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エリーティアだけでなく、軽井沢と反田も驚きの声を漏らしていた。
ただその方向性がやや違ったが。
「時堂千斗って、まさかあの!?」
「『チュートリアルで病院送りになった男』か!」
日本語の早口のためか、エリーティアは上手く聞き取れなかったらしい。
「チュー……なんですの?」
「あ、いや……」
軽井沢はバツが悪そうな顔をした。
中堅以上の冒険者には二つ名がついている。
初心者どころか、冒険者志望でしかなかった俺にあだ名がつけられたのは悪意以外のなにものでもない。
今更ながらそんなことに思い当たったらしい。
「なんていうか……その……」
軽井沢が視線を向ければ、
「あーうん……噂を小耳に挟んだ程度っていうか……」
反田も言葉を濁す。
「ジドーは有名な方なんですの?」
エリーティアの純粋な視線に耐えきれなかったかのように2人は視線を落とした。
根は悪い人たちではないらしい。
俺は助け船を出すことにした。
「別に有名ってことはないですよ。それより」
俺はわざとらしくちょっとだけ厳しい顔を作ってみせる。
「他人のステータスを覗き見るのはマナー違反なんじゃないですか?」
「ご、ごめんなさい! つい目に入ってしまって……。ま、まあ、パーティーのリーダーとしてメンバーの実力を知るのは必要でしたし! それに私のステータスも見せて差し上げますわ!」
エリーティアが冒険者カードを差し出す。
俺たち3人はカードを見せてもらい、
「高っ!」
俺は思わず口走っていた。
冒険者になれたのが嬉しくて、夜中に冒険者カードのステータスを丸暗記するくらい見ていた。
だからこそエリーティアのステータスの数値がどれも俺よりも高いことに一目で気づいた。
(魔法剣士っていう職業だからか? それともこれが才能ってやつなのか)
筋力でも若干負けているが、それ以外のステータス、特に魔法関連の開きは圧倒的だ。比べるのも馬鹿らしい。
「凄いですね、エリーティアさん」
「ああ。俺も反田もそれなりにパーティーを組んできたが、ここまでステータスの高い人は初めてだ」
「天は二物を与えず、っていうけど、金・美貌・才能と三物与えてるよな」
手放しで3人に褒められ、エリーティアは少し照れたようだ。
「それほどでもありませんわ。ステータスはレベル4の中でも高めですが、やっとランクEに上がったばかりですし。魔法もスキルも自己強化の類で、他人を強化できるわけでも、遠距離攻撃ができるわけでもありませんから」
「いえ、それでも十分凄いですよ……」
その上、お金と美貌も持ち合わせ、性格だっていい。
(これで変わった口調じゃなかったら、緊張してお近づきになりにくかったかもしれないな)
軽井沢と反田ですら目を丸くして、何も言えなくなっている。
「それに魔力の宿った武器を持つと能力値が底上げされるのも大きいですわ」
「さすがミスリル……」
俺のつぶやきに、ミスリル製と気づいていなかった軽井沢と反田が声を上げる。
「えっ!? それミスリルなのか!?」
「中堅、いや上級の冒険者でも持ってない奴がいるらしいのに……」
エリーティアは誇らしげに細剣の刃を見せてくれた。
魔力の靄が一層濃くなる。
無邪気に自慢するところは欧米人っぽい気がした。
その後、軽井沢と反田のステータスも見せてもらったが、俺とエリーティアの中間くらいだった。
決して弱くはない。
というよりも――
「このメンバーじゃ楽すぎて、ジムのエクササイズの代わりにはならないかもしれませんわね」
「俺らとしては彼女のプレゼント代が稼げるなら全然オッケーだけどね! なあ、反田?」
「おう。そうだな」
まだダンジョンに一歩も踏み入れていないのに、すでに楽勝ムードだった。
笑い合う3人を見ながら、俺は『ゴブリン王』という名を目にした時と同じ不安感を覚える。
(こんな緩んだ空気で大丈夫なのか……?)
普通に考えれば、俺よりも遥かに経験豊富で強い3人がこんな調子なのだ。
(1人はスポーツジム代わり、2人は割のいい小遣い稼ぎか)
俺だって妹の奇病を治療する方法を探すという目的はあるものの、お金を稼ぐことも目的だ。
人のことは言えない。
(油断すべきじゃない、と言うべきだろうか……)
だが初めてダンジョン攻略に赴く新人、それも『チュートリアルで病院送りになった男』に「油断するな」などと言われては業腹だろう。
俺は気づけば、チュートリアルダンジョン攻略の際から愛用していた安価な片手剣の柄に手をかけていた。
自分だけでも気を引き締める。
(彼らは何度もここに来てるみたいだけど、俺にとっては初めてのダンジョン攻略だ。気合い入れていくぞ……!)
絶対に油断すまい、と心に近い、虹の膜の向こうに消える3人に続いたのだった。
◇
エリーティアが天井すれすれで舞うように納剣した瞬間、ばらばらとゴブリン3匹の死体が降ってくる。
(スキルってなんでもありなんだな……)
エリーティアは風系統の魔法によって敵を浮き上がらせるように斬りつけ、それから一方的に攻撃してのけたのだ。3匹まとめて。
ゴブリン3匹はなすすべもなく、あっという間にバラバラに刻まれた。
刺突によって穴が空いたとかではなく、バラバラだ。
細剣の形状から考えてあり得ない。
敵に一切何もせずにまとめて屠った彼女は、地上に優雅に降り立った。
「ふぅ……」
長い髪を払っている。
「あら、すみません。つい周囲に死骸を撒き散らすような戦い方をしてしまって……。癖だったもので……」
「いえ。問題ないですよ」
ダンジョンのモンスターの死体はしばらくすれば爆散し、ダンジョンの壁や天井などに吸い込まれるように消えてしまう。
仮にゴブリンの緑色の血液や肉片が付着したとしても、綺麗になくなるのだ。
「まるで妖精が宙を待ってるみたいでした……」
思わず思ったままを口にすると、エリーティアははにかんだ。
「ふふっ、ありがとうございます。妖精は言い過ぎだと思いますけど、褒めてくれて嬉しいですわ」
口には出さなかったが、気になることがあった。
(あそこまで魔法やスキルを連発する必要あったのかな……?)
3匹という数が多すぎたのだろうか。
いや、そんなことはない。
前衛を一人で受け持ったエリーティアは、他の3人に助けを求めたことはない。
このダンジョンは2人並んで戦えるくらいの広さもある。
(やっぱストレス発散のためスキルや魔法を連発して、わざと派手に戦ってる……のかな?)
少ししっくり来ないが、それくらいしか理由が浮かばない。
軽井沢と反田は魔石や素材などのドロップ品を4等分するということで同意し、エリーティアの戦い方を気にした様子もない。
一応、周囲を警戒しつつも軽口を叩き合っている。今は彼女にどんなプレゼントを買うか、で馬鹿なことを言って笑い合っている。
俺の不安をよそに、あっさりとダンジョンの最奥に辿り着いた。
最奥といってもボスモンスターもいなければ、宝箱などもない。
ただの岩壁だ。
「相変わらずあっという間でしたわね」
エリーティアの声が少し不満そうなのは、ゴブリンを倒し足りないからだろう。
「あとは引き返すだけですね」
俺はスマホで時刻を確認しながら言う。
(まだ10分しか経ってないのか……)
画面の眩しさに目を細めながら、信じられず二度見してしまった。
「~~~~っ! たった十数匹程度じゃストレス発散になりませんわァアアア!」
お嬢様のワガママなセリフに反応したわけではないだろうが、足元のゴブリンたちの死体が消えていく。
「むしろ欲求不満になりそうですわァアアアアア!」
「……ま、まあ、まだ帰りもありますし、チャンスはありますよ」
「そ、そうですわね……こほん」
エリーティアは咳払いし、先程までの自分を恥じるように頬を赤らめた。
「ごめんなさい、つい大声を上げてしまって……」
「いえ、別にいいですよ」
視線が合ったエリーティアの顔が強ばる。
「えっ!? ジドー! 貴方、怪我してますの!?」
「こんなのかすり傷ですよ」
「ですが、血が……」
「大丈夫です。唾つけとけば治りますよ。昔、工事現場の日雇いで怪我した時のほうがきついくらいです」
俺は安心させるように笑ったが、エリーティアはまったく笑わなかった。