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06.春祭り













 リーリェンが屋敷に入ったのを見送り、ルイシーが借り上げた家に戻ると、他の二人も戻ってきていた。

「ああ、お戻りですか。早かったですね」

「通りでリーリェン様と逢引きしてたって聞きましたけど」

 ヨウリュとシャオエンににやにやと言われ、ルイシーは苦笑を浮かべた。


「茶屋で会ったんだ。シャンリンという巫女が、『祠』とやらを見に行っていたそうだが、何か知らないか?」


 買い物と手伝いという名の情報収集に行っていた二人に尋ねると、シャオエンがまず口を開いた。


「ああ、ほら、金華は結界で守られているって言ってたじゃないですか。その基点の一つである祠には神器が祀られていて、それで結界が張られている……らしいんですけど、その神器が壊れていて調査に行ったらしいです」


 『銀葉』がかなり動員されたようですよ、とシャオエン。なるほど。先日妖魔が侵入してきたのはそのせいか。リーリェンが焦るのもわかる。

「私たちが金華に来た時、リーリェン様は臥せっていらっしゃったでしょう。それが、あの方が神器を修復しようとしたときに妖魔に襲われた怪我なのだそうです。『銀葉』の多くが動員されたのは、そういう背景があるのでしょうね」

 ヨウリュも聞いてきた話をした。ルイシーが聞いた話を総合すると、神器を修理できるのはリーリェンかランウェンだけ。リーリェンは神器を修復するために町の外に出ようとしているが、前科があるのでシンユーたちは引き留めたい、ということか。

「……次、リーリェンが外に出るとき、同行してほしいと頼まれた」

「よかったじゃないですか。そのまま『銀葉』に入り込めるといいですね」

 ヨウリュの言葉に、言い方、と思ったが、間違ってはいないので指摘はしなかった。もともと軍人の彼らなら、『銀葉』でも多少役に立てるはずだ。


「そういえば、もうすぐ春祭りだって街の人が言ってましたよ」


 シャオエンが思い出したように言った。桜の咲く時期に祭りをする地域は多い。金華でもそうなのだろう。

「毎年、舞を奉納するらしいです。去年まではリーリェン様が舞姫だったらしいですけど、今年はどうですかね」

 去年なら、リーリェンはまだ領主ではない。しかし、今は領主だ。舞姫を引き受けることはないだろう。


「リーリェン様の舞、きっときれいだったでしょうねぇ」


 意味ありげにヨウリュがルイシーを見ていたが、彼は別のことが気になっていた。


「リーリェンが祭祀に関わっていたということは、やはり彼女は巫女なのか?」

「神官修業はしていたようですよ。もともと、お姉様がいらっしゃいましたからね。リーリェン様は領主になるはずではなかった。適正も高かったので、神官見習いとして宮に出入りしていたそうですね」


 ヨウリュの言葉に、それでリーリェンかランウェンか、ということになっているのか、と理解した。もともと神官になるはずだったリーリェン。その適正もあった。それでも、姉が奪われたこと、父が病死したことで領主にならざるを得なかった。

 それでも、彼女に言った通り、彼女には王の器があると思う。主君たる資格がある。努力もあるのだろうが、いくらかの才能もあるのだろう。上に立つ人間はそういうものだ。














 ルイシーたちも祭りの準備に参加させてもらった。祭りの準備は新鮮で楽しく、領民たちも楽しげだった。相変わらずリーリェンは街をうろうろしていて、子供たちにねだられて遊んだりしていた。大人たちが祭りの準備にかかりきりなので、寂しいのだろう。自分たちの領主に子供たちがなついている様に、領民たちはほほえましそうにするが、通常ではありえない光景ではある。


 舞台が設置され、神器などが飾られる。ランウェンも監修をしにたびたび広場まで下りてきた。

「姫様。今年は姫様が躍らないの?」

「踊らない。私は領主だから、資格がない」

「資格?」

「ああ。もう少し大きくなったら、親に説明してもらえ」

 まるっと面倒なことを投げているが、リーリェンは子供の相手がうまかった。面倒見の良い娘なのだろう。準備には口出しせず、子供たちに祭りの謂れを語ってやったりしていた。

「春祭りは、豊穣祈願の祭りだ。今年も作物がたくさんできますように、ってお願いするんだな。舞は神様への捧げもの。今年の舞姫はシャンリンだ」

「シャンリン姉ちゃんかぁ」

「シャンリン姉ちゃん、この前裏の兄ちゃんに飛び蹴りかましてたぜ」

「その話を詳しく」

 子供たちとよく話が合うな、と思ったが、リーリェンも考えてみればまだ十七歳。子供とは言えないが、ちょっと前までは子供だったのだなぁと思った。


 そんな風に子供たちと遊んでいたリーリェンであるが、何も遊ぶだけに外に出てきたわけではないらしかった。なぜなら、祭りの時には桜が咲き誇っていたからである。ちょっと術を使って開花を早めたのだそうだ。

 春祭りは、さすがのリーリェンも女性の正装だった。ちなみに、普段は男装姿でうろうろしている。深紅の襦裙がよく似合っていた。舞姫のシャンリンは白い衣装を身にまとい、円形の舞台で舞っていた。長い布を持ってそれをひらめかせながら舞い踊る。


 舞が終わり、ランウェンによる一通りの儀式が終われば、そのまま宴会のような騒ぎへと移った。

「こういうのはどこでもいっしょなんですね……」

 ヨウリュがちょっとあきれたような、ちょっと楽しそうな声で言った。リーリェンが座っていた席にはすでに誰もおらず、館に引っ込んだのかこの人ごみに紛れ込んだのか。平均的な体格の彼女を、この中から見つけ出すのは難しいだろう。

「お兄さんたちもどうぞ!」

 と、なぜか酒と串に刺した肉を手渡された。もらった肉をほおばりつつ、酒をあおったが、飲んでからこれはお神酒なのではないだろうかという気がした。

「楽しいですねぇ」

 シャオエンがわくわくと言った。こいつ、一番祭りを楽しんでいる。とはいえ、もみくちゃにされかけたのでその場を離れる。

「もうすぐ花火が上がるぞ」

 路地裏からそんな声が聞こえて、三人は振り返った。リーリェンが手に肉饅頭を持って立っていた。闇に紛れる黒い衣を身にまとっている。さすがにシンユーとズーランを連れていた。撒けなかったようだ。

「……お前、街で会うたびに何か食べてるな」

「館ではこういうものはあまり出てこないからな」

 そうだが、そうじゃない。その食べたものはどこに消えているのかと聞いているのだ。リーリェンは一般的な背丈にほっそりした体格をしている。


 ドン、と大きな音がした。時差なく花火が空に咲く。六人そろって空を見上げる。

「去年まで、祭祀は私の役割だったのだが」

 領主と兼任はできないと、以前も言っていたか。確かに、領主と神官では役割が違う。

「シャンリンが舞っているのを見て、こういう風に見えていたのか、と思うのと、私の役割は変わったのだな、と思い知った」

「……姫ぇ」

 シンユーが情けない声を上げる。ズーランが首をかしげて、「リーリェン様、よくしゃべりますねぇ」と言った。

「自覚はあるな。ルイシーたちが外から来た人間だからだろう」

「……私にも言えない? 幼馴染なのに」

 ちょっとむくれてズーランが言った。そうか。同じくらいの年に見えたが、正しく幼馴染であるらしい。

「親しいからこそ言えないこともある」

「今言ってますよ」

「それもそうか」

 シンユーに突っ込まれ、リーリェンはうなずいた。表情は相変わらず変わらない。


「明日、神器の修理へ向かうための作戦会議を行う。お前たち三人の中の誰かも参加してくれ」


 一人の少女だったものが、急に領主になり、ルイシーたちは戸惑った。「わかりました」と最初に答えたのはヨウリュだった。

「場所は領主館でよろしいですか」

「いや、宮の方だ。うちには母上がいるからな」

 リーリェンの言葉の意味は、ほどなく知れることになる。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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