Where did you go
この話をさっき思いついて「冬の童話祭2022」に応募しようかなと思ったら残念、昨日で終わってました。
まぁこれが「童話」なのかといわれると微妙だけど(タバコ吸うし大人向けかな)、折角だから読んでくれい。
なんとたったの3600文字だ。
where did you go
ー 1 ー
ある冬の昼下がり、俺は友人たちと3人で北関東の某県に2泊3日の旅行に来ていた。
温泉くらいしか取り柄が無いとよく言われるこの県は、実は夜になると満天の星空が広がり、関東でも有数の天体観測スポットである。
それはつまり、夜空に浮かぶ無数の星を見るのが好きな俺にとっては最高の場所。
「まさか土日と平日でこんなに違うとは思わなかった。」
「いや~、やっぱ平日休みは最高だわ~。」
人の少ない露天風呂に浸かり、廃人のようにリラックスした様子の友人、蓮と裕一だ。
青空は晴れ渡り、ゆっくりと流れる小さな雲、日焼けしそうなほど眩しい太陽。
これぞ楽園。
まるで時間が止まったように思えた。
「明日も丸々ダラダラ出来るし、平日の2泊3日ってだけで大分違うよな。」
「そ~れなぁ~。」
と、ひたすら平日休みの幸せを語り続ける不毛な2人であった。
俺は旅行に行く時は必ず平日と決めていた。
だからこうして社会人となった今でも一緒に行ける友人というのは必然的に絞られる。
けれどそれ故に、俺はこいつ等とはやたらに気が合う。
やりたいこと、好きなこと、行きたい場所、何から何までストレスがない。
ふだん都会の喧騒に揉まれて過ごす俺達が人の少ない田舎が好きなのは言うまでもないとして、更に俺達は人の集まる「観光地」というものに全くの興味が無かった。
というのも、大概その土地の魅力というのは観光地にはない。
あれは観光客の為に綺麗に着飾られた舞台に過ぎない。
多くの場合はローカル、地元の人々が日常的に足を運ぶような、悪く言えば「何もない」所にこそ、その土地の侘び寂びがある。
まぁそんなものに興味を持つ20代がどれほどいるのかは定かではないが、そう言う場所を見つけるのがやたらに得意な俺達は、今もこうして地元民しかいない温泉に時間も忘れてドップリと浸かっていた所である。
「ここ、夜来たら、星めっちゃ綺麗だろうなー。」
「ねー。やばそー。」
冬の澄んだ青空をボーっと見つめながら、2人が呟く。
どうやら思った事をなんでも呟く脳死モードに入った。
「あ、チェックイン何時だっけ?」
「えっと、多分15時。」
「あぁ、もうちょいしたら出るか。」
「ねー。」
建物の壁に掛けられた時計を見ると、時刻は既に14時を回っていた。
別にチェックインの時間なんてものはご飯どきまでに入ればいつでも良いのだが、飯の前に部屋でダラダラするあの至福の時間は、どんな事情があっても外したくない。
数分後、駄々をこねる2人をどうにか説得し、俺たちは車に乗ってホテルを目指した。
ー 2 ー
俺達がお世話になるホテルは、いくつもの勾配のある細い住宅街を抜けた先にあった。
なんだか変わった場所だが、山間の街だから必然的にこのような形になるのだろうか。
走りにくい住宅街を抜け、広い杉並木の道をひたすら走る。
こりゃ花粉の季節は地獄だな……。
蓮の運転する車の助手席で、俺はそんなことを考えていた。
そんな時、ふとあることに気付いた。
ー ここ…、小さい頃に来たことがある気がする。 ー
といっても、俺に幼少期の記憶はない、それが何故だかは解らないが。
まともに記憶があるのは、精々小学3年生位からだろうか。
そんな中、この場所は見覚えがあった。
この感じ、きっと小さい頃に家族と来たのだろう。
まぁ、だからなんだという話なんだが。
「あぁ、ここだ。着いたわー。」
蓮がそう呟き、がら空きの大きな駐車場に車を停める。
時刻は15時過ぎ、俺たち以外に車は1……2……3台だ。
このあとチェックインしてくる人もいるだろうが、この分じゃお客は殆どいないだろう。
これだけ大きなホテルでこれじゃぁ……と思うのだが、それでもやっていけるからには土日や祝日なんかはとんでもない客の入りになるのかもしれない。
ましてやこれから冬休みシーズンだ。
それに乗っかるように、給料日とボーナスがある。
それを考えるとやはり…
「いや~、やっぱ平日休みは最高だわ~。」
「ほんと、平日休みって良いな~!」
また始まった、うるせぇなぁ。
いつまでも平日休みの幸せを噛み締めるクソウザい2人と共に、予定通り日暮れ前にホテルにチェックイン。
夕飯前に早速、もうひとっ風呂と行きますかっ!
「疲れたから飯まで寝るわ。」
「そ~れなぁ~。」
「お…おう…。」
ー 3 ー
夜、街灯のない山道で車を走らせて、俺達は星の綺麗に見えるロケーションを目指していた。
先ほどチェックインの時に声を掛けたフロントマンの話では…
「あ~ここらへん、夜景とかは見えないですよ、街明かり少ないですし。星はまぁ綺麗にみえますけど…」
との事だった。
その為星が綺麗に見える場所を聞いたところ「白保根山駐車場」という、山の中に車を停められる広い空間があるという。
「やば、既に星めっちゃ見えるわ。」
ふいに蓮が運転席のウィンドウをスーッと下ろし、おもむろ顔を出した。
おいバカ、前を見て運転しろ貴様。
「おい後ろ寒みいよ!窓開けんな!」
すかさず後ろから裕一が大クレーム。
暖房の温度はMAX、風力も全開。
それでも窓を開ければ吹き込む冷たい外気で、車内は一瞬で極寒と化した。
ちなみに車内には先ほどからプリチュワの曲が延々と大爆音で流れている。
重低音がエグい。
そしてホテルを出て1時間、遂にその「白保根山駐車場」に辿り着いた。
真っ暗な駐車場。
車のヘッドライトで照らされた部分が眩しい程だ。
蓮がエンジンを切ると、プリチュワ共はようやく黙り、俺達は車外に出る。
「うわっ!!やば!!」
「おぉ~、これは、凄いな…。」
空を見上げて、2人はあまりの感動に立ちすくんだ。
俺も空を見上げる。
「たまんねぇな。」
確かに、これは見事だと思う。
夏と違って、冬の空は空気が澄んでいて、晴れの日が多い。
俺は夏が好きだが、星を見るなら冬が一番だと思っている。
特に日の出前の4-5時ごろは、まるで流星群のように星が流れるのだが、それはもう本当に贅沢な光景なのだ。
「たまにさ、天文学者でもないのに星座詳しいやつとかいるよね。」
「あーキモいよなー。黙ってみてろって思うわ。」
などと蓮と一緒に卑屈なことを言って笑った。
「あ、ライター忘れた。」
「持ってるよ。タバコ?」
「あぁ、サンキュー。」
蓮が裕一からライターを借りてタバコに火をつける。
満天の星空を見上げて、煙をふかす。
俺も吸うかな。
そうしてタバコを咥え、ボーっと星空に煙をふかした、その時だった。
ー あ……。思い出した……。 ー
俺は、ここに、この場所にも来たことがあった。
いつかは解らない。
けどまだ、小さい頃だ。
家族揃ってさっきのホテルに泊まって、この場所に来て、皆でSUV車のボンネットに寝っ転がって、同じ星空を見たんだ。
あの感動を、今、思い出した。
「俺、ここ、来たことあったわ。」
「まじかー。」
「へー。」
俺のどうでもいい報告に、友人らは当たり前の冷めた反応を返した。
タバコを吸っていた蓮がワイヤレススピーカーを取り出し、俺の好みの洋楽ロックを流す。
「Where did you go」か。
この曲、大好きだ。
星を見るならこの曲が最高だ。
僅かに体を揺らしてノリノリの俺達をよそに、裕一は買ったばかりの自慢の一眼レフで星空を一生懸命撮っている。
そして俺は、想っていた。
数少ない家族との思い出を。
色々あって、本当に、色々あって、家庭はずっと昔に崩壊した。
全員バラバラになって、家族揃って顔を合わせる事はもう二度と無い。
けれど奇妙なことに俺の家族は、それぞれが首の皮一枚で中途半端に繋がっている。
何故こんなに、星空を見るのが好きだったのか。
ずっとその理由が分からなかった。
ただ生まれ持った性として好きなんだろうと思っていた。
けれど、どうやらそれは違ったらしい。
そして今日、ようやくその理由を理解した。
それはきっと、この星空が家族と共有した人生最大の感動だったのだろう。
俺が家族と居て一番幸せだと感じていた、最高の瞬間だったのだろう。
俺が家族から貰った最愛の思い出だったのだろう。
数少ない家族との思い出の中で、埋もれることなく輝いた、俺の宝物だったのだろう。
「あ、流れた。」
と、蓮。
あぁ、今の、俺も見たぞ。
「え?見逃したー。」
と、裕一。
そりゃカメラのレンズばっか覗いてたらそうなるだろ。
深く吸って、贅沢な星空へタバコの煙をふかす。
俺のノスタルジックな今の気分など知る由もなく、この2人は楽し気だ。
けれどそれでいい。
それが良いんだ。
「そろそろ行くか。」
「だな、寒いし、はやく戻って温泉入ろうぜ。」
満天の星空を存分に拝み、満足した俺達は冷めきった体を押し込むように車内に戻る。
「いや~、やっぱ平日休みは最高だわ~。」
「ほんと、平日休みって良いな~!」
うぜぇ…。
そうして蓮が幸せそうに車のエンジンを掛けると、さっそくプリチュワ共が大爆音で歌い始めるのだった。
お前らと友達で、本当に良かったよ。