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ハロウィンの出会い

作者: ウィロ

一か月遅れのハロウィンです。(遅すぎ)

 ハロウィン。

 仮装やコスプレをしたり、カボチャの飾りつけをしたり、子どもたちがトリックオアトリートと言ってお菓子を貰ったりするイベント。

 世間一般でのハロウィンのイメージはこんなものだろう。


「はあ……もうすぐハロウィンかぁ……」


 だが、俺にとっては少し違う。

 ハロウィン当日である10月31日は一年間で最も嫌いな日といっても過言ではない。

 なぜなら、10月31日はやたらと不幸な出来事に遭遇することが多いのだ。

 忘れ物や落とし物といった自分由来のものから、思わぬケガやスリ、電車の遅延や急なゲリラ豪雨など、自分ではどうしようもないことにもよく遭遇していた。

 もともと賭け事などには弱く、運が悪い方の人間であるとは自覚しているが、ハロウィンの日は特に呪われているとしか思えないほど良くないことが起こる。


「大丈夫じゃ。今年は私がいるからな!」

「ヒルのことも憂鬱になる原因の一つなんだけど?」

「なんじゃと!?」


 今会話に入ってきた少女の名前はヒル。吸血鬼らしい。名前は俺が適当に付けた。


「ヨル、私の言うことをまだ信じておらんのか」

「お前の能力のことを信じるかはともかく、少なくとも去年の俺にとどめを刺したのは間違いなくヒルだからな?」

「そ、それはすまんかったと言っておろう!」


 俺とヒルが初めて会ったのは去年のハロウィンの日だ。

 思えばこいつとの付き合いもかれこれ一年近くになるのか。長かったような短かったような。

 そんなことを考えながら俺は去年のハロウィンの日、つまりはヒルとの出会いの日について思い出す。



「ハッピーハロウィン!」


 俺はその日、友人達と共にハロウィンパーティーを楽しんでいた。

 正直、その日は俺にとっては厄日だったのであまり気が乗らなかったのだが、友人達の誘いに折れた形だ。


「お前、それ似合いすぎだろ」

「肌の白さが良い感じに合ってるよね」

「俺もここまで本格的な物とは思ってなかったよ」


 コスプレが趣味の友人がいたのでその一つを借りてきたのだが、元々の肌の白さとコスチュームの本格さが相まって予想以上の出来映えとなっていた。

 ちなみに、その友人はこの会場には来ていない。

 コスプレグッズだけ渡されて放り出された形だ。報酬は他の人のコスプレ写真。いや、自分で撮れよ。


「でも、お前のゾンビも結構本格的じゃない?写真撮らせてよ」

「ねえ、私の魔女かわいいでしょ」

「あいつの仮装、マジで笑える――」


 などなど、皆がお互いの仮装について思い思いの言葉を述べる。

 最初は皆がどんな仮装をしてくるのかという不安もあったのだが、途中でそんな不安も消えていった。

 逆に、普段とは違う格好をしていることで皆の姿にも新鮮味があり、それを楽しむ余裕すらあった。



 そんな感じで思っていた以上にパーティーは楽しめていたのだが、場の盛り上がりが最高潮に達した辺りでそれは訪れた。


 ――ズキン!


 ああ……まただ。

 いつもの頭痛がやって来る。


 ……いや、いつもよりは全然ましだ。

 まだ大丈夫……なはず。


 その油断が良くなかったのだろう。

 帰る頃には頭痛がひどくなっており、表情に出さないのが精一杯という状態になっていた。


 それでも、何とか足を進め一人帰路を歩いた。

 そして、やっぱり厄日に外を出歩くんじゃなかった、いつもみたいに家に引きこもっていれば良かった、なんて後悔が渦巻いていた時、異常を感じた。


 急にナメクジのような生温かいぬめっとした感覚が首筋を襲い、思わず後ろを振り向いた。

 しかし、当然のごとく後ろには誰もおらず、首にも何も付いていなかった。


 ついに幻覚まで感じ始めたかと自嘲していると、さらなる異常が俺を襲った。


 さっきからあったぬめっとした感覚の部分に、一瞬だけ注射をする時のようなチクっとした痛みが走る。

 それだけでは終わらない。

 吸い取られるように俺の中の何かが抜けていく。


 そこからは、これまで感じたことのない不思議な感覚だった。

 魂を削られる感覚と、雲が晴れるような爽やかな感覚を同時に感じる。

 身体中に付けていた重りを外していくような感覚と、新たに何かが入ってくる感覚を同時に感じる。

 それぞれ矛盾した感覚だったけれど、少なくとも不快感はなかった。

 もっとこの時間が続いてくれと思った。


 だが、それに今の弱った身体が耐えられなかったのだろう。

 俺の意識はここで途切れた。



 次に目覚めたとき、そこは近くの公園のベンチの上だった。

 これまでの体験は全て噓だったと言われているような感覚。

 どうやら俺はベンチの上で寝落ちしてしまっていたようだ。


「はっくしゅん!」


 しかも、寝冷えしてしまったらしい。

 さすがに10月……いや、もう11月か。

 空はまだ暗いままだが、恐らく12時は回っているだろう。

 スマホを確認すると、やはり表示は11月1日午前3時32分となっていた。

 温暖化が騒がれる昨今とはいえ、防寒もしっかりしていない格好で11月の夜に公園のベンチで寝ていたら、そりゃ風邪くらい引く。


 しかし、だるさは少し残るものの体の調子自体はむしろ良いように感じられた。

 環境はよくないとはいえ、眠ることができたからだろうか。

 特に、ひどくなっていた頭痛は全くといっていいほど無くなっている。


「まあ、いいか。さっさと帰ろう」


 幸いなことに家まではもう徒歩で帰れる距離だったので、考えるのは後にしようとすると声をかけられた。


「おお、起きたか。朝までに起きなかったらどうしようかと思ったぞ」


 声をかけてきたのは、深夜の公園にはいるとは思えない少女だった。

 背丈だけで見れば普通の小学生にすぎない。

 しかし、その雰囲気が目の前の少女がただの小学生であるという考えを打ち消していた。


「うむうむ、良い感じじゃな。きれいさっぱりいなくなっておる。これで大丈夫じゃな」


 少女は近づいてくるなり、こちらを見つめながらこんなことを言ってきた。

 そして、続いてこんな命令をしてくる。


「よし、付いて来い我が眷属よ」

「は?」


 そんな命令に従い身体は勝手に少女に付いて行こうとする……ことはなかった。


「……」

「……」


「おい、早く来い!」

「……」


「え、何で来ないの……?そもそもお主ももうすぐ日光が出る時間じゃし、帰らんといかんじゃろ……?」

「いや、帰るよ、自分の家にな!」

「自分の家があるのか!?」


 あれ、俺馬鹿にされてる……?

 いや、小学生から見ると公園のベンチで寝るような奴は全員ホームレスだと思うもの……なのか?


 この頃になると最初に感じていた少女の異様な雰囲気も消え、幾分かの冷静さを取り戻していた。

 そして一つの可能性に思い至る。


「お前もしかして……家出してきたのか?」

「ち、違う!ちゃんと許可を得てここに来たのじゃ!」

「ふーん」


 明らかに動揺した様子を見て、それは嘘だと確信する。

 まあ、この年齢でこんな深夜に外出の許可をする親がいるとは思えないというのもあるが。


「それより、お主の家を見せてみよ。本当に家があるのかどうか確かめてやる!」

「えぇー……」


 あまり気乗りはしないが、こんな時間に家出を決行するような少女が素直に自分の家に帰るとは思えない。

 だからといって深夜の公園にこのまま少女を放置するのも寝覚めが悪いしなあ……。


「よし、じゃあ代わりに俺の家を見せたら自分の家に帰るって約束できるか?」

「分かったのじゃ!」


 思ったよりスムーズに話が進んだな。そんなに俺の家が気になるのだろうか。そんなに珍しいものでもないんだが。



 公園から10分ほど歩き、自分の家のアパートの前までたどり着く。


「ほら、ここが俺の家だ。見たならちゃんと自分の家に帰れよ」

「……本当か?微塵もそんな雰囲気は感じないのじゃが。中もちゃんと見せてみよ」


 大学生の一人暮らしなので、小学生の少女に見られて困るようなものはないのだが……そこまでする必要があるか?


「中を見せてくれるまで私は信じないぞ。お主は私に嘘をついたということになっても良いのか?」

「……分かったよ。ちょっとだけだぞ」


 どうしてそんなに疑われなきゃいけないんだよ、何て思いながらポケットから鍵を取り出し家の中に入る。


「どうした、中に入らな――」


 玄関の電気を点け、靴を脱ぎながら振り返ると、突然ものすごいスピードで少女が押し倒してきた。


「ぐえっ!?」


 ドスンという音と共に床に叩きつけられ意味も分からないまま抵抗を試みるが、意外と力が強い。


「お主、人間じゃったのか!」


 おぬしにんげんじゃったのか?

 ……何いってんだこいつ?


「人間がなぜあのような雰囲気をだしておったのじゃ……?そもそも人間の血は不味いはず……」


 少女がなにやらぶつぶつと呟いているが、上手く聞き取れない。

 抵抗する気力もなくなってしまったのでなされるがままにしていると、少女は意を決したように叫ぶ。


「よし、確かめてやる」


 そう言って少女が口を開くと、その中に小さく尖った人間にはない牙が2本見える。


「ちょっと待っ」


 カプッ。

 2本の牙が俺の首筋に嚙みつくと、そこから血が出ていくのが分かる。


 ああ、俺死んだわ……。


 そうして俺は再び意識を失った。



「うん、やっぱ厄日だわ。何で俺は2回も意識を飛ばされなきゃいけないの」

「それはヨルが軟弱すぎるのが悪いのじゃ。そのせいで一月に一度程度しかこっちに来ることができんではないか」

「すごい責任転嫁」


 ちなみに意識を失った原因は貧血だった。

 ヒルは俺のことをハロウィンの日に迷い込んだ下級吸血鬼だと思っていたらしい。

 ヒルも本来はハロウィンの日くらいしかこっちの世界に影響を及ぼすことはできないらしいのだが、なぜか俺の血があれば顕現可能とのこと。

 その辺のことは聞いてもあまり詳しく教えてくれないため、俺もよく知らない。


 ただ一つ言えることは――


「あぁ、もうすぐヨルの血を吸える……!」

「ほんとに加減しろよ。倒れたら元も子もないんだからな」

「分かっておる。いくらヨルの血が極上でもそこまではせん」


 この通り、ヒルは俺の血が大好物なのである。

 というか、ヒル以外の吸血鬼にとっても俺の血はご馳走になるらしい。中毒になってしまうほどの。

 いや、それがまだ吸血鬼にとってだけならば良かった。

 吸血鬼は基本的に人間の血を不味いと思っているし、いくら美味しくても理性が飛ぶことはない。


 問題は悪霊と呼ばれる奴らのことだ。

 悪霊は自意識をほとんど持たず、いるだけで生物に不幸を与える存在のことを言うらしい。

 俺はそんな奴らによく集られる体質らしく、ヒル曰く俺の不幸の8割はそいつらが原因とのこと。


 「なら、お前も悪霊の一種だな」って言ったら「あんな奴らと一緒にするな!」と怒られた。

 怒った顔も可愛いなんて思ったことは内緒だ。


 それはともかくとして、その悪霊に集られる体質を改善させてくれたのがヒルだ。

 ヒルは俺の血を吸い、眷属化させることで自らの存在感を以て悪霊を遠ざけてくれたのだ。

 おかげでこの一年は今までが異常だとはっきりと認識できるくらい、平穏に過ごすことができた。


 だから、今でも吸血される時は気持ち悪さがあるけど、それ自体は許しているし、ヒルには結構感謝もしている。

 言ってはやらないけど。


「でも、お前の家に行くのは普通に楽しみだよ」

「ヨルの家とは比べ物にならんということを見せてやる」

「まあ、あんまり期待はしないでおくよ」

「何でじゃ!」


 だって、吸血鬼の中で家を持ってるのってヒルくらいなんだろ?

 それって住む場所があればマシってレベルのものが出てくるんじゃないかなぁと思ったり。


 そもそも、なぜ俺がヒルの家に行くという話になっているのかというと、明日がハロウィンの日だからだ。

 ハロウィンの日はあの世とこの世の境界が曖昧になる。

 だからこそ、ヒルはあの日俺の血がなくともこの世に来ることができたし、悪霊共も影響力を増し、俺の不幸度も上がっていたというわけだ。


 しかし、逆に言えばそれは、この世からあの世へも行きやすい日ということになる。

 本来、この世からあの世へ行くことは本能が拒否するため無理なのだが、今の俺はヒルの眷属であり、半吸血鬼の状態である。

 加えて、去年も借りていたコスプレを身に着ければ見た目もばっちりだ。

 友人には本物の吸血鬼の写真でも送ってやれば十分だろう。


 正直、あの世へ行くことへの不安がないわけじゃない。

 だけど、見てみたいと思ったから。共感したかったから。

 ヒルがいつも見ているものを。感じているものを。

 そのためならば、些細な不安など消し飛んでしまう。


「なあヒル。明日は良い日にしような」

「当たり前じゃ。お主が想像もできないくらい驚く日にしてやる」

「そこは幸せな日っていうところだろ」

「私がお主の幸せを願うことはあり得ん。ヨルはただの贄じゃ」


 ツンデレ乙。

 知ってるよ、お前が優しい吸血鬼だってこと。

 あの日、お前が最初に吸血したのは俺の血が美味しそうだったからじゃない。

 単純に悪霊に憑かれまくってた俺を助けるためにしてくれたんだよな。

 吸血鬼生で一度しか使えない眷属化の能力を使って。

 直接そう言われたわけじゃないけど、ヒルと話をする中で何となく分かった。


 だからこそ――このハロウィンという日を人生で初めて前向きに迎えられるんだ。


「もうすぐ日付が変わるな」

「最高に恐ろしくて楽しい一日の始まりじゃ!」



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