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1/3

大嫌いと言いました

 今日はリオノーラにとって最高の一日だった。

 辛くて仕方なかった学園生活と、やっとお別れできるからである。


 学園にいい思い出はひとつもないものの、最後の日の最後の行事、卒業パーティーくらいは楽しんでやろうと、リオノーラは朝から決めていた。

 目の前には、明日になれば二度と関わることのなくなる煌びやかな景色が広がっている。学園の大ホールの真ん中で、高価な衣装を纏い踊る同級生たち。一流のシェフが作った、名前もわからぬ料理にデザート。


 まるでワインのような色をした葡萄ジュースと共に、リオノーラはそれらをホールの端っこで堪能した。


(ああ、この面々ともおさらばできるのね……)


 そう思うと、リオノーラは学園生活で初めて心から笑顔になれた。


 時間は着々と過ぎていき、パーティーはそろそろ終わりを迎える。このまま何事もなく終わり、リオノーラは安堵のため息をついて速攻馬車に乗って実家に帰る――はずだった。

 

「リオノーラ、君が好きだ。よって君を俺の妻として、イースデイル公爵家に迎え入れたい」


 まさかの人物がまさかの言葉を、公衆の面前で彼女に告げるまでは。


「……はい?」


 この場にいる全員からの視線を感じる。そんな中、リオノーラは気の抜けた返事をするだけで精一杯だった。それもそのはず、自分にわけのわからないことを言ってきたアベル・イースデイルは――リオノーラの学園生活を最低最悪のものにした張本人。

 そんな彼の自信満々な顔を前に、リオノーラは辛かったこの二年間のことが走馬灯のように頭の中を駆け巡った。


** *


 ――二年前。


「リオノーラ、あなた、ラスタ王立学園に通えるわよ!」


 母、エノーラが興奮しながら部屋のドアを開けた。そして一通の開封済みの手紙を差し出してきた。

 内容は、リオノーラが自身の暮らすラスタ王国のラスタ王立学園へ〝特別枠〟として入学を許可するというもの。ラスタ王立学園といえば、王都の真ん中にある国のお金持ち貴族が通う二年生の学園である。


(なんで私がこんな名門校に……?)


 不思議に思い、おもわず眉をひそめる。

 リオノーラの家は没落寸前の貧乏伯爵家。祖父が領地経営に大失敗してからというものの、田舎のボロ屋敷に引っ越して、社交界にも滅多に顔を出さずひっそりと貧しい生活を送っていた。もちろん、学園に通うお金などない。


「王都に知り合いなんていないのに、なぜ私にこんな手紙が届いたのかしら?」

「ああ、それはね、ユエンのお陰なの!」

「お兄様の?」


 ユエンとは、リオノーラよりひとつ年上の兄である。見た目もかっこよく、妹想いの自慢の兄だ。現在は家のために隣国へ留学している。独学で毎日勉強し、学費や留学費免除の特別枠を自ら勝ち取った秀才だ。三年制の学園のため、実家に戻ってくるまであと二年少しかかる。

 その兄が一年生にして既に生徒会で活躍し、来年には生徒会長になること間違いなしと言われているらしい。同じ学園に通う隣国の王女にも大層気に入られており、ふたりは今いい感じだという。


(お兄様が王女といい感じ……!? 私も知らない情報ばかりなんだけど!)

 

 ブラコンのリオノーラは少々傷ついた。


ユエンの留学先での活躍を評価したラスタの王家が、妹であるリオノーラも優秀なのではないかという期待を込めて自国の名門校への入学絵を推薦したのだという。


「あなたもユエンと同じく、学費と寮費は免除されるそうよ! 絶対にいい経験になるわ!」


 母は喜んでいるが、リオノーラはあまり乗り気ではなかった。自分の知らない世界へ飛び込むことに、少なからず恐怖があったのだ。


 毎日周りにお世話をされながら、幼い頃から教養を身に着けてきた貴族たちと、家の手伝いをしながら、メイドに最低限の勉強を教えてもらっただけの自分。


(絶対に身の丈に合わない! 浮いた存在になるに決まっているわ)


 そんなリオノーラの胸の内など知らず、母は言う。


「私ね、あなただけ学園に通わせられないことをずっと気にしていたの。だから、本当によかった……! ユエンには感謝してもしきれないわ」

「……」


 うっすらと涙を浮かべてあまりに綺麗に微笑む母を見て、リオノーラはなにも言えなくなる。


(これはお兄様が与えてくれたチャンス……それに、お兄様ひとりに頑張らせるのも気が引けるわ……私も頑張らないといけないわよね)


 リオノーラは覚悟を決めて、学園への入学を決意した。これが地獄の日々の始まりだとも知らずに。


 ラスタ王立学園は、想像の何十倍もキラキラした世界だった。眩しくて、数秒以上見ていられないほどだ。

 意気込んで入学したものの、リオノーラは上流階級の会話についていけず、いつも教室の端でおとなしくしていた。入学して三日も経てば、これからの二年間は背景に溶け込んで生活すると決意した。


『あなたももう十六歳なんだから、学園で素敵な殿方を捕まえなさいな』


 実家を発つ前に言われた母の言葉がふとよぎる。


(私なんかを相手にする令息がいるとは思えないわ。諦めよう)


 諦めの早さだけなら、リオノーラは学園で随一を誇っていた。


 ある日、いつも通り背景と化していたリオノーラに予想外なことが起こる。


「ねぇ、わたくしのこと覚えてまして?」


 ひとりの令嬢が話しかけてきたのだ。ここでリオノーラは自分がうまく背景になりきれていなかったことを知った。


「え、えっと……」


 しどろもどろになりながら、リオノーラは学園でも得に目立つ令嬢を見つめた。

 彼女は公爵令嬢のマーシア。派手な赤色の髪をぐるんぐるんに巻き、派手なメイクをしたとにかく派手な令嬢だ。


 この目がチカチカする感じ――そういえば、昔一度だけ参加したお茶会で見た記憶がある。


「あの、お茶会で一度……」

「そう! あの時はわたくしの公爵家主催のお茶会に来ていただいて、どうもありがとう」


 主催だったとは知らなかったが、当たっていて一安心する。


「リオノーラ嬢のお兄様、留学先でずいぶんご活躍とか。それにとっても見た目麗しいのでしょう? 噂で聞きましたわ。あなたもそのおこぼれで入学できたのよね?」


 にっこりと笑みを浮かべるマーシア。嫌味を言っている自覚があるのかないのかは、リオノーラにもわからなかったが、悪意の込められた言葉だと感じた。しかし事実なので、なにも言い返すこともできない。


「ところでお兄様、現在婚約者はいますの?」

「え? いいえ、今はいませんけど……留学先で王女様といい感じだと聞きました」


 気に入られている、という情報は、リオノーラの中で勝手に〝兄は王女といい感じ〟という情報に書き換えられていた。


「へーえ。だったらもうあなたに興味ないわ」

「えっ?」


 マーシアから笑顔が消える。


「お兄様にお近づきになれる以外に、あなたと仲良くするメリットがおあり? まぁお兄様だって、いくらかっこよくても貧乏伯爵家ですものね。それじゃあさようなら」


 なんだこの女。

 颯爽と去って行くマーシアを見て、リオノーラは唖然とした。


「マーシア様、本当にイケメンがお好きよね。あの子のお兄様を狙っていたのかしら?」

「まさか。優秀で美形でも貧乏貴族を相手にする令嬢なんて、この学園にひとりもいないでしょう」

「そうよねぇ。それにマーシア様の大本命はアベル様じゃなくて?」

「でもそれを言ったら、この学園の令嬢みんなの大本命ですわ」

「おっしゃる通りですわ」

「うふふふ」

「おほほほ」


 近くで繰り広げられていた令嬢同士の談笑は、しっかりとリオノーラの耳に届いていた。

 

(アベル様、か)


 アベル・イースデイル。王家に連なる公爵家の令息だ。学園に入学する前から王都では有名人で、モテモテの次期公爵様。彼を見る時の女性の目には、みんなハートが描かれているといっても過言ではない。

 モデルのようにすらっとした体型に高身長で長い手足。サラサラの薄紫の髪をなびかせ、女性に接する時はいつも青い瞳を優しく細める。まさに貴公子の鏡だ。


 アベルはいつもにこやかな笑顔を振る舞い、自分とは対照的なクールな付き人を従えていた。彼の名はルイス。アベルの護衛も兼ねて、共に学園へ入学した。


 アベルが廊下を歩くだけで、令嬢たちからは黄色い声が上がる。あれだけ騒がれると、さすがにリオノーラもアベルに興味を持ってきた。


 そしてリオノーラは初めてアベルと目が合った時のことを、生涯忘れないと言う。


 教室の端から窓越しに、令嬢に囲まれるアベルをなんの意図もなしに眺めていた。すると、不意に彼と目が合ってしまったのだ。

 

(わぁ、とっても綺麗な瞳……)


 ラピスラズリを彷彿とさせる瞳に吸い込まれそうになった――ら。何故かアベルは眉をしかめ、明らかに嫌そうな顔をしたのだ。いつも笑顔のあのアベルが、リオノーラに対しては目を細めて笑うどころか、サッと視線を逸らしてむすっとしている。


 取り巻きたちもそんなアベルを見るのは初めてのことで、周囲は一瞬静まり返る。しかしアベルの視線の先にいた人物を見ると「ああ、そういうことか」というようにクスクスと笑い出した。

 

「アベル様のような高貴なお方が、あんな貧乏令嬢視界にいれたくないわよねぇ」


 わざとリオノーラに聞こえるように、マーシアが大きな声でそう言った。リオノーラは恥ずかしくて、下を向いてぐっと唇を噛みしめた。


「君、さっき俺を見ていたようだけどなにか用?」


 放課後。寮に戻ろうとしているリオノーラに、アベルが話しかけてきた。まさかの事態にリオノーラは頭が真っ白になる。


「いえ、べ、べつに」

「へぇ。ま、いっか。俺はアベル。よろしく」


 あんな態度をとっておいて、よろしくとはどういうことなのか。はたまたさっき見たあの険しい顔は、見間違いだったのか。


「……よろしくお願いします?」


(こうやってわざわざ話しかけにくるってことは、やっぱりいい人なの?)


 そう思ってリオノーラが差し出されたアベルの手を握り返そうとすると、少し触れただけで物凄い勢いで引っ込められる。


「ためらいもなく触れるなんて、君はどうかしてる!」


 なんだこの男。

 アベルは怒って声を荒げると、そのまま背を向けて去って行った。

 自分のような貧乏令嬢が気安く触れたり、見ていい相手ではないってことをアベルは伝えにきたのだろうか。そんなこと、眉をひそめられた時点でわかっているというのに。

 今後アベルを視界に入れることはやめよう。リオノーラはこの時そう誓った。


しかし、その後もアベルはリオノーラに無駄に絡んできた。自分からアクションを起こしているにも関わらずそのたび睨まれて、不機嫌な態度をとられ最悪だった。助けてくれるものはおらず、リオノーラの孤独な学園生活は続いた。


唯一の楽しみといえば、長期休みで実家に帰れることのみ。両親に心配させたくなくて友達がたくさんできたという嘘をつくたびに、リオノーラは胸がちくりと痛んだ。


「それよりも浮いた話はないの? あのラスタ王立学園だもの。貴族たちが大量でしょう。どなたか釣れた?」


 母は頬に手を当てながら首を傾げる。学園に通う貴族をまるで釣り場の魚のように言うのは如何なものか。


「えぇと……たしかにたくさんいるのだけど、お兄様よりいいと思える人がいなくて」

「はっはっは! リオノーラは本当にお兄ちゃんっ子だなぁ。ユエンは私に似て美形だからな」


 兄を褒めたのに、なぜか父がご機嫌になっている。


「でもほら、あの有名なイースデイル公爵家のアベル様もいるのでしょう? 昔一度お茶会でお会いしてるじゃない」


 母が言うには、マーシア主催のお茶会にアベルも参加していたらしい。お茶会のことすらマーシアに言われるまで忘れていたリオノーラは、アベルと昔会っていたことすら当然覚えていなかったのだ。

言われてみれば、薄紫の髪をした美しい少年がいたことを思い出す。だがその時も、アベルはリオノーラの挨拶を無視してどこかへ行ってしまった。

 

(昔から彼は私に態度が悪かったのね。それは私が貧乏だからかしら)


 なんにせよ、学園を卒業したら二度と関わることもない。


「あ、ユエンも卒業したらすぐ屋敷に戻ってくるって」

「本当!? 早くお兄様に会いたいわ」

「もうリオノーラったら。アベル様の話をしている時は死んだ魚みたいな目をしてたのに、今では水を得た魚みたいにキラキラしちゃって!」


 今日の母がやたら魚押しなのはともかく、リオノーラは純粋にユエンが帰るという話を聞いてうれしかった。もしかすると向こうで婚約相手を見つけ、そのまま婿養子に入るかもしれない。そんな不安が今までずっとどこかにあったのだ。

 ユエンの卒業はリオノーラの年と被る。卒業したらまた四人で平和に暮らせる。


(そのためなら、嫌な学園生活も我慢できる!)


 リオノーラはそう自分に言い聞かせた。

 

 休み明け、リオノーラは実家から馬車で学園へ向かうことにした。小さなボロ馬車は走っているとギシギシと音を立てるが、リオノーラはこの音が心地よく感じていた。

 馬車に乗るリオノーラは、大きな包みを大事そうに抱えていた。中には今朝、母と一緒に作った昼食用のサンドイッチが入っている。屋敷の庭で育てている採れたて野菜を使った、リオノーラの好物だ。

 いつもは学園の食堂で食事をしているのだが、値段があまりにも高い。リオノーラには王家側から食べ放題の特別カードが渡されているため値段を気にする必要はない。

 しかし、兄の頑張りで自分が贅沢三昧するのは嫌だった彼女は、いつもいちばん安いハムチーズレタスのカスクートを食べていた。いつも硬いパンを食べていたリオノーラは、柔らかいパンで作られたサンドイッチをいつも恋しく思っていた。


 昼休み。

 大嫌いな学園へ戻って来たリオノーラは、ひとけのない裏庭の芝生の上にシートを敷いてその上に座ると包みを取り出した。

 楽しみにしていたサンドイッチをぱくり。これこれ! と頷きながら、夢中で頬張る。


(美味しい! ああ、幸せだわ!)


 学園にいてこんなに幸せを感じる時間はない。この安らぎのひと時がずっと続けばいいのに。

 だが、現実は甘くない。

 サンドイッチを食べるリオノーラの前に、数人の令嬢とアベルが姿を現したのだ。


(! どうして裏庭にアベル様が……話しかける前に移動しなきゃ)


「おや。リオノーラじゃないか」


 時すでに遅し。アベルは令嬢たちをその場に待たせ、ひとり歩み寄ってくる。


「奇遇だね。今日は天気がいいから俺も外で食べようと思っていろいろテイクアウトしたんだ」


 リオノーラの目の前に目線を合わすようにしゃがみ込むと、アベルは豪華そうなハンバーガーやチキンがたくさん入った籠を見せてくる。


「そ、そうですか」


 具が溢れそうで見ているだけで胸焼けしそうなバーガーなどどうでもいい。頼むからさっさとどこかへ行ってほしい。リオノーラは俯いて、アベルが離れるのをひたすら待った。


「君のそれはなに?」


 アベルはサンドイッチを指さして言う。


「こ、これは……今朝、お母様と一緒に作って……」

「へぇ。……俺のと交換しない?」

「えっ?」

「うちのシェフが作ったとびきりおいしいやつと君のそれ、交換しよう」

「ちょ、ちょっとアベル様っ――」


 交換などしたくない。胸焼けバーガーなど食べたくない。だけどアベルは強制的にリオノーラのサンドイッチが入った包みを奪うと、籠を置いて令嬢たちのところへ戻ってしまった。


「アベル様、その包みはなんですのぉ?」


 マーシアの甘ったるい声が聞こえた。


「ん? これ? 彼女の手作りだって」

「えぇ……ずいぶんペラッペラのパンですこと。中にはレタスしか入っていないんじゃなくて?」


 マーシアの発言に、どっと笑いが起きた。

 

「……」


 この時、リオノーラの中に黒い感情が芽生えた。

 今までは仕方ないと思っていた。友達ができないことも、からかわれるのも、全部自分が場違いだから。すべて自己責任だと我慢していた。


 しかし、リオノーラは確信する。


(私――アベル様のことが嫌いだ)


 いくらみんなが彼を称えようとも、平気で人を傷つける彼のことが嫌いだ。

 

 この日を境に、リオノーラはアベルになにをされてもなにも返さなくなった。ただ張り付けの偽りの笑顔を浮かべ、感情を無にしてやり過ごす。心に潜む嫌いという感情を表に出さないように。


「アベル様とマーシア様いい感じのようね」

「ふたりでよく内緒話をしているもの。ああ、やっぱり私たちじゃマーシア様には勝てなかったのね」

「卒業までには婚約するのかしら」


 二年生の半ばになると、学園でそんな噂が流れ始めた。

 リオノーラは最近あまりアベルが話しかけてこなくなった理由がわかりひとり納得する。


(アベル様にマーシア様、お似合いすぎるカップルね)


 まさに性悪カップル。身分がいくら高くとも、生まれ変わったってあんなふうにはなりたくない。

 

 そしてやっと、リオノーラがこの苦痛すぎる日々から解放される日が訪れた。

 卒業式を終えるとリオノーラは寮のごみ箱に制服を投げ入れて、母のおさがりである水色のドレスを纏い、正真正銘、学園関連最後の催しである卒業パーティーへと向かった。


 これか終われば、王都から離れた田舎へ帰れる。ノンストレスの日々と大好きな家族が待っている。


「あの、リオノーラ嬢」


 葡萄ジュースのおかわりを取りに行こうとしたリオノーラに、背後からとある人物が声をかけた。アベルの付き人、ルイスだ。


「ルイス様? ……私になんの御用ですか?」


 ルイスと口をきいたのは、この二年間で初めてのことだ。お別れの挨拶をする仲でも当然ない。


「この演奏が終わったら、私についてきていただけませんか?」


 アベルと違い、ルイスは身分の低い相手に対しても腰が低い。こんな人が学園にいたのかと、今さらながらにリオノーラは驚いた。


「あなたには嫌な思いをさせてしまったと思いますが、どうぞお許しください」

「はあ……?」


 ルイスに嫌がらせをされた記憶はなかった。切実な様子で頼まれて、リオノーラはルイスにわけもわからないままホールの中心部へと誘導される。


「どうか最後までお付き合いいただけると……それでは、私の仕事はここまでなので、リオノーラ嬢はここでお待ちください」

「えっ! ルイス様!?」


 目立つ場所にリオノーラを置いたまま、ルイスは足早にその場を離れてしまった。追いかけそうになったが、ここで待っていてと言われたためリオノーラは馬鹿正直にルイスの言うことを聞き踏みとどまった。


「やっとこの時が来たな。リオノーラ」

「……?」


 頭上から声が聞こえる。顔を上げると、大ホールの階段の上にアベルが立っていた。白と金を基調とした軍服風の衣装を着たアベルは、まるで王子のようだ。彼の姿を見て令嬢たちは「きゃーっ!」と悲鳴に似た歓声を上げる。


 アベルは階段を一段ずつゆっくりと、そして華麗に降りていく。そして呆然と立ち尽くすリオノーラの元まで歩くと、アベルは初めてリオノーラに目を細めて笑いかけた――。


「リオノーラ、君が好きだ。君を俺の妻として、イースデイル公爵家に迎え入れたい」

「……はい?」



***


予想外すぎる展開に、「ぎゃーっ!」と今度は本物の悲鳴が上がった。当たり前だ。アベルがリオノーラに告白するなんて、意味が分からない。


(この人はなにを言っているの……)


 リオノーラは自分の身に起こっていることを理解するのに時間がかかった。


「君の気持ちを聞かせてほしい」


 ふんっといつものように自信満々に言うアベルを見ていると、リオノーラの身体は自然と震え始めた。


(最後まで私に恥をかかせたいのね。私がここで浮かれてオーケーしたら、嘘でしたって言ってみんなと笑いものにするつもりなんだわ!)


 どこまで私を馬鹿にするつもり、とリオノーラの怒りは頂点に達した。今まで散々我慢していたが、もう限界だった。


「リオノーラ、感動で泣いているのか――」

「ありえません」

「……え?」


 おめでたい勘違いをしているアベルに、リオノーラはきっぱりと告げる。


「そんなに私がお嫌いですか? アベル様」

「なにを言って――」

「みんなの前で私を笑いものにしたかったのでしょう? ちょうどいいです。金輪際会うことはないと思うので、最後に物申させていただきます」


 この二年間、散々馬鹿にされてきた。リオノーラは最後の思い出として、初めて本音をアベルにぶつける。


「私、あなたのことが世界一嫌いです。大嫌いです。妻になるなんて死んでもお断りいたします」

「……!」


 固まるアベルに周囲の学園関係者たち。同時に今まで優雅に奏でられていた音楽までもが鳴り止んだ。


「それでは、永遠にさようなら」


 リオノーラは笑う。張り付けた偽物の作り笑いでなく、本物の微笑みで。

 そしてミルクティー色の髪をなびかせながらくるりとひるがえすと、リオノーラはカツカツとヒール音を鳴らして大ホールを出て行った。


(あー! すっきりした!)


 とてつもない爽快感の中、リオノーラは迎えの馬車に乗り込んだ。そのまま馬車に揺られていると、次第にゆっくりと眠りに落ちていく。

 悪夢は終わった。自分をいじめるラスボスを倒した彼女は今、幸せな夢を見ているに違いない。


新作ゆるっと書き始めました。

ぜひよろしくお願いいたします。

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