スーパーで店員に怒鳴っている老人を発見し、「クレームジジイか」と思ったがどうも様子がおかしい
大学の帰り、俺は近所のスーパーに寄っていた。
たまには自炊でもしようかな。だとしたら肉野菜炒めだな。簡単に作れて、栄養も取れる。豚肉といくつか炒めやすい野菜を買っていこう。キャベツとかピーマンとか。
レジで会計を済ませ、商品をビニール袋に詰め、スーパーを出ようとする。
怒鳴り声が聞こえてきた。
俺は思わず振り返る。
振り返った先には老人とスーパーの店員がいた。
老人は薄めの白髪頭で、いかにも頑固そうな印象を受ける。
一方の店員は若く真面目そうな青年だった。
会話の内容まではよく分からないが、老人が怒鳴り、店員がペコペコするというのを繰り返している。
「クレームジジイか……」
俺はつぶやいた。
いい年した老人が店員や通行人にキレ散らかす。たまに見かける光景だ。「キレる老人」なんてフレーズも聞いたことがある。
年を取ったせいで堪え性がなくなったのか、元々荒っぽい性格だったのかは分からないが、はっきりいってみっともない。
あの老人もどうせ店員の愛想が悪かったとか、欲しい品物がなかったとか、あるいはもっと理不尽な理由で怒鳴っているのだろうと想像がつく。俺と年が近そうな店員の方につい同情してしまう。
――と、こんなことを考えている合間にも老人はまだキレている。ここまでくると野次馬根性というか、せめて「なんであんなにキレてるんだ」という理由を知りたくなってくるのが人情である。
ちょっと会話を聞いて、老人がキレてる理由が分かったら帰ろう。
俺は二人の会話が聞こえる位置まで近づいてみることにした。ちょっとした探偵気分だ。
耳を澄ますと、老人の喋ってる内容を聞き取ることができた。
「よくもワシの息子とその嫁を殺したな……!」
え、なんだこれは。
予想外の内容だった。
「とんでもない。私はそんなことしていませんよ」
若い店員はこう返す。そりゃそうだよな。きっとボケ老人の戯言だよな。
「とぼけるな! ワシはようやく突き止めたんだ……20年前、幸せ絶頂にあった二人を殺したのはお前だとな!」
ずいぶん昔の話だな。その頃にはこの若い店員もまだ相当小さいんじゃないか?
「フフフ、申し訳ありません……」
店員がなぜか謝る。「あなたの言ってることが意味不明です」的な意味だろうか。
「あそこまで弱いとは思いませんでしたので……」
え、なに言ってんだこいつ。
「息子さんは私のパンチ一発で絶命。そのお嫁さんはちょっと手で振り払っただけで死んでしまいましたよ」
「おのれ……ッ!」
え、殺してたのかよ。そりゃ老人も怒る……てかパンチ一発で人殺せるってヤバイな。全然鍛えてるようには見えないのに。しかも20年前に。少なくとも高校生ぐらいの年齢じゃないと無理だろう。この店員、若く見えて40近かったりするのか?
「お前の正体は分かっている」
老人はすでに店員の正体を見抜いているらしい。
「ワシは……かつて異世界に召喚された勇者だった」
こっちも突然さらにとんでもないことを言い出した。
「異世界に召喚されたワシは、魔王や魔族と戦った。死闘の末、魔王を打ち倒すことができ、大いに祝福され、向こうでの永住も求められたが、それは断り今の世界に戻ってきた」
マジかよ。この老人、そんなファンタジー物アニメみたいな経歴持ちだったのかよ。
「お前は……あの時の魔族の生き残りだな」
「ええ、そうです。魔王様を殺された私はあなたへの復讐を誓った。なにしろ魔王様には500年以上仕えていましたのでね」
500年て。40近いどころじゃなかった。俺よりずっと年上だった。
「あなたは元の世界に帰ってしまったと聞き、私は必死にこちらの世界に来る方法を探し、ついに20年前それを成し遂げたというわけです」
「そして、あの二人を……!」
「先ほど申し上げた通り、この手にかけました」
「なぜだ……なぜワシを直接狙わなかった!?」
「そんなもの決まっているでしょう。その方があなたに苦しみを与えられるからですよ。いかがでした? この20年間、地獄のようだったでしょ?」
「うぬううう……!」
さっきまではクレームジジイという印象だった老人に、すっかり同情してしまっている俺がいる。
「もう元いた世界には戻れませんし、それから先は私もこの世界での暮らしを楽しんでいましたが……私は気になる情報を入手したのです」
まだ情報出てくるのか。もういいって。俺はパンクしそうだよ。
「私が殺したあの二人には子供がいたと。両親を失ったその子は養護施設に預けられ、そのまま育ったと聞きます。つまり、あなたのお孫さんだ。あなたもその子の存在は知りつつ、接触すれば危険に巻き込むからと、あえて接触しなかったのでしょう。だから気づけませんでした」
「……! あの子をどうする気だ!」
「殺すんですよ、もちろん。そうすればよりあなたを苦しめられる」
「させるか、そんなこと!」
老人が拳法めいた構えを取る。
「これは私もやるしかなさそうですね。しかし、ここはスーパーです。大勢人がいる。互いに全力で、一撃決着と洒落込みませんか?」
「ワシは元よりそのつもりだ」
「話が早くて助かりますよ」
二人の情報をまとめたい。かつて勇者だった老人と、500年以上生きた魔族であるスーパーの店員。老人にとって店員は息子夫婦の仇であり、店員にとって老人は長年仕えた魔王の仇である。
そんな二人が同時に拳を繰り出した。
「ぐふ……!」
老人の右拳が店員の腹部にめり込んでいた。
「バカ、な……」
「滅せよ」
老人の言葉と共に、店員の肉体は光となって四散した。
見たところ、このあたりは監視カメラもないし、俺以外にこの騒動に目を向けてる人もいない。あの店員は行方不明ってことになってしまうのかな。
だが、今の俺にとってはそんなことはどうでもよかった。
すぐさま老人に話しかける。
「あ、あのっ!」
「な、なんだね君は?」
「今のやり取り、全部見てました」
老人も戦いを見られていると思っていなかったのか焦っている。
かまわず俺は続ける。
「死んだあなたの息子さんとその奥さんの名前を……教えて下さいませんか?」
こう聞くと、老人も何かを察したのか、亡き息子と嫁の名前を教えてくれた。
それは――“事故死”したと聞いていた俺の両親の名前だった。
そう、俺は20年前に生まれ、まもなく両親を亡くした。そして養護施設で育ち、今はどうにか大学生をやっているのである。
「君が……ワシの孫、なのか」
「そういうことになりますね」
老人は俺に頭を下げる。
「すまん! 君の両親はワシのせいで奴に殺され、挙句ワシは君に会いに行くこともしなかった。現に、今の今までワシは君の顔すら知らなかった!」
涙を流す老人に、俺は首を振る。
「悪いのはさっきの魔族です。それにあなたが俺に会わなかったのは、俺の身を案じてのことでしょう。だから何も気にしないで下さい」
「う、ううっ……!」
嗚咽する老人に、俺は出来る限り優しい口調でこう言った。
「おじいちゃん……って呼んでいいですか?」
「おじいちゃんと……呼んでくれるのか?」
「はい……。かつて異世界を救い、今また俺を救ってくれたあなたのことを、俺は誇りに思います。おじいちゃん」
「ありがとう……。孫よ……!」
その後、俺はこの老人――いや、おじいちゃんと一緒にアパートに帰って、一緒に肉野菜炒めを食べた。とても美味しかった。
皆さんも怒鳴ってる老人を見かけたら、すぐ理不尽に怒鳴ってるとは決めつけず、耳を傾けてみるのもいいかもしれない。
もしかしたら、世界を救った勇者だったり、自分の本当の祖父だったりするかもしれないから――
完
お読み下さいましてありがとうございました。