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「長いな……」


薄暗い中、軽井沢のぼやきが狭い通路を反響しながら響いてくる。


俺はスマホを取り出し、時間を確認した。


「隠し通路に入ってから10分くらい経ってますね」


「なんだ、その程度か?」


「緊張してるから長く感じるのですわ」


エリーティアは細剣レイピアの柄を握りしめたまま歩いている。


その細い背中は少しピリピリしすぎの気もしたが、俺は別のことを口にする。


「隠し通路に入ってからまだ500メートルくらいですね」


「あら、ジドー。どうして距離がわかりますの?」


エリーティアがこちらを振り向いた。


「歩く速度は時速4キロくらいらしいので、それを元に計算しました。警戒しながら歩いてるので、少し遅めの時速3キロと仮定して、10分間です。だったら単純計算で500メートルってことになりますから」


感心したようにエリーティアが目を見開く。


背後の2人も「なるほど」とつぶやいてる。


「凄いですわね……。いえ、計算自体は単純なものですけど、そこまで冷静だなんて……。そういえば入る時に時刻くらい確認しておくべきでしたわね。隠し通路の発見に興奮してしまって、うっかりしてましたわ」


苦笑いを浮かべたエリーティアは称賛の視線を送ってる。


背後から「やるじゃん」と軽井沢に声をかけられた。


こんなふうに周囲から褒められることに慣れていない俺は、照れてうつむきがちになる。


学生時代、妹の入院代などを稼ぐためにバイトにいそしんでいた。


そのため学校の成績は振るわず、部活にも入れない。


それでも赤点だけは回避しようと勉強も頑張った。


その結果、バイトも勉学も何もかも中途半端な学園生活だったのだ。


(灰色の思い出しかないな……)


だからこそ仲間ができ、おしゃべりしたり、力を合わせたりすることが嬉しかった。


俺が顔を上げた時、ちょうどエリーティアの声が聞こえた。


「――どうやら着いたようですわね」


「これは……」


俺はまじまじと白い扉を見つめる。


岩肌のダンジョンに似つかわしくないお城にあるような両開きの扉だ。


白い石でできた扉には、細かな彫刻が施されて美しい。


「こりゃお宝に期待できるんじゃないか?」


「でっかい宝箱とかありそうだよなー」


反田と軽井沢が軽口を叩く中、俺は扉のレリーフが気になった。


浮き彫りで描かれているのは――


「城を見上げる20人の冒険者か……」


剣や盾などを持っているし、おそらく間違いない。


考え込むようにしていたエリーティアが口を開いた。


「ここ、わずかに発光しておりません?」


言われて気づく。


白い扉に白い光だったのでわかりづらかったが、確かにかすかな光を放っている。


「彫られた冒険者が8つ……いえ、9つ光ってますね」


俺がしゃべってる間に、淡く光る冒険者の数が1つ増えた。


「どういう意味かしら?」


「なんらかの謎掛け、とか……」


謎めいた彫刻に興味を引かれた俺とエリーティアと違い、軽井沢は扉に手をかけた。


「――っ!? あれ、動かねえぞ……」


反田も手伝って二人で押しているが、一向に開く気配はない。


そうこうしている内に、さらに彫られた冒険者が3つ輝く。


「この描かれてるのが『ゴブリン王の根城』なんでしょうか?」


俺の言葉にエリーティアが頷く。


「なるほど。あり得そうですわね」


(問題は、この光ってるほうか……)


普通に考えれば、このダンジョンを攻略する冒険者を表しているのだろう。


(けど、それだと人数が全然合わない)


この場には4人。


彫られている冒険者の数は20人。


(淡く光ってるのは……今4人分増えて16人か……あっ、この人数の増え方、ひょっとして……)


「パーティー」


俺のつぶやきに、


「えっ?」


エリーティアが彫刻を撫でる手を止めて振り向く。


「これって、集まった人数を表してるんじゃないですか?」


「ですがここには4人ですわ」


「ええ。ここには、です」


「……? つまりどういうことですの?」


「光る人数の増え方からの想像ですが、ここ以外にも人数が揃うまで待機させる場所のようなものがあるんじゃないでしょうか」


「なるほど、9人から12人、そして16人。パーティーが1つずつ集まってきてる、と考えれば辻褄が合いますわね」


「普通の洞窟なら内部で繋がってるってこともあるでしょうけど、ダンジョンでもそんなことってあるんですか?」


「あり得ますわ」


彼女はマップを開いて見せる。


「これはあくまでFランクの魔術師によって作成されたものです。仮に他のダンジョンと内部で繋がっているような隠し要素があったとしても、記載されていなくてもおかしくありませんわ」


「つまり間違った情報があると?」


「いいえ。例えばFランクの鑑定能力で、Dランクの希少鉱物を鑑定してもろくな情報は出てきません。こういう名前だとか高価なものであるとかその程度ですわ。加工方法や用途などはわかりません」


「間違った情報はないけれど、わからない、ってことはあるってことですね?」


「理解が早いですわね。そしてそれを前提にこのマップを見てみますと――」



――――――――――――――――――――――――――――


名称:【ゴブリン王の根城】

ランク:F

主な出現モンスター:ゴブリン


――――――――――――――――――――――――――――



「この部分を見てくださいな」


俺が覗き込むと、エリーティアが一番上の名称の項目を指差す。


エリーティアの前髪が俺の額にかすかに触れる。


羊皮紙の上に顔を寄せ合っていると、ダンジョンに似つかわしくない良い匂いがしてきて、どぎまぎしそうになる。


(今は真剣に考えないと……!)


「そういえばジドーは入る前から【ゴブリン王の根城】という名称を不審に思ってましたわよね? 今思えばいい着想でしたわ」


「そうでしょうか」


「ええ。数多くの冒険者がここを訪れたものの、誰も深く考えようとしませんでしたわ。わたくし自身、何度も来ているのに『手頃なダンジョン』程度にしか思ってませんでしたから」


「ちょ、ちょっと待ってください! ひょっとして、ランクDのモンスター……ゴブリン王がいるってことですか!?」


2つもランクが上となると勝てるイメージがまったく湧かなかった。


だが、エリーティアの顔に焦りや不安はない。


「先程、間違いはない、と言いましたでしょう? Fランクのダンジョンなのは間違いありませんわ。おそらくゴブリン王がいたとしても、他は全部、ただのゴブリンだけ。でないと、とてもF級ダンジョンとは呼べませんから」


「つまりこのダンジョンが『ランク:F』であることや『主な出現モンスター:ゴブリン』であることについては間違いないと?」


「ええ」


それに、とエリーティアは続ける。


「ジドーの予想通り20人の冒険者が集まって挑むというスタイルならば、仮にわたくしたち以外が全員レベル1だったとしても、ゴブリン王に勝てますわ。ゴブリン王はDランク最弱。そして数は力ですわ」


俺たちが会話している間も、軽井沢と反田は扉を押したり、鍵穴を探したりしている。だが今のところなんの効果もない。


「最後の冒険者たちが光りましたわ」


エリーティアの言葉通り4つの冒険者のレリーフが淡く輝き出す。


予想通り両開きの扉が内側に開いた。


ちょうど軽井沢と反田が扉に体当たりしようとしたタイミングだったので、


「「うわっ!」」


2人は開いた扉の向こうに倒れ込んだ。


「痛てて……」


「ったく自動ドアかよ」


文句を言っていた2人が絶句する。


俺とエリーティアも扉の先の通路を見て、息を呑む。


そこに広がっていたのは、ダンジョンに似つかわしくない王城のような通路だったのだ。

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