序章
それは昔々の話
富のあふれる彼の国で戦の神と称えられるは名もなき神
人はただそれを「戦神」と呼ぶ
神と呼ばれ久しくなったそのころ
世界を渡った狭き国の神々が身を休めるその場へと赴いた
慣れぬ地に迷った戦神
出会ったのは一人のニンゲン
ニンゲンは助けを請うた
神はそれに応えた
ニンゲンは感謝し名もなき神に身を捧げた
小さな社をこしらえ すでに世界を渡った神をあがめ続けた
神はその様子を狭間で見つめていた
踵を返す その先は己の領域
帝国と名高き彼の国―神国・アンティヨール帝国
気の遠くなるような時間がたった 静寂に満ちた暁のころ
彼の国に男児が誕生した
それから幾年かたった 美しい月夜の晩
己を祭るニンゲンの血筋に女児が誕生した
神が愛した男児に 神は己を敬う女児を贈った
男児の心を溶かす 陽だまりのような女児を
始まりの鐘が 暁に 月夜に 鳴り響いた
御神木は世界と世界をつなぐ境界線である
御神木の向こうには彼の神の世界がある
言葉も解すことができないころから女児はそう知っていた
己が生まれた地に満ちる高貴な気配を肌で感じていた
名もなき神を祭る社
侮られようとも蔑まれようとも女児の家族は己を誇っていた
それは何千年にもわたる信仰
細く長く続いたココロ
だから女児は驚かなかった
御神木の向こう側に 自分たちとは違うニンゲンがいたことに
男児は重い枷を背負っていた
民たちの期待と神の寵愛をうけ 大切に 厳しく育てられた
幼くして皇帝の地位に就いた男児 甘えることを知らずに育った
裏切りやいやなことばかりを見聞きして 誰も信じない 孤独な支配者となる
ある日出会ったのは 見たこともなかった 陽だまりのような笑顔
神域の奥深く 大いなる木のもとで 幼い女児が静かに唄を紡いでいた
触れることもできない 短い逢瀬
神力が宿る木が起こした奇跡
男児は初めて己にココロがあることを知る
十数年の時を経て 奇跡は再びおきる
―それは必然であった 否 必然でなければならなかった
これは神のみぞ知ること