プロローグ
魔王を倒したとき、あたしたちは⸺世界を救ったんだと思っていた。
あれだけの犠牲を払って、命を削って、それでもちゃんと世界平和に辿り着いたのだから。
王都に戻ると、祝福の声と笑顔が溢れていた。
人々は踊り、歌い、未来を祝福していた。
でも、あたしの胸にはぽっかりと空いた穴があって。
それが何なのか、まだわからなかった。
ただ、世界が完全じゃないって、どこかで感じていたんだ。
◇ ◇ ◇
⸺魔王討伐から5年が経った。
あたし、魔法使いセラフィナはちょっとだけ退屈していた。
目の前には、部屋の隅々までぎっしりと並ぶ宝石たち。
どれもこれも、かつて王様から褒美として貰ったものだ。
「何でもくれるって言うから宝石を貰ったけど、宝石じゃ退屈はどうしようもないのよねぇ」
セラフィナは椅子からひょいっと降りると、ぱたぱたと玄関へ歩いていく。
姿見で服装の乱れをチェックして、「よし!」と気合を入れた。
今日は、何かが起こる気がしていた。
外は相変わらず、のんびりとした空気が流れていた。
5年前に勇者一行が魔王を倒してからというもの、戦争も災害もぱったりと止んだ。
王都は穏やかで、平和で、退屈そのもの。
セラフィナはお気に入りのカフェのテラス席に腰掛けると、甘ったるいミルクティーを啜りながら周囲に耳を傾けた。
「また西の村で黒い霧が出たんだって」
「魔王の残党がまだいるって話、本当なのかなぁ……」
「呪われた土地が広がっているって、神殿の人が言っていたわよ」
……あら?
セラフィナの耳がピクリと動く。
いつもの平和な井戸端会議に混じって、妙に物騒な単語がいつくか聞こえてきた。
黒い霧、残党、呪い。
「ふぅん……へえぇ、なるほどぉ?」
ミルクティーをゆっくりと飲み干し、ゆっくりと立ち上がる。
心の奥に、ぱちりと花火が弾けるような感覚が走る。
⸺これよ、これ。
血が騒ぐってやつじゃない?
忘れかけていた冒険者の勘が、胸のどこかでくすぐったく疼いている。
「ねぇ、それってあたしの出番じゃないの?」
スカートの裾を翻し、セラフィナは軽やかに通りへと駆け出した。
空は今日も平和で退屈そうだけど⸺この胸の高鳴りは、確かに、何かの始まりを告げていた。