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「悪いな、遅くなって……」


病室のドアを開けると、白い衝立が視界を塞ぐように正面に見える。


病院や保健室などで見かけるキャスター付きの布製のパーティションだ。


「もうっ!」


その向こうから幼い声が上がる。


「やっぱりお兄ちゃんじゃないっ! どうしてすぐ返事してくれなかったの?」


「不安がらせて悪かったな」


「……べ、べつに不安じゃないし!」


動揺を隠すように大きな声が上がる。


「病院の中なんだからお静かに」


ふんと鼻息も荒く反論してくる。


「この辺に入院してる人なんていないし、誰も通りかかったりしないよ」


妹の言う通りだ。


病室が突き当りにあるのは偶然ではない。


俺は部屋に入ると、さっさとドアを閉める。


「お兄ちゃん、いつもより遅かったし……また怪我でもしたんじゃないかって心配してたんだよ?」


「そっか……」


(【オートバトルモード】に夢中になっちゃってたからな)


妹は長いこと入院してるので、いちいち見舞いの時間を決めたりしていない。


それでも習慣としてだいたいの時間帯などは決まっていた。


「ほんと悪かった。今日はいろいろあってさ」


「ひょっとして、いつもより遅れちゃったから入りづらかったの?」


「え?」


「ほら、病室の前で」


「ああ……まあ、そんなとこかな」


妹の声を聞いた瞬間、不思議な気分を味わったせいなのだが、


(これ以上、妹に心労をかけたくないしな)


両親は行方不明の上、謎の奇病に侵されている。


強がっていても10歳だ。


内心では不安に違いない。


(プレゼントで元気出してくれればいいんだが……)


手元の箱を見下ろす。


妹の病室はユニットシャワーやトイレなども完備しているため、少し広い。


パーティションを迂回して最初に見えてくるのは3段重ねの収納ボックスの壁だ。


その上にはぬいぐるみがずらりと並んでいる。


冒険者ギルドが現実のモンスターをモデルに作ったものだ。


冒険者のイメージアップやダンジョン関連の事業への民衆の理解度を高める狙いもあるらしい。


そのため丁寧な作りの割に安価だった。


(これ意外と売れてるらしいんだよな……)


奇特な人もいるらしい。


(まあその奇特な感性の持ち主の一人が、うちの妹なんだが……)


二頭身のドラゴンを何気なく手に取ろうとしたがやめておく。


妹は大層このぬいぐるみたちを大切にしているのだ。


可愛くデフォルメされているモンスターは、グリフォンにケルベロス、サイクロプスにガーゴイルなど多種多様だ。


ちなみにすべて違う種類で20匹近くいるが、ゴブリンはいない。


(まるで妹を守るナイトみたいだな)


とすれば収納ボックスは城壁だろうか。


(それとも妹を捕らえた悪いモンスターたちというべきかな……)


何かを羽織るような音が聞こえる中、俺は妹のベッドに近づく。


「今日はプレゼントを買ってきたんだ……ぞ?」


ベッドに目を向けると、予想通りカーディガンを羽織ったパジャマ姿の妹が上半身を起こしていた。


しかし……


「えっ。なにそのマスクとサングラスと帽子……」


すべて男性向けのサイズなのか、小さな顔と合っていない。


まるで不審者である。


「なにって?」


「その格好のことだよ」


「べ、べつになにも……」


否定する妹の顔から、サングラスやマスクなどを取っ払う。


すると「あ」とか細く声を上げ、妹は取り返そうと手を上げた。


ぶかぶかのカーディガンの袖から覗いた手は――


「ヤダ、見ないで」


――半透明だった。


長い黒髪も、日焼けしていない肌も、すべてが透けている。


『半透明病』


世界中で妹しかかかっていない病。


身体が半透明に透けて見えるだけで、それ以外の問題はない。


他人に感染することもない。


謎だらけの奇病だった。


俺は笑顔を作る。


「今更だろ? たった二人きりの家族なのに気にすることないさ」


「う、うん……ありがと、お兄ちゃん」


恥ずかしがるようにうつむいた妹は黙り込む。


(こういうのも内弁慶っていうのかな……?)


パーティション越しなら強気にしゃべれるのだが、顔を合わすとこうなる。


できるかぎり気丈に振る舞おうとするのは、たぶん不安の裏返しだろう。


水晶のように透き通り芸術作品のように美しい姿。


(そういや看護師がパーティションを『尊い存在がおわす宮殿にある御簾のよう』なんて言ってたな……)


以前、覗き見しようとする奴がいたので、それ以来、あそこに置いてあるのだ。


妹を新しく担当することになった医師や看護師が惚けたように見つめる姿も何度か見たことがある。


「隠す必要なんてないだろ。幻想的で綺麗なんだから」


「もうっ」


頬を膨らませると、神秘的な芸術作品が生身の人間に戻ったかのようだ。


ベッドの端に腰掛けた俺は、妹のほっぺたを突っついて空気を抜いてやる。


そして箱を手渡した。


「プレゼントだ」


「わぁ、ありがとう! ねぇねぇ、お兄ちゃん! プレゼント開けていい?」


俺が頷くと、妹はいそいそと宝箱のようなデザインの紙の箱を開ける。


中から現れたのはモンスターのぬいぐるみだ。


「ゴブリン……。ひょっとして……」


ゴブリンにやられ、トラウマになっていた俺はコイツだけは買ってあげたことがなかった。


「お兄ちゃん、チュートリアルでゴブリンたちを倒せて、冒険者になれたの……?」


「ああ」


「よかったね、お兄ちゃん!」


抱きついてきた妹を受け止める。


「魔石が手に入ってさ、そのお金で買ったんだ」


ダンジョンの災害の被災者には政府からお金が出る。


とはいえ入院費などが全額出るわけじゃない。


臨時収入があったことを伝えて安心させておく。


妹の頭を撫でながら、【オートバトルモード】についても話すべきか考える。


(ただでさえ負担をかけてるのに、これ以上、妹の心配事を増やすべきじゃないな)


まだまだわからないことだらけだ。


話さないことに決めた。


「明日、初めてのダンジョン攻略に向かうつもりだ」


「絶対帰ってきてね、お兄ちゃん」


「ああ。必ず帰ってくるよ」





翌日。


F級ダンジョンの周囲に広がる原っぱを歩きながら俺は拍子抜けしていた。


つい先程、ダンジョンを囲う鉄柵に張り付くようにあった掘っ立て小屋のような受付所で入る許可をもらったところだ。


といってもただ冒険者カードを提示しただけだったが。


「『全ダンジョンは国家の管理下にあり、国家資格である冒険者資格かそれに類する資格がなければ探索はできない。ダンジョンから溢れ出したモンスターを狩るため緩衝地帯が設けられているだけでなく、さらに周囲は壁で囲われている』だっけか……」


堅苦しい冒険者ギルドの説明から想像していた物々しさはない。


分厚く高いコンクリート塀で囲われ、緩衝地帯には歩哨が立ち、受付所はぴりぴりとしているイメージだったのだ。


実際は牧歌的だった。


百メートルほど先に小山があり、そこに虹色に輝く膜のようなものが張られた洞窟の入り口がある。


聞いた話によるとあそこがこのF級ダンジョンの入り口らしい。


(やっぱF級で、しかもゴブリンしか出現しないダンジョンの管理なんてこんなもんか……)


人間の子供程度の強さしかないし、これで十分対処できるのだろう。


人類を守るための最終防衛ラインである緩衝地帯――原っぱを歩いていると、背後から声をかけられた。


「あら、あなたお一人?」


振り向くと若い女性が立っていた。


戦乙女ヴァルキリーだ……!)


思わず口走ってしまいそうなほどピッタリの外見をしている。


美しい金髪碧眼に、白銀の軽装鎧と腰の細剣レイピア


「わたくしとパーティーを組ませてあげてもいいですわよ?」


(えっ、お嬢様言葉?)


リアルで聞くのは初めてだった。

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