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【オートバトルモード】という言葉に呆然としてしまったのは、聞き慣れない単語だからではない。


むしろゲームではありふれたシステムだからだ。


キャラクターを操作しなくても自動的に戦闘を行ってくれる便利なシステム。


「ありえねぇー……」


握ったままの片手剣を見る。


ぬちゃり、と手のひらが剣の柄に血で貼りついている。

ゴブリンの血だ。


その不快な感触がここがゲームではなく、リアルだと伝えてくる。


便利とは対極にあるのが戦場だと、経験の少ない俺でもわかった。


やがてモンスターの死体は爆散するように粉々になり、ダンジョンの壁などに吸い寄せられるように消えていく。


血の感触はもうない。

だが、まだ生臭い臭いなどが残っている気がした。


21世紀の地球にダンジョンが現れ、モンスターとの殺し合いが現実のものとなった。


ラクできる方法など一切ないはずだった。


(【オートバトルモード】なんて、そんなことあり得るのか?)


考え込む俺の耳に、ひたひた、という新手のゴブリンの足音が届く。


かすかに漂ってくるすえた臭い。


チュートリアルダンジョン内はゴブリンがいなくなると、一定時間経過後、5匹のゴブリンが再出現する仕組みだという。なんでもそういうマジックアイテムが設置されているらしい。


冒険者の資格を得るための最終試験はもうクリアしている。


(このまま逃げても冒険者になれる)


「けど――」


俺には才能がない。


今回だってギリギリだった。


もし新しい力を得たのならチャレンジして自らのものにしなくちゃいけない。

でなければ遠くない未来、俺の歩みは止まる。


「ここで逃げるようじゃ、妹の奇病の治療方法を探すなんてできるわけがない……!」


剣を構える。


「俺の夢は冒険者になることじゃない! その先にこそあるんだ!」


才能がないならばせめて勇気と根性くらいは持ち合わせるべきだ。


(そもそもここは危険なダンジョンの奥底じゃない。冒険者ギルドの地下にあるチュートリアルダンジョン。大声で助けを呼べば、誰かがきっと助けてくれる)


ついに姿を見せた5匹のゴブリンたちと向き合う。


(ここで逃げ出すなんてあり得ない……!)


ぐっと片手剣を握り締め、強く念じる。


(――【オートバトルモード】スタート!)


視界の右上隅で灰色だった【AUTO】というアイコンが黄金色に輝き始める。その渦を巻くモーションが速くなる。


明らかにアクティブに変わったと伝わってくる。


(これが……【オートバトルモード】なのか……?)


話に聞く魔法やスキルのように何かが発動したという実感はない。


炎が飛んでいくわけでも、剣が光り輝くわけでもない。


ただ薄闇の奥から現れた新手のゴブリンたちを見ても膝が震えない程度だ。


もしこれが【オートバトルモード】の恩恵だというのなら、使えないにも程がある。


(あまりにも微弱なスキル過ぎて冒険者カードに反映されなかったのか……?)


戸惑う俺をよそに、俺の身体だけは悠然と戦闘態勢に移行していく。


肩幅に広げられた両足に、片手剣を構える右手。

この体勢がこの状況に最も適したものなのかはわからない。ただしっくり来る感触だけはある。


(これが……【オートバトルモード】なのか)


先程と同じ内心のつぶやき。しかしそこに込められた思いは真逆。

最初は戸惑いだった。


けど今は――


(――勝てる)


なぜだかそう直感できた。


考えてみれば、恐怖で敵もろくに見れず縮こまっていては、負けるのも当然だ。


しかし今はまっすぐ5匹を見つめることができている。


先程の戦闘のように相手を1匹見落とし、背後に回られるということもないだろう。


奴らは無造作に近づいてくる。


(こうしてみると、ただ本能のまま突き進んでくるだけだな)


その短絡的な思考が命取りになるとも知らずに――


間合いに入ったゴブリンの首めがけて剣を横に振るう。まるで糸が剣先についていていきなり引っ張られたかのような急激な動きだった。


「ギィ?」


斬られる直前にゴブリンが思わず不思議そうな鳴き声を上げたほどだ。


別に実力以上のスピードが出せたわけではない。


心理的にあり得ないような動きをしただけだ。


普通、迫ってくるモンスターたちに向かって一切の躊躇なく突っ込むなどできない。


ゴブリンの首から鮮血が飛び散る。


(浅い)


首を押さえたゴブリンに二撃目が放たれる。考えるより早く身体が自動的に動いていた。


(剣がまるで生き物みたいに――)


敵の喉めがけて跳ねたように見えた。


実際は踏み込んだ勢いのまま剣がひとりでに振り抜かれただけだ。

意識せずにやってのけたので剣先が生き物のように見えただけだった。


ゴブリン1匹を難なく倒した。


だが攻撃するために深く前に出すぎてしまっている。


(マズっ! 囲まれて――!?)


4匹に半円形に囲まれる最悪な位置取りに思えた。


しかし次の瞬間、剣は円を描くようにゴブリンたちの首を撫で斬りにした。


一撃で倒せたのはたった1匹。


だが驚いた他の3匹もほとんど動きが止まっている。


驚愕してるのは何も奴らだけではない。


(マジか!?)


ゲームならこういう無茶も試せる。しかしここは現実だ。


真っ先に立ち直った1匹が短剣を振るってくる。


――キィンッ、と。

刃のぶつかり合う軽い金属音を聞きながら、俺は感動した。


(凄い……!)


技術もなく短剣を振るうゴブリン相手とはいえ、剣で攻撃を弾けたなんて初めてかもしれない。


反撃も受けたが、どれもかすり傷だ。


不意を突かれたりしない限りは手痛い一撃をもらったりはしない。


(どうやら防御も最適な行動を選択してくれるみたいだな)


俺の身体は数歩下がる。


互いに間合いの外だ。


(正直あのまま混戦にもつれ込むかと思ったんだが……)


というか俺ならそうした。


怖い思いはできるだけまとめて一度に終わらせたい。


しかし【オートバトルモード】はそう判断しなかったらしい。


その理由をすぐに悟る。


「ゴホッ……はぁ……はぁ……はぁ……っ」


度重なる激しい運動によってせき込み、乱れた息が口から漏れる。

まるで他人の息遣いみたいに耳に障る。


(あっぶなーもしあのまま戦ってたら……)


間違いなく息切れして動けなくなっていただろう。


ゴブリンたちは警戒しているらしく攻めてこない。


息が整った途端、俺の身体は突っ込んだ。


「ギギッ!?」


慌てふためくゴブリンたちの気持ちもわかる。俺だって内心で驚愕している。


あれほどの死闘を繰り広げておいて、息が整うと同時にいきなり突っ込んでくるなど正気とは思えない。


しかしこれが正解だ。


(あのまま3対1になるより、先手を打った方がいいに決まってる)


突進するような突きで右のゴブリンを撃破。


残り2匹を正面に捉え、ヒットアンドアウェイを淡々と繰り返す。


「グギャ――……ッ!」


最後の1匹の断末魔が弱々しくなっていく。


「次のゴブリンの再出現まで身体を休めたら、まだまだいけそうだな」


息切れはしているが、それだけだ。


あの恐怖に支配されてガチガチの状態で戦った後のような重い疲労感はない。


呼吸が整った頃、薄闇の奥からゴブリンの足音が聞こえてきた。


新手の5匹の姿を見つめつつ、俺はうそぶいた。


「――さて、何匹まで狩れるかな?」

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