男爵令嬢と婚約した伯爵令息は「戦争が終わったら結婚するんだ」と死亡フラグを立てまくるも、ピンチになるといつも謎の女騎士が助けてくれる
「フレデリカ・ソレーユ! どうか僕と婚約して欲しい!」
伯爵家の令息リアム・モーントと男爵家の令嬢フレデリカ・ソレーユがめでたく婚約した。
リアムはサラサラの金髪で、凛々しい風貌を持った美青年である。
一方のフレデリカも長い黒髪を持つ美しい貴族女性。
リアムはフレデリカを愛し、フレデリカもまたリアムを愛する。
誰もが羨むお似合いのカップルといえた。
ところが――
「えっ、戦いに!?」
「ああ、北の異民族が我が国を脅かしているのは君も知ってるだろう。近く彼らを討伐するため、遠征軍が組織される。貴族たちはここで名を上げるため、こぞって遠征軍に志願しているが、僕も志願しようと思う」
リアムは異民族との戦争に赴くという。
むろん、フレデリカは止めようとするが、
「フレデリカ、我が国では“戦場に出たことがない貴族男子は一人前ではない”という不文律がある。今の状態で君と結婚しても、僕は半人前の烙印を押されてしまうだろう。この遠征こそが、戦場を経験する最大のチャンスなんだ」
これは事実であり、たとえ他の能力が優れていても、戦場を体験したことがない貴族は周囲から軽く見られることが多くなる。それはさまざまな不利益を生む。
「君のお父上は優れた騎士であり、幾度も戦場を経験されている。そんなお方の娘を頂くのだから、僕も一度ぐらい戦場を体験しなければ!」
「ですが……!」
「大丈夫、僕も貴族のはしくれ。馬術や剣術の心得はある! 勇敢に戦って、必ず生きて帰って来るよ!」
フレデリカの両肩を掴むリアム。
「この戦争が終わったら……君と結婚するんだ!」
あまりにまっすぐな宣言に、フレデリカは顔を赤らめてうなずくことしかできなかった。
***
いよいよ遠征出発の日。
場所は王都郊外。遠征軍を率いる公爵の元に、大勢の志願者が集う。
その中には鎧甲冑をつけ、馬にまたがるリアムの姿もあった。
親友で、伯爵家の令息であるカイル・ミークスと合流を果たす。
「よぉ、リアム」
「カイル、君も遠征軍に参加するのか」
「まあな。親父にうるさく言われてさ……ま、仕方ねえよ。てか、お前は婚約したばかりだってのに、こんな戦に参加していいのか?」
「婚約したからだよ。正式に婚姻する前に一人前にならなきゃ、彼女に恥をかかせてしまう」
カイルは苦笑する。
「大丈夫かぁ~?」
「大丈夫! この戦争が終わったら、結婚するんだ!」
「そういうことを言う奴って、なんかホントに死んじゃうイメージがあるんだけど……」
奮起しているリアムに、カイルは心配そうな眼差しを向けた。
「ところで……」カイルが視線を移す。「女まで来てるんだな。あれ女だろ?」
二人の視線の先。
そこには兜をつけ、仮面を被った騎士がいた。
兜から長い黒髪から出ており、よく出た胸とくびれたボディラインから、おそらく女性だと分かる。
「女性……だね」とリアム。
「だろ? ちょっと声かけてみるか。おーい!」
半ばナンパのように駆け寄るカイル。
しかし、女騎士は馬を操り、遠ざかっていった。
「なんだよ、無視かよ! つれないなぁ!」
「女性でありながら戦場に出てくるんだから、よほどの覚悟があるんだろうさ」
リアムは怒る友をたしなめた。
そして――
「ん? どうした?」
「さっきの女騎士……どこかで会ったような……よく知ってるような……」
「まさか……気のせいだろ」
カイルの言葉に、リアムも「それもそうだね」とうなずいた。
***
遠征開始から三日、先発隊が異民族の軍団と衝突しているとの情報が入る。
キャンプをしていたリアムたちにも出陣命令が下る。
各々、馬に乗り出陣していく。
リアムの顔が強張る。
「いよいよだな……」
「ああ。死ぬなよ、リアム!」
馬にまたがり、カイルは駆けていく。普段はひょうきんな男だが、こういう時の後ろ姿は勇ましく見える。彼とて根っこは誇り高き貴族なのだ。
リアムもまたがろうとするが――
「く、くくっ! あ、あれ……?」
上手く馬の背中に飛び移れない。必要以上に力みすぎているためだ。
主人の緊張が馬にも伝わり、大きく前脚を上げてしまう。
「うわっ!?」
バランスを崩し、落馬しそうになるリアム。
だが、何者かにぐいっと押されて、リアムは落馬を免れた。
「た、助かった……」
リアムが振り返ると、そこには仮面の女騎士がいた。彼女がリアムを手助けしたのだ。
「あ、ありがとう……」
リアムが礼を言うと、女騎士は声を発することもなく、髪をなびかせ、馬でどこかに駆けていった。
リアムはその背中をずっと見つめていた。
***
本格的に戦闘が始まった。
岩や草木がある荒地にて、両軍が入り乱れる。
独特の衣装を身にまとう異民族は凶暴で勇猛ではあるが、武術の練度は決して高くない。
戦況は、全体的に遠征軍が押している。
敵が弱腰になっているのが分かる。
リアムはここが活躍するチャンスだ、と馬を走らせる。せめて一人ぐらいは討ち取りたい。
――だが。
「うわぁっ!?」
不意に頭を押さえつけられ、首を下げさせられた。
やったのは、先ほどの女騎士。
「いきなり何をする……!?」
こう怒るリアムのすぐ上を、矢が飛んだ。
もし頭を押さえつけられていなければ、今頃……。
「また助けられたね……」
仮面の女騎士はプイと顔をそむけると、くぐもった声で、
「手柄を焦る気持ちは分かるが、まずは生き残ることを考えろ。死んでは何にもならん」
とアドバイスし、戦場を駆けていった。
まるで功を焦るリアムの心を読んだかのようだった。
リアムは彼女の言う通りにし、前に出たいと思った時も懸命に自分を抑えた。
その結果、どうにかこの日の激戦を生き残ることができた。
***
しかし、次の日にはまたしてもリアムに危機が訪れる。
「イヤァァァァァッ!」
奇声にも似た雄叫びを上げながら、異民族の兵が騎馬で突進してくる。
リアムは一対一で迎え撃つ形となった。
「……来い!」
「イヤッ! イヤァァァッ!」
馬上での片手剣同士での打ち合い。
リアムは必死に応戦するも、その動きはぎこちない。
初めてといっていい実戦、なおかつ相手は狩りにも殺しにも慣れている異民族兵士。
防戦一方になってしまう。
ついにリアムの剣が、敵に弾かれる。
「わぁっ!」
敵兵士がニヤリと笑う。トドメを刺すべく剣を勢いよく振り上げる。
リアムは「もうダメだ!」と思った。
――ところが。
「グハッ!」
仮面の女剣士が横から、敵兵の首を一閃していた。
血を噴き出し、敵は馬上から崩れ落ちる。主を失った馬はどこかに駆けていった。
またも、女騎士のおかげで九死に一生を得たリアム。
「あ、ありが……」
「礼など不要。それより敵はまだいるぞ。何としても生き延びろ」
リアムは気を引き締める。
そして劣勢ではあったが実戦を経験したことで、彼の心も一皮むけたのだった。
***
遠征十日目。
順調に兵士として成長していたリアムだが、敗走する敵が自棄気味に放ってきた投げ槍に当たってしまい、足に怪我を負ってしまう。
馬を降り、ハンカチで止血しようとするが、血は止まらない。
このままではまずい。リアムの脳裏に焦りが募る。
すると、長い黒髪を揺らしながら、仮面の女騎士が駆けつけてきた。
「大丈夫か」
女騎士は顔も見せないまま、リアムの足を治療する。
練り込んだ薬草を傷口に当て、太股を包帯できつく縛り、ひとまずの応急処置は完了した。
「助かったよ……」
「……」
女騎士は言葉を発さない。
座って休みながら、リアムは自嘲気味に言った。
「僕は……自分が情けないよ。勇んで戦場に出たはいいけど、結局こうして助けられてばかりだ。これなら町で大人しくしているべきだった……。婚約してるフレデリカに顔向けできない……」
これに対し女騎士は――
「そんなことはない」
「!」
「戦場に出ること自体が非常に勇気ある行為なのだ。そこを卑下することはない。それに誰であろうと最初は未熟、最初からまともに戦える方がおかしいのだ」
「……」
「だから……無理はするな。生き延びさえすれば、きっとフレデリカとやらもお前を認めてくれる」
「ありがとう……」
リアムは微笑む。
「君の名前を聞きたいところだけど、聞かないよ。顔を隠しているのにも何か事情があるのだろうから」
君のことは詮索しないというリアムなりの気遣い。
これを聞いた女騎士はほのかに顔を赤く染めた。
それからも女騎士は決してリアムと親密になろうとはしてこないが、リアムが危機になると駆けつけてくれる、という奇妙な関係が続いた。
***
遠征25日目――
リアムに最大の危機が訪れる。
乱戦の中、本隊とはぐれてしまい、仮面の女騎士とともに敵兵の集団に囲まれてしまった。
相手は十数人いる。絶望的な状況である。
「ヒャアッ!」
さっそく敵兵の一人が斬りかかってきた。
リアムはこの一撃を打ち払うが、今度は背後から狙われる。
「くそっ!」
「リアム殿!」
仮面の女騎士がリアムをかばい、右肩に斬撃を受けてしまう。
さらに頼みの剣を落とす。これでは彼女は戦えない。
絶体絶命。
「ヒャーハァ!」
ネズミをいたぶる猫のように襲いかかってくる異民族軍。
普通の人間ならば絶望し、諦めてしまう場面だったが――リアムは違った。
剣を強く握り締め、勇ましく叫ぶ。
「うおおおおおおっ!」
リアムの叫びに怯んだ敵兵の首を、一撃で斬り飛ばす。
「リアム殿……!」
「はぁ、はぁ……ここは僕に任せてくれ」
リアムは女騎士の盾になるように、馬を操る。
「この人を殺させはしない! 僕の命にかけて! ……来い!」
敵集団は一斉に飛びかかってきた。
「だああああああああああっ! でやあああああああああっ!」
リアムは複数相手に一歩もひるまず奮戦する。
彼とて貴族の嗜みとして、幼少より武芸の稽古はしてきた。
内に眠らせていた剣才が、この土壇場で開花したのだ。
鬼気迫るリアムの抵抗に、敵兵らは攻め切れない。
いたぶるはずが、いたずらに時間を浪費する。
「お~い!」
味方の声がした。
この声は、リアムの親友カイル。
カイルが30騎ほどの部隊を率いて、救援に訪れた。
これにて形成逆転――リアムと女騎士は救われた。
この三日後、遠征軍は異民族軍の本隊をついに撃破。
およそ一ヶ月に渡る戦争は終わりを告げた。
カイルは背伸びして喜びをあらわにする。
「やっと終わったな……生きて帰れるぜ~!」
「うん……」
「ん、どうした? やけに深刻な顔じゃねえか」
「……彼女はどこかな、と思ってさ」
「彼女……あの女騎士か! どこ行ったんだ? さっきまでいたのに……」
仮面の女騎士は姿を消していた。
リアムとしては最後に礼を言いたかったが、それは叶わぬこととなった。
リアムは心の中で別れを告げる。
さようなら、顔も名前も知らぬ女騎士。
あなたのおかげで僕は生き延びることができた。一人前の貴族として、フレデリカと結婚できる――と。
***
遠征を終えたリアムは婚約者フレデリカと再会した。
フレデリカは黒髪をふわりとなびかせ、ユリの花のような穏やかな笑顔で迎え入れる。
「お帰りなさいませ!」
「なんとか生きて帰ってこれたよ。これで君に相応しい男になれたかな」
「相応しいもなにも、リアム様は元々素晴らしい殿方でございました。ですが、さらに一回り大きくなられたのが分かります」
「ありがとう」
一ヶ月会えなかった分、激しく抱きしめ合う。
リアムが腕に力を入れすぎたのか、フレデリカは「んっ」と思わず声を上げる。
「すまない、つい力が――」
この瞬間、フレデリカのドレスがはだけ、わずかに右肩が露出する。
リアムはその右肩を見た瞬間、体の芯に衝撃が走るのを感じた。
「……!」
フレデリカの肩には傷があった。
それも古傷ではない。最近できた刀傷だった。
これでリアムは全てを悟った。
彼女の父は王国有数の騎士。娘が武芸に秀でていても不思議はない。
そうか、君は僕をずっと見守ってくれていたんだね――
リアムはこれをフレデリカに指摘するようなことはしなかった。
あの女騎士は女騎士、フレデリカはフレデリカ、それぞれ別人である。
そう心の中で折り合いをつけた。
「戦争は終わったし、結婚しよう!」
「はい……!」
今度は優しく婚約者を抱きしめるリアム。
死別の危機をも乗り越えた二人は、決して離れることはないであろう。
結ばれた二人は、もちろん末長く幸せに暮らしたという。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。