来たら宿に運ばせるから、待っていてくれんか」
「ええ、わかったわ。じゃあ門前の一番大きな宿で待ってるわね!」
そう言うと、またもルンルンとした足取りでセラフィナは店を出ていった。
「あまり無理はするなよ」
ヴァルトはそう一言、店主に告げると店を出てセラフィナを追って駆けていく。
「なんだ、あの兄ちゃん、優しいんじゃないか」
少し胸がほっこりした店主は、とんてんかんと音を鳴らし、杖の修理に全力を尽くす。
ぽかぽかになった腰の痛みは、少し和らいでいた。
◇ ◇ ◇
午後になり、ルメルハインの街には柔らかく日が差し込んでいた。
「親方、そろそろ伝えていた時間ですが……」
「おう!もう出来るぞ!出る準備しとけ」
慎重に魔石を取り付け、少し叩いて強度を確認する。
「うん、うん。我ながらいい出来だ」
店主は杖を厚めの布に包み、弟子に手渡した。
「じゃあこれ、一番宿まで頼むな」
「はい、さっと行って帰ってきます」
弟子は颯爽と店を出ると、職人街を駆け抜けて宿へと向かった。
店主は、顔を綻ばせこう言った。
「うん、温かいが、やはり痛いな」
夕暮れ時、部屋の扉がこんこんと叩かれた。
「セラフィナ様、お届け物がございます」
「あっ、来たわね!」
ベッドでごろごろとしていたセラフィナは飛び起き、扉をばーんと開け放った。
「きゃっ……お、お届け物です……」
「あ、びっくりさせちゃったわね。ごめんなさいね、ありがとう」
セラフィナは厚手の布包を受け取ると、今度はゆっくりと静かに扉を閉めた。
どきどきと高鳴る胸を押さえ、一つ深呼吸。
ゆっくりと包みを開いていくと、そこにはキレイに修繕された杖が佇んでいた。折れた部分は丁寧に接合され、魔石も一つひとつ魔力が均等に行き渡るように調整されている。
「ま!こんなにキレイになっちゃって〜!」
にっこにこで杖に頬ずりをするセラフィナを見て、ヴァルトもうんうんと頷く。
「確かに、良い出来だ」
装飾は少し控えめになってしまったが、これはこれで大人な感じがして良い。
「ふふっ、今日からあなたがあたしと冒険してくれるのね。今日はいい夢見られそうだわ」
「それはよかった。明日は早いぞ、もう寝ろ。俺も寝る」
「そうね、ふふん。杖も一緒に寝ちゃお」
セラフィナは大事に杖をベッドに運ぶと、ごろんと横になった。
明日はいよいよ、王都へと戻る日だ。
ミリエルに会って、話をしなければ。
わくわくとした気持ちと、ちゃんと話をできるのかという不安が入り混じった心。
セラフィナはそのどちらをも、杖ができて嬉しいという気持ちで吹き飛ばして、眠りについた。




