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エリーティアが冒険者のランクEであることを書き忘れていたので、前回の話に書き足しました。
ダンジョンの壁の近くにあった岩に腰掛ける俺の前に、エリーティアがしゃがみ込んでいる。
軽装鎧とも呼べないような薄い金属片が張りつけられたワンピース。その胸元は動きやすいようにか、ゆったりとしており、何がとはいえないが見えそうだった。
「……ッ」
俺は思わず顔をそむけた。
手当てしてくれている女性の胸元に視線を向けるなどよくない。
「痛いですか?」
俺の太腿の傷口に消毒液をかけてくれていたエリーティアが不安そうに聞いてきた。
急な動きをしたせいで勘違いさせてしまったらしい。
「いや……大丈夫です」
動揺しつつも、俺はなんとか答えた。
入院中の幼い妹の面倒を一人で見ているため、俺は恋人がいたことはない。
(何か気をそらさないと……)
でないとまた胸に視線が吸い寄せられそうだ。
冒険者ランクはEだけど、Gくらいあるんじゃないか、などとバカなことを考えそうになる。
慌てて自分の冒険者カードをポケットから取り出す。
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HP 11/12
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目がそこでとまる。
(減ってる――)
ひやりとした感触に心臓を鷲掴みにされた気分になる。
今頃になって恐怖が湧いてくる。
ゲームならたった1ダメージ、気にもしない。
全体のわずか8パーセント、92パーセントも残っているのだ。
だが、これはまぎれもない現実なのだ。
(俺は今、8パーセント、死に傾いてるのか。……あと同じような攻撃を11回受けたら死ぬのか……)
昨日【オートバトルモード】中には感じなかった恐怖。
(ここじゃ死ぬ危険性もある――)
「終わりましたわ」
ぽんと無事な方の足を軽く叩かれ、ハッとして俺は顔を上げた。
「あ、ありがとうございます」
見ると包帯まで巻いてくれている。やや大袈裟だが、手慣れた応急処置だった。
「不安かしら?」
「――えっ」
「先ほど冒険者カードを見つめて固まっておりましたでしょう?」
「それは……」
一瞬言い淀んだ。だが、周囲を警戒しつつも、軽井沢と反田もこちらを見ていることに気づき、先を続けることにした。
「……そうですね。初めてのダンジョンなので……不安、です」
「立派ですわ」
褒められるとは思っていなかったので呆けてしまう。
「立派、ですか……?」
「不安を感じるのを認めるのが第一歩。冒険者の基本中の基本ですわ。こればかりは教習でいくら言われても実感は持てないでしょう」
「そう……ですね」
「不安を感じるから、わたくしはこうして高価な武器を持ち、応急処置の技術を身につけ、日頃の鍛錬も欠かさないのです」
ちょっとだけ彼女を見直した。
正直あまりいい印象を持っていなかった。軽井沢や反田に対してもそうだ。
――俺は妹と生きていくためにダンジョンに潜る。
だが、他の3人は遊び半分や小遣い稼ぎにダンジョンに来ていると感じていたのだ。
思えば、軽井沢と反田もロングソードにブレストアーマーとしっかりとした装備をしている。
それなりにお金もかかっただろう。
だが手を抜いていない。
(ここを出たら、何かいい武器を中古でもいいから買いたいな)
「軽井沢さん、反田さん。俺の治療中に見張りしてくれて、ありがとうございます」
「おう! 今は仲間だからな!」
「パーティーメンバーを助けるのも冒険の基本だぜ。覚えとけよ」
軽井沢と反田は慣れた様子で返事してくれた。
俺はエリーティアを見た。
「正直、どうしてレベル4のエリーティアさんやレベル3の軽井沢さんや反田さんがこの程度のダンジョンに来ているのか不思議でした」
「今は得心が行きまして?」
「はい。……命がけである以上、十分に安全を確保することが大事、だからですよね?」
「そういうことですわ。適正レベルあったとしても、絶対安全というわけではありませんから」
「そうですね」
「もし冒険者の心得についてもっと聞きたいのであれば……このあと夕食をご一緒しませんこと? 初冒険の祝いにディナーをご馳走してあげますわ!」
思わず「そんな、悪いんじゃ……」と言いかけたが、エリーティアの笑顔に気づき、頷く。
「じゃあ、ぜひ、よろしくお願いしま――」
言い終わる前に、軽井沢と反田の声が聞こえてきた。
「おいおい、なんだ、コレ!?」
「隠し通路?」
見ると、行き止まりが突如、通路に変貌していた。突如としか言いようがない。
「――どうやら何か隠し条件を達成したようですわね」
「隠し条件?」
俺が問いかけると、エリーティアは頷く。
「F級ダンジョンでは初めてみましたけど、E級ダンジョンではたまに見かけますわ。隠し部屋でもあったのでしょう」
E級ダンジョンに挑めるのはEランク以上だ。この場ではエリーティアしかいない。
「どのような条件があったのか知りませんけれど……」
「おそらく条件の一つはこの行き止まりで一定時間とどまることだと思いますよ」
「なるほど……言われてみればそうですわ。わたくしもそんなことしたことありませんし、他の人たちもそうでしょう」
「すみません、俺が怪我したばっかりに……」
「いいえ。あなたが怪我してくれたからこそこうして見つかったのですわ! 隠し部屋はその名の通り普段は隠されている。そのため財宝などが見つかることが多いのです。隠し部屋の情報をギルドに知らせるだけでも報奨金がもらえるほどですわ」
「そ、そうなんですか!?」
思わぬ臨時収入の話に、妹の顔が浮かぶ。
(もし大金が手に入ったら――)
もっと良い治療を受けさせてあげられるかもしれない。
「……とはいえ、隠し部屋の出現条件を含め、今のところすべて不明ですわ。となれば二束三文でしょうけど」
そのエリーティアの言葉に、軽井沢が反応した。
「なら、せめてちょっとだけ入って、中の様子をうかがうのはどうだ? 財宝があるかもしれないんだろ? それに多少なりともマッピングすりゃあ金になるだろ?」
「そうですわね」
3人は完全に乗り気になっている。
わずかな報奨金などに興味がないエリーティアですら、新発見による興奮を隠せない様子だ。
エリーティアが俺を見た。
「どういたしますか? 怪我したジドーが引き返すというのであれば、わたくしも一緒に戻りますわ。最もレベルが低い怪我人の貴方を一人だけで帰らせるわけにはいきませんから」
3人の視線が俺に集まる。
「俺は――」
脳裏にいくつかの光景がよぎる。
先ほど確認したHPの減った冒険者カード。
病院送りにされたとき見上げた白い病室の天井。
そして――
半透明に透けた体でこちらを見つめる妹の姿。
「行きます!」
気づけば拳を握り締め、俺は立ち上がって宣言していた。
◇
突如現れた隠しダンジョンの通路を、不安そうに軽井沢がスマホのライトで照らしている。
隠し通路もこれまで同様、ぼんやりと内部を見通せる。
それでも明かりを欲したのは言い知れぬ不安感からだろう。
残念ながら懐中電灯の代わりになるくらい明るい光だが、それは何も照らしださない。
「ただ通路がまっすぐ続いてるだけみたいだな」
「入ってすぐに隠し部屋、ってんなら楽だったんだが……」
すぐ背後から聞こえてくる軽井沢と反田のおしゃべりを聞きながら、俺は足の調子を確かめてみる。
こうして歩いていてもさほど痛みはない。
(……大丈夫そうだな)
しばらく歩くと、後ろから軽井沢のぼやきが聞こえてきた。
「長いな……」
「まあ、長いっつってもモンスターもいねえし、楽勝だな!」
背後から反田の声も聞こえる。
「ラッキーだよな。このまま隠し部屋のお宝まで一直線だぜ」
俺は前を歩く最も経験豊富なリーダーに尋ねた。
「エリーティアさん、こんなにモンスターが出ないことってあるんですか?」
「めずらしいですわ」
エリーティアの返事にはかすかな戸惑いがにじんでいる。
「可能性としては、どこかに集まってる危険性が考えられますわね」
「集まる……」
不穏な言葉にぞくりとする。ひしめき合うゴブリンたちを想像してしまったのだ。