特別編:その8
ズーランもそうだが、リージュもリーリェンを着飾らせるのが好きだ。春に再会したころは、王に目をつけられるまいと必死だったが、リーリェンが女王になった今、どれだけ彼女を豪奢に着飾らせようと誰からも苦情はない。むしろ、その状態が当然なのだ。
リーリェン自身はお洒落などにも興味はあるようだが、お洒落と実用性を比べた結果、実用性が勝つらしい。なので、毎朝、女官たちと攻防戦だ。今更着飾るのが恥ずかしい、というのもあるだろう。リーリェンは案外恥ずかしがり屋だ。そこが可愛いのだけど。
毎朝攻防戦なリーリェンと女官たちだが、彼女はリージュが相手だと比較的言うことを聞く。なので、女官たちは困るとリージュの元へやってくるようになった。後宮を解放し、多くの女官をお役御免にしたリーリェンだが、ただ追い出しただけではなく就職先をあっせんしたりもしていた。女官たちの扱いもいいので、意外と人気のある女王だ。まあ、彼女は指示を出しただけだが、ここ百年、僑ではなかったことだ。誰かがちゃんとした女王、と言ったのは間違いではないと思う。
話を戻して。
「寒い」
火を焚いているとはいえ、風呂上がりに薄着でいたリーリェンは、さすがに苦情を述べた。寒さに強い彼女だが、もう半刻はこの状態なので。ズーランと衣装選びをしていたリージュは適当に厚手の褙子を羽織ったリーリェンを見る。
「なら、あなたも好みを言いなさいな」
「そうですよぉ。せめて色とか」
「黒」
「喪中じゃないのよ」
「では青」
リーリェンは濃い色を選びがちだな、と思う。どこか静謐な雰囲気が、淡い色を寄せ付けないのだろう。桃色や黄色が似合わないのは事実だ。淡い色にするなら、どこかに濃い色の差し色を入れなければならないだろう。
「水色にしましょうか。濃い紫の差し色を入れれば大丈夫でしょう」
「珍しい感じでいいですね!」
ズーランと一緒にリーリェンに衣装を着せていると、ふと気づいた。
「あら、ちょっとふっくらしてきたわね」
「……」
リージュにはあまり向けられない、いやそうな目が向けられた。表情は変わらないが、目は結構雄弁である。リージュは笑った。
「気にしてたのね」
「いや、ファジュンにはもう少し太れと言われた」
「どう考えても、あたしより腰が細いですもんね」
ズーランがリーリェンの腰のあたりに抱き着きながら言った。リーリェンは生真面目に「骨格の問題では?」などと言っている。いや、そうなんだけど。
まじめな話、これまで食べても全くと言っていいほど身につかなかったのに、この時になって身につくようになった。一般女性の倍近く食べているのに、全く身につかないのは奇異であったが、これはこれで不安になる。
そもそも、リーリェンは持っている能力が強いため、人より多く食べる必要がある、と金華の神官のランウェンも言っていた。だが、それを差し引いても全く身にならないのはおかしいと思っていた。食べた分だけ消費されていたのだろうが、なぜ今になって。
軽やかに笑っていたリーリェンを思い出す。もしかして、心につかえていたものがなくなったからだろうか。そうだといいな、と思う。
「よし。可愛いわよ」
されるがままだったリーリェンを満足して眺めた。服は着てくれるが、髪は儀式などの時以外は結い上げられると嫌がるので、編み込んでたらしているだけだ。それでも、着るものだけで格段に雰囲気が違う。問題は、寒色系の衣装なので、彼女が可愛いと言うよりは怜悧に見えることだろうか。
「可愛くはないな」
その物言いが可愛くないのだ。たぶん、本人もわかっているのだろうが。
「そうね。ルイシー殿に言われたいわよね」
「……」
からかうと、またリーリェンに嫌そうな目を向けられた。素直じゃない。そして可愛い。
「……戻る」
「ええ? お茶は?」
もともとの誘い文句であるお茶をしようと思っていると、リーリェンは椅子から立ち上がって言った。いつもより襞の多い裳をひるがえし、本当に立ち去る気だ。
「そろそろ一刻たつ。さすがに、みんな出仕してきているだろ。言い訳は聞く気ないけど」
ないのか。まあ、リーリェンはリージュにとって可愛い妹であるが、この国の女王でもある。リージュには政治のことはわからないが、いつまでも遊んでいるわけにはいかないだろう。少なくとも、午前中はズーランと雪遊びをしていたし。
「そうね。無理しないのよ」
リージュはズーランとともにリーリェンを見送った。女官長のファジュンなら宮廷にまで入れるが、ただの女官扱いのズーランは内朝までしか行けないのだ。
「大丈夫かしら、あの子」
「基本的にはまじめですもんね、リーリェンって。まあ、領主の時も大丈夫でしたし、大丈夫ですよ」
ズーランがさらりと答えた。リーリェンをずっとそばで見てきた彼女がそう言うのなら、そうなのだろう。
「それに、よく笑うようになりましたし」
「ああ……そうね」
思慮深いと言うか、気難しいところのあるリーリェンだ。じゃじゃ馬だった子供時代から、その傾向は見られていた。それを、よくもまあルイシーはうまく解きほぐしたものだと思う。
「リージュさんだって、ルイシー様だっているし。疲れたら甘えに来ますよ」
ズーランはそう言って遠慮なく月餅をほおばる。前向きな子だ。少々後ろ向きなところのあるリーリェンとは、いい組み合わせなのだろう。
「リーリェンはズーランにだって甘えに来るでしょう? 一緒に遊ぼうなんて、わたくしには言わないわ」
「まあ、あたしはリーリェンと一緒に大きくなりましたから。年も同じですし」
リージュとリーリェンは年が離れている。ルイシーとリーリェンも、同じくらい年が離れている。年が近いもの同士の方が言いやすいことだってあるだろう。
「そうねぇ。ズーラン、ありがとう。あの子と一緒にいてくれて」
「一緒にいることしか、できなかったですけど」
そう言って彼女にしては珍しく苦笑を浮かべる。だが、ずっと一緒にいてくれた彼女が、どれだけリーリェンの救いになっただろうと思うのだ。
「そういえば、リーリェン、胸も大きくなってました。やっぱりもむと大きくなるんですかね」
「……どうかしらね」
リージュは曖昧に答える。リージュも、明らかに胸元の布地を押し上げる量が増えたな、とは思っていた。全体的に肉付きがよくなってきたので、それに合わせて大きくなったと考えるのが自然だが、もんだ、というよりもまれたため、と考えることもできる。俗説であるが。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
真面目にマジレスを返してくるのがご都合ルートのヤン・リーリェンです。




