安永餅
「あ、あの~、師匠。
そこにもヒスイが置いてあるようですが…」
目出度く弟子就任の二人の内の、眼鏡っ子。棚の上を指差します。
あ、因みにこの子の名は、松池祐奈。
もう一人の語学オバケは北山レイラ。
弟子にもしましたし、以後は名前で呼んでやりましょう。
「これは予備よ、祐奈」
ビンちゃんは、そう言っていました。一番小さいヤツですね。
小さいと言っても、握り拳二つ分くらいです。
よ~く洗ったら結構綺麗で、置物としても良いかなと思ってました。
「予備ですか…。
じゃあ、10万くらいで売ってもらうことって、出来ません?」
「はあ?! じゅ、じゅ、10万?」
「ご、ごめんなさい! 安すぎますよね。
じゃあ、15万、あ、いや20万で何とかお願いします!」
チョイ、チョイ、チョイ! 上がってきてるよ!
海岸で拾って来た、ただの石ヨ。
それが、20万円ですって?
待って…。コレ、一番小さいヤツ。
こういう物って、大きい程、グーンと価格が上がるんじゃなかったっけ…。
じゃあ、外のデカイの、一体いくらの価値があるの?!
「別に構わんぞ。予備だからな」
ビンちゃん、ボソッと呟くように言います。
へ!?
い、イイんだ。売っちゃっても……。
でも、貧乏神様が、私に収入をくれるの? 何か変…。
あ、祐奈からすれば、お金が減る訳か。
ビンちゃん、この二人を嫌ってるもんね。
じゃあ、貧乏神様的にも問題ないのか…な?
でも、ビンちゃんが取り憑いているのは、私の方なのよね…。
う~ん、まあ、どうでも良いよ。
「祐奈さえよければ、構わないよ。予備だし。
私も就職した会社がつぶれて困っているからね」
「あ、有難うございます、師匠!」
「い、いえ。こちらこそ…。というか、祐奈!
ポンと20万って、どんだけお金持ちなのよ!」
「彼女の家は、いくつも会社やお店を経営していますからね~」
とはレイラ。
「ナニ言ってるのよ。レイラの家の方がお金持ちでしょうに!」
あら、あら、二人ともイイトコのお嬢様だったのね…。
お羨ましいことで。
でも、あんまり私に関わると、破産しても知りませんよ。
この間の財布は成行き上で助けましたけど、以降の責任は持ちませんからね!
さてさて、この弟子二人。私の事情を聞いて、家の掃除を手伝ってくれると言い出しました。
これは、大変ありがたい。
一人でどうしようと思っていたのですから。
「弟子として、当然の責務です!」
だなんて、何て良い子達なんでしょう。
涙がチョチョギレル~!
取り敢えずこの日は、屋敷内を案内。
まともな掃除道具すら有りませんので、実際の掃除は明日から。
大学の春休みが終わるまでの三日間、掃除・片付けを手伝ってくれることになりました。
今日のところはと、二人とも帰って行きました。
私とビンちゃんの前に残されたのは、手土産として置いて行かれた紙袋でございます。
何が入っているのかな~?
出してみると、桑名名物の安永餅。
そうそう、二人の家は三重県桑名市と言っていました。
ここからですと、車で40分くらいでしょうか。
長良川の堤防道を下ってゆけば着きます。
あ、名古屋の大学の方も、ここからだと同じくらいの距離のところにあります。
桑名から名古屋に行っても同程度で、正三角形の頂点のような位置関係。
ですから、学校がある平日にまで気軽にここへ来るのは難しいでしょう。
弟子だって言っても、入り浸られても困ります。
丁度よい具合でしょうね。
で、その安永餅の方なんですが…。
ビンちゃん、とっても興味深そうにしています。
……つまり、食べたそう。
お昼時でもあります。
さっそく頂きましょうか。
桑名は旧伊勢国の北端です。
伊勢名物と言えば、伊勢神宮門前の「赤福餅」が有名ですね。
小さなお餅をこし餡でくるんであるモノです。
ですが、伊勢にはその他にも名物の餅がたくさんあるのです。
伊勢市近辺の御福餅、二軒茶屋餅、神代餅、太閤出世餅、へんば餅…。
そして、参宮街道沿いでは四日市のなが餅に、桑名の安永餅。
いずれも伊勢参りの人に賞味されたモノ。
餅は「持ち飯」が語源ともされ、旅の道中の食糧として重宝されたのです。
ご飯より日持ちして、携行食として便利ですもんね。
で、その一つの安永餅なんですね。
江戸時代初期からの歴史ある名物で、粒あんの入った餅を細長~く伸ばし、表面を軽く焙ってあるものです。
生前の父が好きだったようで、何度か買ってきてくれ、私も食べたことがあります。
こういうモノは箸で食べるなんてことはしませんよ。直接手で持って!
なんてったって、「持ち飯」ですからね。
さあ、ア~ンしているビンちゃんの口へ…。
ビンちゃん、パクッ。
そして、モグモグ、モグモグ、ゴックン。
「う~ん! 甘~い!!」
そう、とっても甘いのです。
加えて香ばしくて、美味しいのよ!
ん? あ、あれ?
ビンちゃん、甘いっていう味が分かるんだ……。
まあ、そんなことは、いいや。私もパクッ。
う~ん、甘~い! 美味し~い!
甘いモノって、本当に幸せな気分になれるのよね。
え、ビンちゃん、もっと欲しいの?
はいはい、どうぞ。た~んとお食べください。
賞味期限短いから、もう、みんな食べちゃいましょうか。
はい、二つ目をア~ン。
「う~ん、堪らん味だな。
あいつら、気に入らん奴らだと思っていたが、許す!良い奴らだ」
あれあれ、こんなで許されちゃうんだ。
安永餅の味と同じで、ビンちゃん、甘々の甘ちゃんですね……。
安永餅、美味しいですよ。桑名にお越しの際は、是非食べてみてください。




