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07.奥方様












 翌日、祭りの片づけを行ったが、なんとなくみんな浮かれ気分が続いていた。ルイシーたちもなんとなく浮かれ気分のまま手伝っていたが、彼らと『銀葉』の一部は、午後から作戦会議に行かなければならない。それまでに気持ちの切り替えが必要かな、と思っていた時だった。


「あれ? 奥方様じゃないか?」


 ルイシーの隣で作業をしていた男がそう言って首を傾げた。視線を追うと、四十ばかりの女性がふらふらと歩いていた。憔悴しているのが見て取れるが、美しい女性ではあった。華やかであっただろう美貌に、なんとなく見覚えがある。

「……奥方様、ということは、リーリェン殿の母上か」

「ん? ああ……そうだな」

 正確には奥方様ではないが、そう呼んでいるのだろう。


「館から出てくることはめったにないんだけどなぁ」


 と、彼は珍しげにグォシャンの奥方を眺めた。ルイシーも思わずまじまじと眺めてしまった。ぶしつけだが。あまりリーリェンとは似ていない。静謐な美貌の彼女より、姉のリージュの方が母親に似ているのだろう。


 ふいに、目が合った。青白い顔が驚愕に彩られ、目が見開かれた。まっすぐにルイシーの方に向かってくる。


「お前……! なぜここに!」


 隣の男が「知り合い?」と尋ねてくるが、あいにくリーリェンの母とは面識を得た覚えがない。とりあえず様子を見ていると、彼女はやはりルイシーの元へたどり着いた。その襟首をつかみ上げられる。

「ちょ、奥方様!」

「お前は私の娘を奪った! 返せ、返せぇっ!」

 つかまれた力は弱い。揺さぶられても小動もしない程度だ。しかし、ルイシーは彼女の言葉の方が気になった。まさか、知っているのだろうか?


「母上!」


 いつもは探される側のリーリェンが、血相を変えて駆け寄ってきた。いつもは表情が変わらないのに、今日は焦っているのが目にも分かる。


「母上! やめろ! その人は関係ないんだ!!」


 初めて会った時以来聞いていない怒鳴り声に、ルイシーの隣の男の方が「ひっ」と悲鳴を上げた。怒鳴られた母親の方はルイシーから手を放さずに言った。


「うるさいっ! 娘、娘がお前などにっ!」

「母上!」


 今、彼女を引き離そうとしているのも娘のはずだ。だが、母親が呼んでいるのは後宮に召し上げられた上の娘の方。下の娘が必死に呼んでいるのに見向きもしなかった。


「っ! いい加減にしろ! その人は、主上ではない!!」


 ついにリーリェンが母親をルイシーから引きはがした。母親より背の高いリーリェンが暴れようとする母親の両腕を背後からつかむ。


「あなたには関係ないわ! 放して! 私はこいつを!」

「落ち着け! 彼にあたったところでどうにもならん!」


 必死な母娘に、手を出した方がいいかルイシーは迷ったが、その前にリーリェンが母親を気絶させた。気絶した母親を支えながら、リーリェンが頭を下げた。

「すまん。迷惑をかけた」

「いや……大丈夫か?」

「私か? 私は元気だな。母は大丈夫ではない」

 そりゃそうだ。どう見ても錯乱しているようにしか見えなかった。

「姫様……何かあったので……?」

 ルイシーとともに作業をしていた男が恐る恐る尋ねた。リーリェンは「うん」とうなずく。

「目を離したすきに出て行ってしまった。どうやって出たんだろう……」

「それ、普段みんなが姫様に対して思ってますよ」

 男のツッコミは尤もだった。リーリェンはわずかに眉をピクリと動かしただけで、それ以上の反応は見られない。

「館まで母君をお連れしようか?」

 体格的にリーリェンは母親を運べるだろうが、ルイシーはそう申し出た。領主が母親を背負って歩くのは、ちょっと間抜けだ。まあ、金華の民には見慣れたものかもしれないが。

「いや、いい。お前の顔を見てまた暴れたら面倒だ。さすがに監禁はしたくないからな」

 本気か冗談か測りかねる発言をされた時、「姫~!」とこの頃聞きなれた声が聞こえた。護衛のシンユーだ。


「姫! あ! いたんですね!!」


 よかった! と叫ぶシンユーに、リーリェンはいつものノリで「声が大きい」と苦言を呈した。

「目を覚ましたら面倒くさい」

「もう……仲良くしてくださいよ」

「母にその気があるのならな」

 基本的にそっけないリーリェンであるが、母に対してはことさら冷たい気がした。シンユーに母を預けたリーリェンに声をかける。

「会議は?」

「予定通り行う」

 騒がせたな、とリーリェンは颯爽と去っていった。何やらシンユーに突っ込みを入れている。

「あんなに血相変えた姫様、久々に見たよ」

 そう言って彼は笑い、ルイシーは昔は表情筋が仕事をしていたのだな、とぼんやりと思った。


















 ルイシーが宮を訪れたのは、約束の時間よりずいぶん前だった。ヨウリュとシャオエンも一緒である。久しぶり……というほどではないが、ランウェンに挨拶をする。

「こんにちは、ランウェン殿。お邪魔します」

「まあ、いらっしゃい。お早いですねぇ」

 にこにことランウェンが出迎えてくれた。神官や見習いたちは出払っているようだ。ちょうどいい、とルイシーは尋ねた。

「先ほど、リーリェンの母君に会いました」

「ああ……抜け出したようですねぇ。まったく、妙なところだけ似ている」

 そう言いながらランウェン自ら茶を出してくれようとするので、ヨウリュが変わった。ランウェンはルイシーの向かい側に座る。


「リーリェンは、母君と折り合いが悪いのですね」


 だいぶ優しい言い方だ。はっきり言えば、仲が悪いのだろう。ランウェンはヨウリュが出したお茶を一口飲み、口を開いた。


「わたくしから話すようなことではないというのは簡単ですが、そうですねぇ。あの子はあなた方に心を許しているようですから」


 そう言って、ランウェンは話してくれた。

「ご存じかもしれませんが、リーリェン様はもともと、神官になるべく修業をしておりました。それが、十二歳の時、姉のリージュ様が後宮に収められたことで、急に時期領主というお役目がその身に降ってかかったのです」

 このあたりは知っている話だった。リージュが王の後宮に収められなければ、リーリェンは神官になっていただろう。


「もともとあの子は、よく笑い、よく泣く朗らかな子でした。じっとしているより動き回る方が好きで、よくクゥイリー……母親に叱られておりました」


 感情の豊かさは今のリーリェンからちょっと想像しにくいが、やたらと行動力があるのはわかっているので、子供のころからはねっかえりだったのだろうと想像できた。


「幼くとも、リーリェン様は聡明でした。おそらく、領主としての才能で有れば、リージュ様よりも上でしょう」


 それはルイシーも理解できるところだ。リーリェンは上に立つ人間というものを理解し、その振る舞いをできる。


「リージュ様が後宮に収められた後、リーリェン様はグォシャン様の元で領主になる勉強を始めました」


 朗らかだった表情は硬くなり、泣かない子供になった。グォシャンも気づいていただろうに、どうすることもできなかった。父にも、娘にも、リージュが奪われたという喪失感が渦巻いていて、それを互いに理解していた。だからこそ、どうすることもできなかった。下手なことを言えば、リーリェンが崩れてしまうことをわかっていた。

 しかし、それだけならまだ救いはあった。少なくとも、リーリェンとグォシャンの間にあるものは、時間が解決できるものだった。だが、母クゥイリーは違った。


「何も、初めからリーリェン様を嫌っていたとか、そういうことではないのです。ただ、クゥイリーは大切に育てられた箱入り娘で、娘たちに『女の子らしくあること』を求めていました」


 その基準を満たしていたのがリージュ、満たせなかったのがリーリェンだ。それでも、クゥイリーは姉妹が一緒の時は、分け隔てなく愛していた。


「それでも、自分の娘が奪われたということに耐えられなかったのでしょう……。リーリェンも、次期領主として立派になるということは、クゥイリーが求める女の子らしさとはかけ離れてしまうということです」


 クゥイリーは、リーリェンたちの母は、恋しいのだ。家族がそろって、幸せに暮らしていた時のことが。

 それはリーリェンだって同じだろうに。悲しみのあまり、近くにいる変わってしまった娘を見られずにいる。ランウェンはそう言ってため息をついた。

「クゥイリーが取り乱すほど、リーリェン様もかたくなになってしまわれて。クゥイリーに至っては、すでに自分の娘を認識していないでしょう」

「……」

 なかなか深刻だな、と思った。可愛そうだとか、気の毒だとか、言い方はいろいろあるが、そのどれもリーリェンは受け入れないだろうと思った。


「あなた方がいらっしゃって、リーリェン様も少し楽しそうなのですよ。ありがたいことです」


 ランウェンはそう締めくくったが、たぶんそれはルイシーたちがリージュの情報を持ってきたからではないだろうか、とはさすがに言えなかった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リーリェンの外見は父親似。でも、性格は母親似。二人とも若干ヒステリー。

ただ、領主としてふるまっているリーリェンは父親に似ていると言われることが多い。


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