表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/20

1

冒険者になって初めてのダンジョン攻略は終わりを迎えつつあった。


――失敗という形で。


冒険の失敗の代償は自らの命だ。


床に倒れたまま血の味のする奥歯を噛みしめる。



――――――――――――――――――――――――――――


[レベルアップしました!]


――――――――――――――――――――――――――――



額から流れる血によって半分になった視界の中、ゲームのようなウィンドウを見つめる。


これでレベル5。


もう初心者とは呼べないレベルだ。


周囲を囲むモンスターたちの殺意のこもった目に見下ろされる。


(ここまでか……)


指一本動かない。


(レベル5か……。夢みたいだ。それだけのレベルがあればF級ダンジョンは楽々進めそうなんだが……まあ、死ぬから関係ないか……)


死を覚悟して目を閉じる。


次々に全身に突き立てられる刃の感触に、思考が真っ赤に染まる。


走馬灯のように思い出した。


冒険者になれた昨日のことを――。





「――あと3匹! 今日こそやれる! 俺ならやれる! 絶対、冒険者になってやるんだ……!」


自分を励ますように何度も独り言を叫ぶ。


そうでもしないと挫けそうなほど才能が足りない。


チュートリアルダンジョンで病院送りになるという前代未聞の珍事をやらかしてしまったほとだ。


ここは冒険者ギルド地下に作られた100メートル四方のフロア。


障害物も罠もない。


通称「チュートリアルダンジョン」と呼ばれるここの正式名称は「冒険者資格試験用ダンジョン」。


その名のとおり冒険者を目指す者がクリアしないといけない実技試験の舞台だった。


(ここに挑むのはもう4度目か……)


1度目のことを思い出した瞬間、どっと嫌な汗が吹き出す。


片手剣を握る手が汗ばみ、両手に持ち替えても落としそうになる。


支給された量産品の安価な片手剣に普段着。鎧や盾はもちろん、アイテムも持っていない。ほとんど丸腰だった。


(――あの時は足の腱を切られた……背後に回った小さな影に気づけなくて……それで激痛に這いつくばった俺に……血濡れの短剣が振り下ろされて――)


「――ッ!? 1匹いない!?」


トラウマがフラッシュバックしてゴブリンの動きを見落としてしまった。


ゴブリンはこの薄闇に溶け込みやすい緑色の体に、足音のしにくい小さな身体をしている。


だが強敵ではない。


『子供でも勝てるザコモンスター』


それがゴブリンに対する一般的な評価だ。


だからこそ冒険者見習いに与えられる最後試験が『ゴブリン5匹の討伐』なのだ。


もし死の恐怖や戦闘のプレッシャーなどを感じず、ゲーム感覚で戦えれば、数分で合格することも難しくない。


しかし、トラウマを抱えている俺にとっては――


「くそっ!」


――何度挑戦しても上手く行かないほど難しかった。


背後から斬りつけられ、前のめりに倒れてしまう。


両手をついた俺は、まるで土下座するようなポーズになる。


奴らの刃の届く範囲に、頭も腹もすべての急所をさらしている――。


そう実感した瞬間、全身の血がサアァっと凍るような思いがした。


恐怖に足がすくむ感覚。もし立っていたら膝が笑っていただろう。


怖い。怖い。怖い。


どうして俺はここにいるんだ。


なんでこんなことしなくちゃならないんだ。


向いてないなんて初回のチュートリアルで病院送りにされた時に気づいてる。


(――ッ! それでも……!)


チュートリアルに挑んだ一度目。傷だらけにされたあの時とは違う。


まだ俺の手は剣を握れる。俺の足は立ち上がれる。


そう、俺はまだ――戦える。


戦意喪失したと勘違いしたらしいゴブリンが無造作に迫る。


前方のゴブリン2匹の足を、右手に握った剣の刃で払った。


当然のように奴らは絶叫を上げ、転ぶ。


枯れ木のように細い足だったが、切り飛ばせたのは1匹の片足だけ。もう1匹は手傷を負っただけで、まだ立っている。


俺は立ち上がる。


恐怖。


前後を挟まれているという状況に恐怖を覚える。


しかし仲間の絶叫を聞き、ゴブリンのほうも怯えていたらしい。


俺は踏み込み、目の前の動きの止まったゴブリンに一撃を見舞う。


右肩から左脇腹にかけて真っ二つにするくらいのつもりで振るったが、肩に深々と食い込んだところで止まる。


それでも首の付け根辺りだったためか、奴は絶命した。


残り1匹――。


お互い声もなく、振り向いた俺と、ゴブリンは同時に剣を突き出していた。


俺の剣は奴の胸を深々と貫き、相手の剣は俺には届かなかった。武器のリーチの差もあるが、単純に人間とゴブリンでは腕の長さが違う。


こうした部分もゴブリンが弱い、といわれる所以だった。


「勝った……のか? ほんとに……?」


膝から力が抜け、倒れそうになる。


涙がにじむ。


死の恐怖や戦闘のプレッシャーが蘇ってくるようだ。


「今さらだが……冒険者になって妹の入院費を稼ぎながら……妹の奇病を治す方法も見つけるなんて無茶だったかもな……」



――――――――――――――――――――――――――――


[チュートリアル終了おめでとうございます!]


――――――――――――――――――――――――――――



ふいに女性の声が聞こえた。


(は……?)


見回すが周囲には誰もいない。


謎の女の声は続ける。



――――――――――――――――――――――――――――


[【オートバトルモード】が解放されました!]


――――――――――――――――――――――――――――



目の前にいきなり半透明の長方形がほぼ同時に2つ出現する。


ゲームで見かけるようなウィンドウだ。


先程の言葉どおりのことが表示されている。


「なんだ、これ……? チュートリアル終了? 【オートバトルモード】の解放っていったい――」


ウィンドウの真ん中に向かって手を伸ばしてみる。

触れられない。

というか腕が向こうに突き抜けた。なんの感触もない。


「【オートバトルモード】って……新しいスキルか? でもこんなの聞いたこともないしな……」


女性の声が聞こえたり、ゲームのようなウィンドウが現れたりするなど前代未聞だ。


念のためポケットから冒険者カードを取り出す。

名刺より一回り大きいそれにステータスが表示されている。



――――――――――――――――――――――――――――


名前:時堂千斗

性別:男

年齢:20歳

ランク:F

職業:無職

レベル:1

HP 10/10

MP 1/1

筋力:7

耐久力:6

知力:5

敏捷性:6

魔力:1

魔法:なし

スキル:なし

称号:なし


――――――――――――――――――――――――――――



冒険者カードを確認してみたが、やはり【オートバトルモード】について何も書かれていない。

以前と同じステータスのままだ。


ちなみに職業は魔法が使えれば魔術師というふうに、自動的に反映される。


無職――通称「ノービス」の状態のままなのは、まだ俺がなんの特別な力も持っていないことを表しているはずだった。


「どういうことだ?」


最も気になるのは、視界の右上隅に現れた灰色の丸いアイコンだ。


緩やかに渦を巻くようなモーションをしている。


(灰色なのはアクティブじゃないってことだろうな……とするとタップしてみないと効果はわからないわけか)



――――――――――――――――――――――――――――


【AUTO】


――――――――――――――――――――――――――――



と渦の中央に表示されている。


先程の通知と合わせて考えるなら、間違いなく【オートバトルモード】のアイコンだろう。


「まさか……」


信じられないという思いが口をついて出る。


「ほんとに【オートバトルモード】なのか……?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ