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明日が見えなくても  作者: 雲居瑞香
別版の話(IFルート)
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特別編:その7










 朝起きると、薄い夜着姿で、リーリェンが窓辺に立っていた。玻璃の窓から外を眺めている。ルイシーは起き上がると、厚手の褙子を持って彼女に近づいた。


「冷えるぞ」

「ああ、ありがとう」


 強力な火炎を操る彼女は、どうやら寒さに強いらしいと、この冷え込んできた晩秋で気づいたが、それでも冷えないわけではない。実際、ふれた腕は冷たくなっていた。褙子の上から彼女を抱き込む。

「何を見てたんだ? ああ、雪か」

「うん……ずいぶん降るのが遅いな」

「いや、京師じゃ早い方だな。金華は京師より北にあるから、冬の初めも早いんだろ」

「そう言うものか」

 納得したようにうなずき、リーリェンはルイシーの腕に両腕で抱き着いた。ルイシーは苦笑を浮かべる。

「やっぱり寒いんじゃないか」

「触れるのは好き」

 柔らかな感触が腕を包み込んでいる。だいぶ甘えてくるようになったな、と少し感慨深い。そのまま抱き上げようとしたとき、激しく扉を叩く音がした。


「主上! 主上、ご在室でしょうか!?」


 一応女王の寝室にまで乗り込んでくるとあって、女性官吏の声だった。ルイシーとリーリェンは顔を見合わせた。













「ずいぶん積もったな」


 リーリェンが驚いた表情で言った。まあ、ルイシーが分かる程度の変化なので、周囲には無表情のままに見えただろう。外を覗いてのリーリェンの言葉である。初雪だったと思うのだが、リーリェンの腰のあたりまで雪が積もっていた。


「異常気象か」


 ランウェンなら何かわかるかもしれないが、リーリェンは攻撃能力に振り切っているのでわからないそうだ。ルイシーも外を覗きながら言う。

「京師でこれだけ降るのは珍しいな」

「そうなのか……金華では大雪で外を出歩けないなんてよくあったが」

 結局、ルイシーは金華の冬を知らないので、ここより寒いのだろうな、ということしかわからない。

「それで、あの……登城できないという知らせが、官吏たちから……」

「その知らせを持ってきたのは使用人だろう。彼らが来られたのに、登城できないとかいう馬鹿な話があるか」

「す、すみません……」

 リーリェンを呼びに来た女性官僚が涙目になる。リーリェンの言い方がきついので無理もない。

「お前のせいではない」

「……はい」

 うなずいたその女性官吏が顔を上げる。リーリェンに叩かれてもめげないので、彼女の側近くに控えることになったのだろうか。だとしたら、ちょっとかわいそう。

「どうします? さすがに宮廷の機能を止めるわけにはいきませんよ」

「わかっている」

 外に近い場所から中に戻りながら、ヨウリュが言った。彼もなかなか言葉がきつい。リーリェンと話していると、お互いに言葉を豪速球で投げ合っているようにしか見えないが、これでなかなか気が合っているのだ。これでも。


「禁軍に雪をどけさせろ。鍛錬代わりになるだろ」

「そうですね」


 ヨウリュがすぐに応じたということは、同じことを考えていたのだろう。ルイシーはふと尋ねる。

「お前の能力で融かせないのか」

「融けるな」

 サクッと答えられ、ルイシーは戸惑う。リーリェンは「別に嫌がらせじゃない」と言われた。別に疑ったわけではない。

「雪が融けると、何になるか知っているか」

「水。……ああ、水の行き場がないんだな」

「そう言うことだな」

 おそらく、リーリェンの火力なら雪を一気に融かすことができる。しかし、雪が融ければ水になる。その大量の水はどこへ行くのか。地面に吸収されるにしても、限度があるというものだ。ゆっくり融けていくから吸収されるのだ。


「雪を一気に水蒸気にまで昇華させる方法もないではないが、私一人では無理だな。さすがに必要な霊力が桁違いだ。金華ではやったことがあるが、あの時はおばば様に母上に、何人かの巫覡に協力してもらったな」


 そこまで人を集めなければならないのか。というか、クゥイリーが参加しているということは、リージュが召し上げられる前の話だろうか。

 禁軍が雪かきを始めた。最終的には国軍まで動かし、一代事業になってしまった。リーリェンは「人を殺すわけでもなく、平和的に民に感謝される。結構なことじゃないか」と言ってのけた。それもこれも、官吏を登城させるため。彼女も女王業が板についてきた。


 その女王業が板についてきた少女だが、革長靴や外套を着こみ、雪の積もる庭に出ていた。ズーランと一緒に雪だるまを作っている。なぜこうなったのかはわからないが、少女たちが楽しそうなので良しとする。


「あら、楽しそうですねぇ」


 やってきたのはリージュだ。リーリェンも一人で出歩く癖があるが、姉の彼女もそうらしい。しかし、今、禁城内がスーユェンが支配していた時よりもはるかに安全なのは事実だ。

「リージュ殿も参加してきてはどうです?」

「あら。私はあれほど子供ではありません」

「……」

 リージュもリーリェンを子供だと認識しているらしい。若くして重責を背負うことになったリーリェンだから、大人びたしっかり者であるとは思う。しかし、こうして子供っぽいことをしたりもする。そのことに、ちょっと安心する面もある。

 たぶん、ああしてため込んだものを解消しているのだと思う。奇行は目立つものの、意味がないわけではない。普段は堅苦しく女王なぞをやっているのだ。たまには友人と二人で遊ばせてもいいだろう。


 ……かまわれなくて、ちょっと寂しいが。


「リーリェンにかまってもらえなくて残念ですね」

 にこっと邪気なく笑いながら、リージュが言ってのけた。ルイシーはリージュのこういうところが苦手だ。察しが良すぎる、というか。

「……まあ、否定はしませんが。リージュ殿はどうしてここに?」

「ファジュンから主上が風邪をひくと苦情が来ましたの」

 ファジュン、というのは女官長だったか。女王の健康を管理する立場としては、確かに風邪をひかれては困るだろう。


「リーリェン! ズーラン! 冷えたでしょう。お茶にしましょ!」


 リージュが呼ぶと、はあい、とズーランから返事があって、ぱっと駆け出そうとした。が、深い雪に足を取られて顔面から雪の中に突っ込んだ。雪が緩衝材になって痛くはなかっただろうが。

「大丈夫か」

 ルイシーが慌てて手を貸そうと雪の中に足を踏み出すが、その前に朗らかな笑い声が響いた。リーリェンだった。からからと、聞いたことがないほど楽し気な笑い声だ。

「もう! 笑ってないで助けよぉ」

「ごめん」

 笑いながら、リーリェンはズーランを引っ張り起こす。ルイシーの出番はなかった。

「うー、寒い!」

 ルイシーたちが二人を眺めていた渡り廊下に戻ってくるころには、リーリェンもいつも通りの無表情に戻っていた。


「あらあら。冷えちゃったわね」


 リージュがズーランを見て苦笑した。リーリェンがルイシーを見上げる。

「お前も一緒に来る?」

 なんとなく期限がよさそうなリーリェンに苦笑しつつ、ルイシーは「雪かきの方手伝ってくるよ」と言った。スーユェンが王だったころには絶対になかった事態だ。興味があるし、雪だからとこもっていたら体がなまる。

「わかった。無理はするな」

「ああ」

 触れた髪は冷たくなっていた。この時期にこれだけ寒いのは珍しいな、と思いつつ、ルイシーは女性陣と別れた。さすがに、女子会に乱入できるほど図太くはないのだ……。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


さりげなく爆笑するリーリェンを入れてみた。


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