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ハーディング侯爵家、温室。

私はこっそり、アルマイトを訪ねてきていた。

少し話をしてくればいいと、父に送り出された時は驚いた。 

まあ、父は同派閥の貴族達とこれからの話し合いだろう。

ギデオンは王宮に出仕して、様子を探ってきてくれる。

私は、自分のこれからとアルマイトへの気持ちをどうするか、それを考える時間を与えられたのだろう。

「私が妃教育を始めたのは10歳の時だったから…」

「7年か、長いね」

7年、それはギデオンの婚約者として、アルマイトの将来の義妹としての期間。

「こうして、君と二人で過ごすのは初めてだ」

テーブルを挟んで眼の前に座るアルマイトが嬉しそうに笑う。

「ナイヴスが君との約束をすっぽかした時だけ君にこうして会えた」

ナイヴスは婚約者の義務としての私とのお茶会をよくサボった。

私を一人でお茶させることもできず、ナイヴスの代わりとしてアルマイトが呼ばれていた。

そんな私とアルマイトのお茶会には、今みたいに誰も周りにいないなんてことはなかった。

話の聞こえる位置に常に侍女や護衛が控えていた。

彼らは聞き耳をたて、一言一句、私達の会話を王妃に伝えていただろう。

話題一つ、返答一つ、選ばなければならない、緊張するものだった。

それでも、お互いに読んだ本の話をしたりと楽しい時間を過ごした。

ナイヴスとの仲がうまくいってない私にとって、王宮での唯一の楽しい時間だった。

私がナイヴスよりアルマイトを特別に想うようになるのは時間の問題だった。

気付いた時にはどうしようもなくアルマイトを好きになっていた。

でも、そんなこと態度には出せない。

アルマイトに熱を込めた目線の一つも向けてはいけない、秘めなければならない想い。

お互い口にしたことはないけれど、きっとアルマイトも私のことを想ってくれていた。

私達は、触れることも、笑い合うこともできやしない。

ただ、義務のようにお喋りして、一緒の時間を過ごすだけだった。

そうしなければ、アルマイトの身が危ういのだ。

私達がお互いに「キャシー」「アルマ」と呼ぶようになるとすぐの頃、アルマイトの気配が消えた。

アルマイトは王妃に毒を盛られて、生死を彷徨っていたのだと、後宮に潜り込ませているフォードム家の者から報告があった。

私はその時、後悔した。

私の言動一つでアルマイトは死の危険がつきまとうのだ。

それでも、アルマイトは私と会ってくれていた。

「私は…アルマイトが元気でいてくれればそれでいいと…ずっと思っていたわ」

「あの頃の僕は非力で、やられるがまま、助けもなかったからね。でも、今は違う」

アルマイトの手が伸びてきて、テーブルの上に置いてあった私の手に重なる。

「君にこうして触れることができるなんて……」

アルマイトが私に触れることが許されるのは、私をエスコートする時だけ。

それも、軽く私が腕に掴まる程度だけだ。

それ以上は、私の側に常に控えていた王妃の侍女にすぐに咎められていた。

婚約も結婚もしていない男女だから、触れ合いといっても節度は保たなくてはいけない。

でも、いつも優しく支えてくれたアルマイトが私に触れている。

それだけで心が踊るようだった。

「このくらいで照れないでよ。僕も恥ずかしくなってくるだろ」

「……ごめんなさい。慣れてなくて」

よく考えれば、私は社交の場以外で身内以外の男性と触れ合ったことはないかもしれない。

ナイヴスと手を繋いだ記憶がない。

「そうだ、少し歩かないか?この温室は夫人のご自慢なんだ」

「せっかく綺麗に花が咲いてますもの、楽しまないと申し訳ないですわね」

アルマイトが重なっていた私の手を取り、立ち上がる。

「アルマ様…」

「あちらは夫人ご自慢の薔薇が満開だって」

私はアルマイトと手を繋いだまま、温室の道を歩き出した。


「これは見事ですわね」

満開の薔薇のアーチを見上げて感嘆を漏らす。

「夫人は毎年、これを見にわざわざ王都の屋敷に滞在しているんだ」

ハーディング侯爵夫婦は社交嫌いで有名で、一年のほとんどを領地で過ごす。

中央の政治や貴族の争いからは距離を置いているのだ。

だからこそハーディング侯爵はアルマイトの後見になれた、というのもある。

貴族の権力闘争や王家の跡継ぎ問題に関わることなく、金銭でアルマイトを援助する。

ランバルト侯爵派閥の魔の手を掻い潜る唯一の方法だった。

でも、そのせいでアルマイトの政治の基盤は弱い。

現状、ナイヴスを押し退けてアルマイトを王太子にできるのかは難題た。

でも私はフォードム公爵家の娘だから、結婚するにはそれなりの身分がいる。

私がアルマイトが好きだから結婚したいと思っても、解決しなきゃいけない問題が多すぎた。

「こうやって自由に君と過ごす日々が欲しいな……」

繋いだ手に力が籠もる。

横にいるアルマイトを見れば、彼は薔薇のアーチの頂上を見つめていた。

散りばめられた宝石のように咲き誇る薔薇。

そのアーチの頂上には、王冠を被せたように黄色い八重咲きの薔薇が咲いていた。

「私もよ、アルマイト…」

父も兄もきっと私とアルマイトの決意を待っている。

でも、何年も秘めていた想いを簡単に発露なんてできない。

ましてや、それを原動力として現状を変える力にしようなんて。

そんなの、ナイヴスがやったことと同じではないのか。


誰かの目を気にせずに、アルマイトと共に有りたい。

たとえナイヴスとの婚約が破棄できたとして、そんな簡単な願いさえ今の私達には困難なのだ。


「お嬢様…そろそろお時間です」

二人きりだった空間に声がかかる。

私と共に来た侍女が、いつの間にか背後にいた。

私はそちらをチラリと見て、頷く。

「アルマ様、そろそろ私は帰らなくてはならないようです」

「残念だな…」

アルマイトの手が私の頬に触れる。

「また、会えるだろうか…?」

「もちろん、会いに来ますわ」

今日のこの時間を夢幻なんかにはしたくない。

「キャシー、最後にお願いしていいかな?」

温室の出口の直前、別れるのが名残惜しいと思う私の気持ちを掬うようにアルマイトが聞いてくる。

「君のこと、抱き締めてもいいかい?」

「あ、あ、アルマさま…」

「君がイヤなら無理強いはしない」

「だ、大丈夫…です」

何が大丈夫なのかもわからないけれど、なんとかそれだけ言い切った。

耳まで赤く染まっているだろう私の顔は、引き寄せられたアルマイトの胸に当たる。

背中に回るアルマイトの腕の温もり。

けれどそれはほんの少しの時間で、またたく間にアルマイトは私から離れてしまった。

「さあ、行こう」

まだ照れて硬直している私に、アルマイトが手を出してくれる。

「あまり遅いと怒られてしまうな」

それでも動けない私を見兼ねて、アルマイトが腰に手を当てて私をエスコートして歩くように促してくれる。

私は赤くなっている顔を隠すように俯きながら、アルマイトにエスコートされながら屋敷の出口へと向かった。


「それではまた、気を付けて帰って、キャシー」

「ハーディング侯爵夫人も、素敵な温室を拝見させていただき、ありがとうございました」

私の見送りに、ハーディング侯爵夫人も来てくれていた。

夫人の横で、何食わぬ顔をしたアルマイトが別れの挨拶をしてくる。

平然としているアルマイトを恨ましく思う。

それでも、アルマイトの顔をしっかり見たくて、私は彼の方を見た。

「またおいで下さいませ、キャサリン様」

夫人が気を効かせて、そう声をかけてくれる。

「僕はいつでも君が来るのを待っているから」

「……薔薇の枯れぬうちに、また来ますわ」

残念なことに、今私に言えるのはここまでだ。

帰りたくない。

状況によっては、もしかしたらもう二度とアルマイトに会えないかもしれない。

本当に、二人でどこかに行くことができたらいいのに。

私は後ろ髪を引かれながら、ハーディング侯爵家を後にした。




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