表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

堕ちた聖女と愛を取り戻した英雄〜英雄は婚約破棄を告げ聖女を断罪する

作者:

現在→回想→現在→回想→現在と、時間軸が変わります。

矛盾点、回収漏れ、不足点など目立つかもしれませんので、スルースキル総動員して読むことをお勧めします。いや、そうしていただけると助かります。


ーーーーーーーーーーーーーーー

2020.10.08 日間異世界恋愛 62位!

2020.10.09 日間異世界恋愛 32位!

2020.10.10 日間異世界恋愛 32位!

ーーーーーーーーーーーーーーー

よくよく内容を読み返したら恋愛要素よりもヒューマンドラマ?と思い、ランキングカテゴリ変更しました。

2020.10.11 日間ヒューマンドラマ 1位!

2020.10.12 日間ヒューマンドラマ 2位!

2020.10.13 日間ヒューマンドラマ 3位!

ーーーーーーーーーーーーーーー

久しぶりにランキングにはいりました。

2022.08.10 日間ヒューマンドラマ 4位!

2022.08.11 日間ヒューマンドラマ 2位!


有名な類似作品があるようです、知りませんでした。

感想欄で教えてくださった方、ありがとうございます。

「許されるのなら、聖女であるマリア・ルトウィック公爵令嬢との婚約破棄を望みます」


戦地から帰還しエヴァン王国と隣国のブラッド王国との争いを終息に導き英雄となった騎士であるキリト・ローレンツ公爵令息は、国王に褒美を問われマリアとの婚約破棄を望んだ。


その場にいた誰もが息を呑んだ。

聖女の称号を与えられたこの国一とも言われる美貌を持った公爵令嬢との婚約破棄を望むなど、誰も思わぬ事だったからだ。


いや、正確には王家に忠誠を誓った者とローレンツ公爵家に近しい者以外が驚いた。


「その言葉、二言はないか」


「ありません」


国王は顳顬を抑え溜息を吐く。

想定通りで頭が痛い。キリトが婚約破棄を望むことを。影が全てを調べ、息子である王太子からも報告を受けていた。


国王は聖女を捨てると決めた。

後日、話し合いの場を設けるとして、その日は帰還の労いをして終わった。


.

.

.

.

.

.


幼い頃よりマリアは人を惹きつける魅力と話術があり、父親であるルトウィック公爵は、いち早くその能力に気づきマリアを表に立たせて平和を説かせ、貴族のみならず平民からも支持を得ていた。


美しいピンクブロンドの髪に海のように深い青い瞳で透き通る声を持ったマリアは、幼い頃から女神の生まれ変わりと言われるほど美しく、男性のみならず女性からも人気があった。


キリト・ローレンツ公爵令息も男女問わず人気がある。

漆黒の髪に翡翠の瞳の整った顔立ち、長身で騎士として鍛えられた身体は、既婚未婚問わず、女性から熱い視線を送られるほどだ。誰もが彼との婚約を望んでいたほどに。




エヴァン王国は隣国のブラッド王国と争いが始まり一年が経とうとしていた。


その時には既にマリアは聖女と持て囃され、教会の名の下に癒しの祈りを捧げていた。


大切な人を失った人は多い。

皆、目に見えてわかる聖女に縋った。

心を癒して欲しいと。


多くの者が戦場へと向かい命を落とした。

悲しみに暮れる者が多くいた。


そんな中、マリアの澄んだ声は空虚となった

心に染み渡る。マリアと共に争いのない平和が訪れることを願い、祈りを捧げた。


争いが激化している中でも、民に向けて慶次を発表し明るい話題を提供しようと話し合われ、聖女マリアの婚約者の発表が決まったのだ。


王城では国王から婚約の必要性を説明され、父親であるルトウィック公爵も承諾していた。


「この争いの中、そなたの婚約で民に希望を持たせる。国のために婚約してもらうのだから、慕っている男がいるなら申してみよ」


王家の直系には王女がおらず、また、王弟の娘は既に婚姻しているため、聖女の称号を与えられたマリアが民へ希望を持たせるために婚約を発表することになったのだ。


この場には独身の男たちが数名、集められていた。


「どなたでもいいのですか?」


「できる限りの配慮をする」


王太子は既に婚約者がいる。

幼い頃に婚約して愛を育み相思相愛だ。

国王は、必要なら婚約の白紙撤回も可能だと告げる。近くに控えている王太子は表情は変えずマリアと視線を合わせない。



(王太子妃も魅力的だけど……それだと今より自由のない生活になりそうだわ)



公爵令嬢としての義務、聖女としての務めを果たしてあることで、マリアは息苦しさを感じていた。


誰と接しても()()として見られることに嫌気がさしていた。自分自身を見て欲しい、一人の少女として接して欲しいと願っていた。


それなのに王太子を選んだら聖女に加えて王太子妃としての振る舞いと人格を求められてしまう。そんなのは嫌だ。


「それでしたらローレンツ公爵令息との婚約を望みます」


マリアが選んだのは同格の公爵家だ。

いや、今ならマリアの影響でルトウィック公爵家の方が上だろう。


噂に聞くキリトは誠実で優しい男だ。

誰もが憧れる男なら間違いないだろう。

それに、婚約のことは父親に散々言われてきた。


争いに負ければ王族は殺されるかもしれない。処刑台へ行くような真似はするな、と。ローレンツ公爵家の領地は戦地から離れており、被害が少なく作物が良く育つ。食料に困ることはないだろう、と。


同い年にも関わらず、幼い頃から自分に好意を抱かない、距離を置いた付き合いに少しだけ不満があったこともあり、キリトが気になっていた。


同席していたキリトは、自身が指名されたことに驚き言葉を失くした。

羨む視線を向ける者もいたが、キリトをよく知る者や事情を知る者は同情した。


マリア・ルトウィック公爵令嬢とキリト・ローレンツ公爵令息の()()()は国を挙げて盛大に祝われた。


聖女の伴侶が決まったことに国民は湧き、明るい発表に国中が祝福した。

争いが落ち着き終戦したら婚姻することも併せて発表され、皆が終戦が近いのだろうと感じている。


マリアとキリトは月に数度は逢瀬の時間を作り、噂に違わぬキリトの誠実さにマリアは惹かれた。



「幼い頃から同じ公爵家として交流がありましたのに、キリト様とは余りお会いしませんでしたね」


「夜会などで挨拶はしていたと思いますよ」


「そうだったかしら。キリト様は騎士として優秀だと伺ってますわ。大変なのでしょう?」


「そうでもありませんよ、慣れました」


「まぁ、それも凄いことですわ。そういえば先日、孤児院を慰問しましたの。皆さんと歌ったり手遊びしたりと楽しんできましたわ。もちろん、一緒に祈りを捧げましたの」


「子供達も聖女様が訪問されて嬉しかったでしょうね。孤児院へは頻繁に行かれるのですか」


「以前ほどは訪問していません。最近は騎士様達を元気付けるために、騎士団近くに祈りの場を用意いただいて祈りを捧げています」


「あぁ、そういえば三日前にいらしていたとか。すいません、その日は軍議で席を外すことができず、お出迎えできませんでした」


「気にしていませんわ。お忙しいのですから仕方のないことです」


キリトは必要以上にマリアを聖女として扱わない。だからこそ、平気で出迎えを忘れる。最初のうちは気にならなかった。自然体でいてくれているのだと。


でも、気づいてしまった。

そもそもキリトはマリアなんか見ていない。聖女としても、一人の女としても。


キリトは優しいだけなのだ。

それは、誰にでも平等で特別扱いをしない。


敬語をやめて欲しいと伝えたこともあったが『癖なんです』と困ったように微笑まれ、仕方がないと諦めたのに。それすらも、距離をとるためなのかもしれないと思ってしまう。



皆が羨む男を婚約者にしたはずなのに、これっぽっちも羨ましがられるようなことをしてもらえない。


婚約者としての義務で定期的に贈られるプレゼントも、年頃の令嬢が好みそうな物ではあるがマリアの好みではない。稀に、好みに合う物が贈られるが、毎回ではない。


不安はないが不満が募る。

マリアを大切にしてくれるだろう男を婚約者にしたのに、愛を感じられない。

皆が聖女の伴侶になることを望んでいたのに。



確かに誠実だが、それだけだ。



そもそも、だ、聖女であるマリアと婚約したのに喜ばない男がいるとは思わなかった。

あの日、あの場所で指名した時に、国王に促されて漸く『聖女様に選んでいただき光栄です』と言葉を繋いでくれたが『好きだ』や『愛している』なんて言われていない。


キリトにすれば政略の意味合いが強い婚約なのだから仕方がないのだろう。それでも互いを知ることで愛を育むことができるとマリアは信じている。



婚約してから半年も経たず、キリトが前線へ赴くことになった。


「行ってしまわれるのですね」


「はい」


「お帰りをお待ちしています。ご武運を」


「ありがとう」


その日は初めてキリトが微笑みマリアの頬に触れた。




一ヶ月後、王太子とキリトの活躍によりブラッド王国の戦力を大幅に削ぐことができ、長かった争いを終息へと導いた。



その知らせは急いで王城へと戻った使者から告げられた。

キリトの生死不明と共に。


.

.

.

.

.

.


長い、長い、争いが終わりを迎えた。

愛する人を失った者は、悲しみを胸に秘め未来へと希望を持って歩み始める。


そう、誰もが悲しみの中、希望を見出して未来へと歩み始めていた。


それなのに、皆を希望へ導き慈しみ戦場で命を散らした者が安らかな眠りにつけるよう祈った聖女が、婚約者である英雄を裏切り敵国の人間を匿っていた。


婚約者である英雄となった騎士が、生死不明の時期に敵国の人間と情を交わした。



その事実を確認するために急遽、貴族会が開かれた。あの日、キリトが婚約破棄を望んだ理由も確認するために。



「マリア・ルトウィック公爵令嬢よ、敵国の人間を匿っていたのは本当か」


国王はマリアに尋ねる。

そう、キリトが婚約破棄を望んだのはマリアの不貞も理由の一つだ。

それも、キリトを生死不明にした男を匿っていたのだ。


「ご、誤解ですわ!怪我をされていたので傷を癒しただけです」


「だが、敵国の騎士服を着ていたのだろう?それに、逃す際に我が国の騎士服を着せて国境を渡ったのは事実だろ」


マリアは一人の男を助けた。

いつものように祈りを捧げ帰路へと向かう途中に通り道で倒れていた男を助けて屋敷の離れへと連れ帰った。


父親が不在であったことと、屋敷の離れへと連れ帰ったことで、マリアの専属の侍女以外は男の存在に気づくことはなかった。いや、聖女が男を連れ込んだなんて思いたくなくて気づかないふりをしていた。




傷が治り動けるようになると、男は礼を言い屋敷を出る準備を始めたがマリアが引き止めたのだ。


マリアを聖女ではなく一人の少女として接してくれる男の名はエドワードで平民だという。


平民なのに整った顔立ちに金髪に翡翠の瞳。

マリアに向ける優しい笑顔。


そのうち、話が上手く表情が豊かなエドワードに夢中になっていた。


男が求める物を差し出し、笑顔で優しく触れてくれることに喜びを感じていた。



(この方とだったら、本当の自分でいられる。エドワード様と、ずっと一緒にいたい)



これが真実の愛なのだと信じて疑わず夢中になりすぎた。

エドワードが国へ帰らなければいけないと話せば、もっと、と、引き止めてしまう。

幸い、父親は王城へと篭りきり。娘の行動を咎めるはずの母親は既に他界していることもあり、屋敷にいるものは誰もマリアを止められない。


そのうち、エドワードを私室へと招き入れるようになった。


「マリアの部屋は可愛らしいね。甘い香りがして癒される。マリアは祈りだけではなく、その香りでも人々を癒しているのかもしれないね」


「嫌だわ、そんなの大袈裟よ。香油のおかげわ」


平民だという男は、女を喜ばせる言葉を知っている。立ち振る舞いなんて貴族のようだ。


髪を一房とり口付ける、その姿に見惚れてしまう。


「もう帰らないと、国で待っている両親が心配する」


「そんなっ!私を置いていかないで」


「マリアはこの国の聖女なんだろう?」


「私をマリアとして接してくれたのはエドワード様だけよ。貴方がいなくなったら、また、私は心も自由にならない聖女を演じなければならないわ。貴方と一緒にいる私が本当の私なの」


「それなら、私を裏切らないという証が欲しい」


「証?」


「そう、証」


コテンと首を傾げてエドワードを見つめると、ふっと微笑む。

その瞬間、柔らかい感触を唇に感じる。


「貴方の乙女の証を私に」


マリアは歓喜した。

自分が女として求められたことに。

この国の男は聖女であるマリアを女として見ていない節があったのだ。

いや、マリアを女として見ることを禁忌していた。

婚約者のキリトでさえ、マリアに口付けることはなかった。


汚れを知らない聖女であることがマリアの価値だとでも言うように、その押し付けられた幻想を崩さぬように振る舞っていたが、目の前の男は、マリアを女として求めている。



そのことが嬉しい。



マリアは深く考えていなかった。

忘れていたのだ。

自分が指名した婚約者が前線へ赴き、生死不明の状態であることを。


今、目の前で求めてくれる男のことしか考えられなかった。


マリアは男に全てを捧げ、男の全てを受け入れた。朝まで、何度も、何度も。


目が覚めてからは男と共に国を出た。

争いの状況なんて知らなかった。

情勢がどうなっているかなんて知ろうともしなかった。


マリアは平和を祈っていたのだから、きっと、争いは収まり皆が手を取り合える平和が訪れると信じていたのだ。


だからマリアは男の手を取った。

収束が近い、争いはなくなる、貴方の望んだ平和が訪れる。そう、囁いてくれた。マリアと共に未来を作りたいと。




誰しもが平等の世界を作ろう。




マリアの願う理想の国を、世界を一緒に作ろう、と、嬉しそうに話す男の言葉が嬉しくて、その手を取り共に国を出た。



エヴァン王国の外からでも平和を願い、皆が平等に暮らせる世界を作れる。

だって、マリアは聖女だから。

皆が自分を称え、言葉に頷き、手を貸してくれて必要な物を用立ててくれる。



マリアが国を出てすぐ、争いが終わった。

停戦条約を結び、皆が平和な国作りをしていこうと、手を取り合い幸せを願っていた。



マリアの理想の平和とは少し違うが争いは無くなった。もう、死ぬ人はいないのだ。


それなのに、それなのにマリアは、その平和から弾き出されることになったのだ。




「何が誤解だと言うんだ?そのエドワードという男は我が国の騎士を殺しキリトと直接対峙した。互いに一歩も引かず、それでいて、ほぼ同時うちの状態だった。何故かエドワードは我が国へと侵入してお前に助けられたようだがな」


国王の怒りにマリアは気づけない。

キリトは無事だった、死んでいなかった、国に帰ってきたのに、何故、国王が怒っているのか分からないのだ。


エドワードは騎士だろうとは思っていた。

一緒に国へと行って平民であることは事実だと分かった。


でも、キリトを殺そうとしていたことは知らなかった。


争っていたのだから仕方のないこと。

そう、マリアは悪くない。

全ては争っていた国同士の問題なのだ。


「わ、私は困っている方を助けただけですわ。それに、キリト様と対峙していたなんて知りませんでした」


「だが、お前が指名して婚約した男で生死不明であったことは知っていただろう。何故、帰還を待てなかった?何故、その敵国の男を望んだ?何故、我が国の情報を敵国へと漏らしたのだ!!!」



エヴァン王国が危うい状態になった時があった。

どこかの誰かがエヴァン王国の情報を流しているようで、対処に手間取り終戦が二週間程遅れた。


マリアはエドワードを喜ばせるために父親であるルトウィック公爵が持っていた国の情報を流していたのだ。


その情報を、エドワードは夜中に密偵へと渡してブラッド王国へ持ち帰らせていた。



あの日、朝まで貪りマリアを眠らせた後、エドワードは公爵邸を隅々まで調べ、必要な情報を手に入れていた。


ルトウィック公爵は外交を担当しており、書類を自宅へと持ち帰っていたのだ。

それら全て、エドワードの手に渡っていた。



「あれは、あれは平和のために必要だったのです!!貴族だけが富を得ていいわけではありません!平民や貴族といった差別をなくし、皆が手を取り合い幸せになるために必要だったのです」



エヴァン王国の技術情報もブラッド王国へ流していた。

その技術は皆が必要なことだから、手を取り合い平和を願うならエヴァン王国だけが知っているのはおかしい、皆で共有するべきだと、マリアは考えたのだ。



マリアが説いたことは、あまりにも壮大な理想だ。ただし、とても幼い考えからくる理想。


誰もが差別なく平等に暮らすためには必要なことが山ほどある。

それなのに、それなのに、そのことを考える立場にある、理解しているはずの公爵令嬢であるマリアは分かっていなかった。


優しい言葉に包み皆に夢を見せ希望を持たせてきたマリア自身がわかっていなかったのだ。



差別のない平等など、誰も考えているが実現していない現実を。



「平等な暮らしには相応の義務が課される。今、この国の民たちにそれを強いるのか?教育を施されていない者たちが平等になって得るものは不幸だけだ」



ルトウィック公爵家とその周辺貴族たち以外はマリアの言動を危惧していた。

いつか必ず、反乱を起こすと。


平和を祈り願っているだけなら良かったが、平等を掲げ自由を夢に見て民たちを翻弄し始めた頃からマリアの言動を警戒していた。


ルトウィック公爵は娘を使い王族に成り代わろうとしていた。叶わなくても、国を作り分断すること企んでいた。



「ですが、私たちの得た富は、本来なら皆が平等に分け与えられるべきものです」


「それならば、お前は何故、その立場を享受している?何故、公爵家から出なかった?何故、婚約者に公爵家の嫡男を指名した?あの場には平民上がりの騎士もいた。慕う者がいれば申せと伝えた」



無意識、無意識にマリアは今の生活を捨てられなかったから公爵家の嫡男を選んだ。

人気があった、以前から気になっていたから手に入るなら、と、選んだ。



「お前が逃亡のために用意した馬車はローレンツ公爵家の物だ。何故、ローレンツ公爵家の馬車で敵国へと渡った?」



そんなこと言えるわけもない。

ローレンツ公爵家の馬車なら心配して国境沿いへ来たと思われ警備も手薄になるだろうと教えられていたなんて。


だって、簡単に国境を越える方法を聞いたら教えてくれたのだ。マリアを心酔する騎士が、ローレンツ公爵家の馬車を使えばいいと。


それに用意したのは自分ではない。マリアのために騎士が勝手に用立てたのだ。



「エドワード様は平和のために必要なんです!彼もまた、平等な世界を望んでいます!!彼となら、いえ、彼と共に平等な平和な世界を作りたいのです!」



マリアは自分は悪くないのだ、と。全ては差別意識の根強い貴族たちの思想の問題だ、平民たちの苦労をわかっていない、せっかく争いが無くなったのなら、国同士、手を取り合って未来へ進むべきだと。



「マリア嬢」



自論を述べるマリアに声をかけたのは婚約破棄を希望したキリトだ。


その、底冷えするような冷たい声にマリアの肩がびくりとする。



「貴方の世界は優しい。だが、とても残酷だ」


「な、にを?」


「世界は優しいだけではない。敵同士だった者が急に手を取り合うことは難しい。私達は感情のある人間なんです」


「お互いに許し合うと決めたのでしょう?それなら、敵だったなんてことは関係ありませんわ」


「貴方は愛する人や家族を殺されたことはありますか?」


キリトの質問の意味がわからない。

この国に住う民はマリアにとって愛すべき人たちだ。今回の争いで愛すべき人たちは命を落とした。

マリアだって悲しんだ。皆と一緒に祈りを捧げた。


「この国の方々は私が愛すべき人です。ですが、それはブラッド王国も同じことでしょう?」


この場にいる者の殆ど、いや、全員がマリアに恐怖する。あまりにも、根底から考え方が違うのだ。


「貴方はどの立場で話しているのです?マリア嬢は女王ではない、王族ですらない。それなのに『愛すべき人』だなんて神にでもなったつもりですか」


「私は聖女で公爵令嬢です!ですから、皆さんを愛すべき必要がある、と」


()()()()ではないのです。()()()()()人を殺されたことがあるか、と聞いているのです」


マリアには違いがわからない。

孤児院の子供も騎士もマリアにとっては聖女として癒すべき対象で愛すべき人たちだから。


キリトは溜息を吐きマリアに向き直る。

『わからない』そう、目が訴えている。


「今回の争いで多くの方が大切な人を失いました。それでも敵国だったブラッド王国と条約を結び手を取り合っていくことになります。ただそれは国同士で決めたこと。ですが、私達は手を取り合うと分かっていても、直ぐには受け入れられないのです。愛する人を殺した方と共に歩むためには時間が必要です」


「過去に囚われてはいけません。未来があります、希望を持ち歩むことが大切です。そのために、皆さんで手を取り合い協力していくと決めたのでしょう?」


「えぇ、そのために条約を締結します。ですが、貴方が民衆に向けて提言していることは夢物語だ。皆を惑わし国内を混乱に陥れる火種にしかならない」



争いはなくなった。悲しみを乗り越え、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、私たちも声をあげよう。皆で平等の社会を作り、話し合って争いをなくしていこう。


マリアが皆に話し、賛同した者が多くいる。

貴族も平民も、他国の人間も。

皆がマリアの考えを認めてくれているはずなのだ。



「火種?私は同じ過ちを繰り返したくないのです。特権階級にだけ与えられた権利を分配する、いえ、皆で意見を出し合うことで、より良い国を作ることができますわ」


「その時、貴方はどの立場にいるのですか?」


「わたくし?」


「えぇ、貴方、です」


「私は皆さんを導く存在です。皆さんが思う道を辿れるよう、お手伝いしますわ」


「ですから、それはどの立場なのですか」


「平等なのですから立場など関係ないではありませんか」


「いえ、貴方は自分が導く立場であり人の上に立つ存在だと仰っているのです」


マリアと話が噛み合わない。

理解してもらえない。

そのことが腹立たしくキリトの眉間に皺がよる。


「そのようなことは申しておりません。皆さんが困っているのなら、誰かが手を差し伸べる。私はそのお手伝いをしたいのです」


「聖女、という立場からですか?」


「ふふ、そのように見る方もいらっしゃるかもしれませんね。立場などどうでも良いのです。私は私として皆さんを導いていきたい、ただ、それだけですわ」


場違いにも、ふわりと笑顔を見せるマリアは自分のことが理解してもらえた、いや、キリトに聖女と認識してもらえて嬉しくなった。


「それは全て貴方のための平等で平和な世界を作るための戯言に過ぎない」


キリトの言葉にマリアはカチンと怒りを覚えた。自分勝手な女だと言われた気がしたからだ。


「私のためではありません。皆が望んでいることです」


「いいえ、貴方は聖女という立場に甘えている。聖女で公爵令嬢の立場を最大限に利用し失うことを恐れている」


「そのようなことはありません!立場など、平和で平等な世界では関係ないではありませんか」


どうしてわかってもらえないのか、エドワードは理解してくれた、賛成してくれたのに、目の前の婚約者は理解をしてくれない。マリアの言葉に反対するだけだ。


「貴方は平等と言いながら夢を見させ、裏では利益を得ていた。ルトウィック公爵家は、この争いで武器を密輸し膨大な利益を得て多くの年頃の孤児をブラッド王国へ奴隷として売り渡しエヴァン王国に剣を向けさせた。貴方は知っていたのでしょう?祈りを捧げる場にいた孤児達、身寄りのない者を選別して人身売買の一端を担っていた」


貴族会が騒然とする。

キリトの告げた言葉は信じ難いものだった。

提出された証拠は、ルトウィック公爵家の全ての罪を裏付けるもの。


国庫の横領もしていた。

子供達を売ったお金で贅沢をしていた。

敵国の男に貢いでいた。

婚約者がいるにも関わらず情を交えた。


マリアの、聖女マリアの裏の顔が暴かれる。

聖女の仮面を被った売国奴だと知らしめる。

醜いただ一人の女の顔を持っていた。


マリアは考えていなかった。

見ないふりをしていたのだ。

与えられる物を当然のように享受していた。



与えられた物の出所など考えたことがない。



ある者は国庫を、ある者は主の馬車を、ある者は身寄りのない子供を、ある者は望む宝飾品を、ある者は…………



マリアを心酔した者達がマリアのために用立てた物は、本来、マリアの物ではない。受け取るべきではないものばかりだ。



「私は、私はそのようなことはしていません!平等な平和のために必要な、皆が必要としている物なのです!!私のために、用意してくださったのです」


自分の手を汚さず与えられた物を受け取るのは大きな罪だ、と、マリアは理解できない。


マリア自分は間違っていないと叫び続けた。

全ての罪の証拠を提示されても認めない。



あの日、あの時、すでにマリアの囲い込みは始まっていたのだ。



婚約者を選ばせたのは高確率でキリト・ローレンツ公爵令息が選ばれると知っていたからだ。マリアがキリトを意識して好意を抱いていることも調べがついていた。


何故なら、マリアは大きな罪を犯していたからだ。


婚約者を決める二年前、マリアが悪気なく放った言葉は大きな事件となった。




「フォルスター侯爵家のディアナ様はキリト様に相応しくないわ。だってフォルスター侯爵家は国庫を横領しているそうじゃない。キリト様が可哀想だわ」


父親の部屋で見つけた横領の証拠となる書類を目にした。

そこには当時、キリトの婚約者だったディアナ・フォルスター侯爵令嬢の家が不正をしていると書かれていたのだ。


それを、マリアを心酔する者たちの前で話した。ちょっと話題作りのために、不確かな情報を話した。少し痛い目に合えばいいと、ほんの少し思ったのだ。


それは父親の罠だった。

わざとマリアの目につくところに書類を置き、口を滑らせるのを期待していた。

マリアは父親の思った通りの行動をした。

本当はルトウィック家の罪なのにフォルスター家の罪とした。捏造した証拠をマリアは信じたのだ。


それによりフォルスター侯爵夫妻は殺され、娘は行方不明となった。

そんなこと、マリアはどうでも良かった。何が起こったかなんて知らない。気づいたらキリトには婚約者がいなかった。ただそれだけだ。


フォルスター侯爵家は捏造された証拠により夫妻は殺された。娘が行方不明となった。その事実を聞かされてもマリアは自分は悪くない、捏造されていたなんて知らなかった。だから、仕方がないのだ、と。


ローレンツ公爵家は直ぐに動きフォルスター侯爵家を助けようとした。

それなのに、マリアを心酔する者達が先に動き夫妻を殺害、娘は行方不明となりローレンツ公爵家も王族も手を出すのが遅れてしまった。


全てはルトウィック公爵の筋書き通りだった。フォルスター侯爵家の持っていた権利を奪うために仕組んだ。だから、誰よりも早く動き全てを終わらせた。


王族とローレンツ公爵家、その周辺貴族は、ルトウィック公爵家に罪を償わせる時期を見計らっていた。


そこでローレンツ公爵家の嫡男を生贄にしようと考え、本人も了承した。


マリアに接触し、隙を作ろうと。

思惑通りキリトはマリアに選ばれた。

自分の婚約者を行方不明にした罪深い女の婚約者になり復讐することを誓った。








貴族会で罪が暴かれてから数日後、聖女マリア・ルトウィック公爵令嬢とルトウィック公爵家、関係する貴族の罪が公表された。

ルトウィック公爵よりもマリアの罪に民は興味を持った。



自分達が聖女と崇めた女は、自分達を食い物にしていた悪女だったのだ。

誰もが羨む婚約者がいながら敵国の男と情を交わし生死不明の婚約者を蔑ろにした。


国の情報を売り渡し、エヴァン王国だけではなく、周辺諸国を我が物にするために混乱を招いた史上最悪の悪女として皆の記憶に残った。



マリア・ルトウィックは聖女の称号を剥奪され、民衆の前で処刑された。

それでも、最後まで罪を否定し夢物語を語っていた。






それから一年が経ち、偽聖女マリアの話題も落ち着いた頃、エヴァン王国では新しい門出を迎えた二人を祝福する人々で溢れていた。



偽聖女マリアにより愛する婚約者と引き離されたキリト・ローレンツ公爵令息と、行方不明だったディアナの結婚式が執り行われた。


英雄と悲劇の令嬢の結婚式は盛大に執り行われ、来賓としてブラッド王国の王太子や大使を招待した。


この一年で互いに歩み寄り、手を取り合い、わかりあうために意見を交わしたブラッド王国の来賓の中には、金髪に翡翠の瞳をした男がいた。その男はブラッド王国の王太子の側近だという。




マリアが恋した男の正体はわからない、何故、ディアナが無事だったのか、そんな些末なことは歴史に残らない。



偽聖女マリアによる国家転覆、国家反逆罪と密通によりエヴァン王国が危機にあったこと、英雄となった騎士が罪を暴き、争っていたブラッド王国との停戦条約を結んだこと、その数年後に友好条約が結ばれて、国家間の蟠りを解消した。



遠い未来、歴史に記された事実の真相を知る者はいなくなる。

事実を残し失態を糧にする。



これにより、エヴァン王国を含めて多くの国で聖女と持て囃される者はいなくなった。




「ディアナ、やっと、君を幸せにできる。待たせてすまなかった」


「ずいぶん待ちました。とても寂しかった。苦しかった。だから、その分、一緒に幸せになりましょう?」


「約束するよ」



英雄は愛する人と幸せに暮らした。

引き離された愛しい人をその胸に抱き、生涯、ただ一人だけを愛すると誓って。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

連載にすれば矛盾点の解消、回収漏れをスッキリさせることが出来るかもしれません。

短編だと書ききれないことが多くありすぎる。


高位貴族でお姫様として育った令嬢が偏った教育をされ聖女と持て囃され、かつ、話が通じないほどの理想論を抱えていたら、とてつもない脅威だと思い、ちょっと書いてみよう!の軽さで書き始めました。

ある意味、悪役令嬢物のヒロインより恐ろしい女です。



この話が受け入れられるものなのかを試すために短編で公開してみました。

作者のメンタルやわすぎなので、矛盾や回収漏れを指摘されても困ります。皆様の脳内補完に期待します。

反応を確認したいので、★評価いただけると、今後の参考になります!


▼連載中

「男装令嬢は王太子から逃げられない〜義家族から逃げて王太子からの溺愛を知りました〜」

https://ncode.syosetu.com/n4328gm/


▼完結

「狂う程の愛を知りたい〜王太子は心を奪った令嬢に愛を乞う〜」

https://ncode.syosetu.com/n4767gl/


他にも短編を公開しています!

作者マイページからご覧ください♡


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こういうドロドロしたことが起きてたのが過去の王国制の時代なんだろうなぁ…。 平等とはよく使われるし耳障りがいい上、実現できたら最高なものですが、現実から最も遠いものですからね…。 英雄さん…
[一言] ブックマークし忘れてずっと探してたので、再び読めて嬉しいです これでいつでも読める! たしかに聖女は途中まで○ンダム○eedのピング姫を連想させる恐怖キャラでした(通称種、種運命とかいわれ…
[一言] 聖女は父親の道具にされた哀れなおバカさんってだけだったけど、戦争前から聖女の父親が犯罪を犯している事実を掴んでいながら国民をペテンをかけてまでわざわざ大々的に聖女の婚約イベントを仕掛けたり、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ