特別編:その6
前半はリージュ視点。後半、というか最後はルイシー視点。
引き続き、R15注意報。
沈黙が続いた。リーリェンのことだから、答えは出ているのだと思う。昔から、泣き虫で感情の起伏が激しい子だったが、果断な子だった。だから、ためらってもここで決断してしまえば、前に進めるはずなのだ。
それをリーリェン自身もわかっているのだろう。一度息を吐いてから口を開いた。
「私で満足できるのだろうかとか、そういうこと」
言ってから卓子に顔を伏せたのでさすがに恥ずかしかったようだ。わかってるじゃないか、とリージュは妹の頭をなでる。相変わらず結い上げずに編んでいるだけだ。
「まあ私が言うのもなんだけど、ルイシー殿はリーリェンが好きなのだから、気にしないと思うわよ」
「わかってる……でも私は、華奢と言うより骨と皮だ……」
「そこまでではないと思いますが……」
太れと言ってしまい、責任を感じたのかファジュンが戸惑いながら言った。リーリェンは顔をあげない。これは恥ずかしがっているというより、すねていると見た。
リージュとリーリェンの母クゥイリーは、おてんばなリーリェンを「そんな不器量な子はお嫁にいけない」と言ってよくしかっていた。その時はそれほど気にしているようには見えなかったのだが、もしかして、実は気にしていたのだろうか。
というか、昔は華奢だと思うほど細くはなかった気がする。太っていたわけではないが、子供らしい柔らかさがあった。何かに抑圧されて食べたものがそちらに消費されているのだろうか。
「胸はもむと大きくなるって言いますけど」
「それは俗説なのでは?」
ズーランと、ファジュンまで何やら変なところに足を踏み入れそうになっているのに気づき、リージュは話を戻した。
「とにかく、リーリェンはルイシー殿にそのまま思ってることを言ってみなさい。中身があなたならきっと問題ないわよ」
それくらいルイシーはリーリェンに惚れていると思う。リージュの可愛い妹を見出してくれて誇らしい気もするが、それはそれとして若干癪でもある。リーリェンのかわいらしさはリージュが一番わかっていたはずなのに。
「……ほかにもある」
「あら」
ようやっと顔をあげて、リーリェンはまっすぐにリージュを見た。その表情は女王リーリェンの顔にも見えたが、泣き出しそうにゆがんでいるようにも見えた。細い指が胸元の衣を強く握った。
「私は、幸せになっていいんだろうか?」
さすがに虚を突かれて、リージュも笑みが引っ込んだ。ズーランもファジュンも息をのむ。
「六年前、姉さんが私をかばって後宮に召し上げられたことはわかっている。先の王の好みがどうのと言う話ではなくて、ヤン家は狙われていたようだから、姉さんが断れば妹の方を、と言うことにはなったと思う。おばば様から聞いた。自分から行くって言ったんだろう」
「……リーリェン」
そうだ。リーリェンは一人で領主を務め、女王になれるほどの聡明な娘だ。気づかないはずない。だが、リーリェンをかばったのはリージュの勝手で、リーリェンのせいではない。
「私は……こんなにも私を守ってくれた姉さんを差し置いて、幸せになっていいんだろうか……幸せで、いいんだろうか……」
「いいっ!」
叫んだのはリージュではなく、ズーランだった。リーリェンの目が幼いころからの友人の方へ向く。ズーランは卓子に手をついて立ち上がり、叫ぶ。
「いい! 幸せになっていい! リーリェンはリージュ姉さんに言われても納得しないでしょう? だから、あたしが代わりに言う!」
ズーランはふざけているように見えて、肝要な部分を押さえている。確かに、リーリェンはリージュに言われても納得しないだろう。ズーランは結局のところ、リージュよりも長くリーリェンの側にいた。
「幸せでいい! こんなに頑張っているのに、幸せになれないなんて、そんなの嘘だわ……」
ズーランが顔をうつむかせて椅子に座りなおした。ファジュンがその背中を撫でる。
「リーリェンもズーランが幸せだと嬉しいでしょ。私たちも同じよ」
「……そうか」
リーリェンが泣きそうな顔のまま目を細めて微笑んだ。
「そうだな……」
代わりにリージュが泣きそうになった。
*+〇+*
背後から抱き着かれて、気配は察していたが、驚いた。腹のあたりに回ってきた手を叩く。
「どうした?」
抱き着いてきたリーリェンの背丈では、ルイシーの肩のあたりまでしか頭が届かない。背中に顔を押し付けている彼女が可愛い。たまに甘えるようなしぐさをするのが、たまらなく可愛い。
「……その」
たっぷり間をおいて、リーリェンは遠慮がちに口を開く。割と、公私がはっきり分かれてきた。と言うか、私の部分が出てきたと言えばいいのだろうか。今の彼女を見てしまえば、かつて自分が見ていた彼女は公の方の彼女が大半だったのだな、と思う。
しばらく待つが、なかなか先の言葉が出てこない。根気強く待っていると、リーリェンはようやっと口を開いた。
「うん……私も、ルイシーが幸せならうれしい」
「どういう思考回路を手繰った結果、その結論に行きついたんだ?」
たまにある自己完結である。いや、なんとなくうれしいことを言われた気がするが、あのためらいがちな様子からなぜその言葉が出てくるのだろう。ルイシーは振り向いてリーリェンの顔を覗き込んだ。
「いや……私は思ったより、みんなに好かれているのだなと」
「まあ、そうだろうな」
疎んじている人間がいないではないだろうが、少なくともリーリェンの周囲にいる人間は彼女が好きだろう。姉のリージュなどはあからさまに甘やかしにかかっている。
リーリェンの細い指が疲れた様子を見せるルイシーの目元を撫でた。
「すまない。私のせいだな」
「眠れないのはお前のせいではないな」
主にルイシーの欲望のせいだ。リーリェンのせいではない。ぺとりとくっついたまま、リーリェンは「私はお前に触れられるのが好きだ」とポツリと言った。ルイシーは内心動揺する。というか、リーリェンは引っ付いているから、ルイシーの心臓が跳ねたのが分かっただろう。
「お前……あんまりかわいいこと言うなよ」
「可愛くはないな」
突然本気で返され、ルイシーは苦笑した。まあ、顔立ちはどちらかというと「美人」だ。
「俺には可愛いからいいんだよ。というか、あまり煽ってくれるな」
信用されているのはうれしいが、その信用が苦しいこともあるんだぞ。遠回しに言うと本気の返答がされかねないので、直球に言った。リーリェンは目を細め口元をゆがませると、先ほどより弱い口調で言った。
「煽られてくれないと、困る」
「は?」
つまり、本人がどうぞとばかりに差し出しているということだろうか。
「華奢というか……骨と皮でごめん……」
本気だった。一応、気にしていたのか、とルイシーはリージュと同じ心境に至った。
「骨と皮ってことはないだろ。抱きしめたら柔らかいし。というか、俺はお前がお前なら何でもいい」
「……」
真剣に言うと、リーリェンが何やら驚いた表情になった。なんだ、と尋ねると。
「……何でもない」
明らかにはぐらかされたが、その笑った顔が可愛かったので、衝動のまま口づけた。口づけたまま抱き上げて、口づけを深くする。喘ぐと言うよりも苦し気な呻きを聞きながら、嫌と言われても止められないかもしれないな、とちらっと思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本編のリーリェンはこれを聞けなかったので、追い詰められたままです。




