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「キャシー、やはり君は私には相応しくない!」
王妃主催の夜会。
「君はいつも小難しい顔をして、この私に小言ばかり!相応しい振る舞いをしろと言うが、君こそ私の隣には相応しくないのだっ」
そう言って、私を指差すのはこの国の王子、ナイヴスだ。
一応、彼は私、キャサリン・フォードムの婚約者だ。
しかし、ナイヴスがエスコートと称して腰を抱いているのは私とは別の女性だ。
おそらくに贈られたであろう宝石とドレスを纏い、彼女は勝ち誇った笑みを私に向ける。
「将来、この国の王となる私の横には、このマデリーンこそが相応しいだろう」
そして、ナイヴスはニヤリと笑う。
「そうだな、君のこれまでが無駄になってはいけないから、キャシー、君は私の側妃にでもしてあげるよ」
とても良い案だと、ドヤ顔でナイヴスがのたまう。
それを見ていた夜会に出席していた貴族達は、ざわめき出す。
「よろしいですよね、母上?」
壇上からコトを眺めていた王妃は、扇子で顔を隠している。
自分の最愛の息子が引き起こした騒動に、彼女は扇子の下で青褪めていることだろう。
私はナイヴス達の方を見ずに、王妃の方へと前に足を踏み出す。
会場中の視線が私に集まるのがわかる。
兄であるギデオンが、険しい顔で私の方を見ている。
こちらに来そうな兄を視線で制する。
「王妃様はよろしいでしょうか」
私は王妃の前で頭を垂れる。
「先程、ナイヴス殿下のおっしゃったことについてです」
王妃の方をチラリと見ると、視線の合った王妃は微かに首を横に振った。
「ナイヴス殿下は覚えてらっしゃらないようですが、王妃様は約束を覚えてらっしゃると拝察致します」
「キャサリン、お願いよ……」
王妃が弱々しく声をかけてくる。
いつも自信満々な王妃としては珍しい姿だ。
「下がれ、キャシー!」
王妃の狼狽した姿を見て、ナイヴスが私に下がるよう叱る。
「ナイヴス殿下が公の場で私を侮辱した行為を取ったので、約した通り、ナイヴスと私の婚約は解消させていただきます」
そして、私は深くカテーシーをして、王妃に背を向ける。
「待ちなさい、キャサリン!」
王妃が悲鳴のような声を上げるが、人々の驚きの声にかき消される。
私は王妃と驚くナイヴスを気にすることなく、出口へと向かう。
「王妃様、ナイヴス殿下、この場にいる皆々様…」
先程私がいた場所に、ギデオンが入れ違うように立ち、声を張り上げる。
「私はフォードム公爵が子、ギデオン・フォードムです。
先程、妹のキャサリンが述べた通り、我がフォードム家と王家との取り決め通り、キャサリン・フォードムとナイヴス殿下の婚約を解消することを宣言いたします」
「そのようなこと、私は認めませんからね!!」
王妃は怒り、ギデオンを睨み退出して行った。
今日の夜会は、王妃がナイヴスのために同世代の年若い者達を集めた催しだ。
夜会というよりは交流会に近いから非公式と言えば非公式だ。
だから、ナイヴスは私以外の令嬢をエスコートしても許される。
この場で何を言おうと無効になる、一夜の戯言、そう王妃とその周囲は言い張るだろう。
それでも、今回ばかりは許したくはない。
私は夜会のである離宮を出て、王宮に続く渡り廊下を行く。
「お疲れ様、キャシー」
「アルマ様、いらしてたの」
私に声をかけてきたのは、アルマイト。
ナイヴスの兄で、この国の第一王子だ。
しかし、彼は第一王子であっても側妃の子供ゆえに、政治的基盤が弱く、王太子になれないと言われていた。
けれど、王としての資質はナイヴスよりアルマイトの方が上だと言われ、陰ではアルマイトを王太子にと推す声もある。
「こっそりと僕も出席してたのさ」
アルマイトの格好は、そこらへんの若い貴族子弟といった格好だ。
あまり表舞台に出てこないアルマイトなら、若い貴族しかいないこの夜会に紛れ込むこともできる姿だ。
「いくらナイヴスのために開かれた夜会といっても、調子に乗りすぎたね」
アルマイトが離宮の方を見る。
離宮の馬車寄せには多くの人の帰る姿が見える。
今帰る貴族は、王妃とナイヴスを擁するランバルト侯爵家の派閥の者ではないということだ。
おそらくは、フォードム公爵派閥の者やランバルト侯爵派閥ではない者達。
「彼らには今夜のことを喧伝してもらわなきゃね」
アルマイトが楽しそうに彼らを見る。
ナイヴスが王太子となるには、私との結婚が必要だ。
王が無能であっても、王妃や家臣がちゃんとしていれば国は成り立つ。
ナイヴスを王太子として擁立しようとするには、公爵家の血筋と妃教育を受けた私が必要不可欠なのだ。
そして、王妃の生家であるランバルト侯爵家とフォードム公爵家、この2家とその派閥がナイヴスを支えれば国政は問題ない。
だからナイヴスが私という婚約者がいても、好きに女性を侍らかしても許された。
ただ、それは非公式の場でのみ。
ナイヴスのあまりの振る舞いに不安を感じた父は、王に私とナイヴスとの婚約に条件を追加した。
『公の場で婚約者であるキャサリンを蔑ろにしたり侮辱するような行為をしないこと』
それは、高位の者が自分勝手に婚約破棄をする、そんな風潮に釘を刺す名目もあった。
そして今夜、ナイヴスは私以外の令嬢をエスコートし、侮辱し、側妃にするという婚約破棄に近い宣言をしたのだ。
私はこの時を待っていた。
あんな女にだらしない、勉強とできなければ、政治にも疎い、王族として役立たずの男の世話なんて御免こうむる。
だから、彼が何かしでかしてくれないかとずっと待っていた。
もう直、婚約が正式に取り交わされ、結婚への準備二取り掛かる、そんな時にナイヴスはやってくれた。
私にとっても喜ばしいことだった。
「これから、どうするんだ?」
「とりあえず、父のところに報告かな」
国王は側近のランバルト侯爵を連れて外遊中。
王宮の留守を任されている宰相の父と、今後の話を詰めなければならない。
「じゃあ、僕も一緒に行こうか」
アルマイトが私の手を取る。
そして、恭しく私の手に唇を落とす。
「アルマ様…?」
「君が他の誰かに取られる前に、君に求婚しておこうかと」
茶化した言い方だが、アルマイトの私を見る目は真剣だ。
婚約者に大事にされない私が、大変な妃教育をそれでも頑張れた訳。
それは、辛い時に慰めてくれて話を聞いてくれたアルマイトがいてくれたおかげだった。
ナイヴスが私以外の令嬢に愛を注ぐなら、私だって別の誰かを愛したっていいんじゃないのか。
そんな誘惑に負けて、私はアルマイトと禁断の恋に落ちてしまった。
ナイヴスは私に無関心で、それはきっと結婚したとしても変わらないだろう。
今でも何人ものお手付きの女性がいるのだ。
彼が王となれば側妃や愛妾が何人になるかもわからない。
そんな中、私は王妃として彼の代わりに国を治めることを期待されるのだ。
心くらい好きにしたっていいだろうと、ずっと思っていた。
もし、ナイヴスと婚約破棄できたとして。
それではアルマイトと婚約できるかといえば、難しい。
私がアルマイトと婚約するということは、アルマイトが王太子になるということだ。
「………このままどっか逃げてしまいましょうか」
王宮のしがらみの無いところに行けば、私とアルマイトは幸せになれるかもしれない。
「それもいいな」
アルマイトは私の手を引き、腕の中に閉じ込めた。
「良いわけないだろ!」
ギデオンがカツカツと音をたてて近寄ってきて、私とアルマイトが引き剥がされる。
「誰が見てるかわからないんだから、軽率な行為はやめろ」
会場の後始末を終えて来たのだろうギデオンは、疲れた顔をしてため息をつく。
「とりあえず、父上のところに行くぞ」
ギデオンはもう一度ため息をつき、私をエスコートして歩き出した。
アルマイトはギデオンの侍従のように私達の少し後ろをついてきた。