特別編:その1
ここからIFルート。正規ルートから枝分かれしたご都合主義の世界です。
みんな生きてる(リーリェンに)優しい世界。
【※注意※】
みんな生きてる、リーリェンに優しい世界線。ルイシーもシンユーもお姉ちゃんも生きてる。でも、どうしてもシャンリンとジュカンは死んでいる。
ご都合主義な世界なので、深く考えない。
生きている。
目を覚ましたルイシーが最初に思ったことは、それだった。宮廷内で見たことある女官が、ルイシーが目を覚ましたことに気づき、医師を呼びに行った。
「おはようございます、ルイシー様」
医師に容態を見られ、順調に回復していると言われたルイシーは、ヨウリュの訪問を受けた。武官服ではなく、官服を着ていた。
「ヨウリュか……なぜ官服」
「女王陛下より、兵部尚書を賜りまして」
「女王陛下?」
「リーリェン様です」
ルイシーは一瞬目を見開いたが、次いで納得した。なるほど。彼女がスーユェンを討ち、女王になったのか。大いに納得した。
「リーリェン様はルイシー様でいいのではないか、と最後まで粘っていましたね。あなたが五日目覚めなかったので、押し切りましたが」
「ああ、それでいいだろ。俺より、リーリェンの方がうまくやる」
ルイシーは一軍の将としての才覚はあるが、王になれるほどの才覚はない。所詮自分は、スーユェンの息子だ。
「あなたの処遇について、かなりもめています」
「だろうな」
「まあ、リーリェン様なら悪いようにはしませんよ」
「……だろうな」
うぬぼれでなければ、ルイシーはリーリェンに好かれている。合理的な思考回路を持つ女だが、根本的には優しい少女だ。ただ、どうなってもリーリェンが決めたことなら、ルイシーは従うだろう。
その後またルイシーは眠ってしまったが、次に起きたときには起き上がり、日常動作の訓練を行うことになった。あの一戦で、ルイシーの体はかなり傷ついていた。右目はえぐられ、眼帯に覆われている。腹を貫かれたので内臓もかなり傷ついた。ルイシーがスーユェンの子であるという事実がなくとも、もう将軍職は返上するしかないな、と思っていた。
足の骨も折れていたので、杖をつかなければ歩けないが、だいぶ回復してきた。目が覚めてから半年が経つが、その間、リーリェンの顔を見ていない。
かわりに、国の体制は急速に整えられていった。リーリェンが金華にいたころの体制を下地にしているのだろうと、ルイシーにも分かった。
リーリェンは、苛烈だが公平な女王だった。スーユェンに味方していたからと言っていきなり首を斬る真似はしなかった。合理的だが現実も見ている彼女は、自分がすべての人間に歓迎されているわけではないことをわかっていたし、無作為に首をきっていけば、国を維持する官僚が足りなくなるのは目に見えていた。
本音を言えば、ものすごくリーリェンに会いたい。しかし、自分の存在が彼女の立場を危うくしているのもまた事実であって、ルイシーはやるせない。黙って出て行っても見つかって強火で焼かれるんだろうな、と思いながら、庭に出た。庭に降りるための段差につまずく。
小さな手に腕をつかまれた。ルイシーは自ら均衡を保ち、転ばなかったが、転びそうになった己を助けようとしてくれたのだろう相手を振り返った。
「リーリェン」
「……転ぶかと思ったんだが、大丈夫だったな」
涼やかな目を何度かしばたたかせ、この国の新女王は言った。この国の頂に上っても変わらぬ物言いに、ルイシーは笑った。
「お前と俺の体格差では、一緒に転ぶのがおちだな」
笑って言うと、リーリェンは「確かにな」と納得したようで、ルイシーの腕から手を放す。
「足は大丈夫か? 体は?」
「問題ない。ありがとう」
そう答えると、リーリェンは「そうか」とうなずき、ルイシーを見上げた。いつも通りの無表情で言った。
「少し話をしたい」
そう言われたので、二人は並んで庭の石に腰かけた。座ると、変なところに力が入っていたらしく、足が痛かった。
「女王になったそうだな。おめでとう、と言うべきか」
「暫定だ。まだ登極したわけではない」
相変わらずの歯切れの良さで、リーリェンは言ってのけた。そのままルイシーの片方しかない瞳を覗き込む。
「お前が望むのであれば、お前が王になればいいと思うのだが」
「いや、いい。お前の方が王にふさわしいと思う」
きっぱりと言うと、リーリェンはおとなしく座りなおす。
「そうか……押し付けられると思ったんだが」
「……」
「冗談だ」
思わずまじまじとリーリェンを見ると、彼女はしれっとそう言った。いや、顔が全く冗談を言った感じではないが。
「正直、お前の処遇については悩んだ。というか、今も悩んでいる」
瞬間的に、女王陛下ヤン・リーリェンに切り替わり、彼女は口を開いた。だろうな、とルイシーはうなずく。
「ワン・スーユェンの息子だ、殺してしまえ、という意見もなかったわけではない」
「ああ、まあ、そうだろうな」
「だが、それは公平ではないだろう。お前はワン・スーユェンに対して反乱を起こしたんだ。私にではない。なのに、不穏分子として処刑するのか? それはまた別の問題のはずだ」
「お、おお……」
こういう理性的なところが、リーリェンにはある。確かに彼女の言う通りで、ルイシーに殺されるいわれはない。彼個人については、何も関係がないのだ。ただ、リーリェンが討ったスーユェンの息子であると言うだけで。
「去ると言うのなら追わない。さすがに、この状況でお前を将軍に戻すことはできないが、自由に生きてもいいと思う」
「自由に、か……」
これまでも、ルイシーは自由に生きてきたつもりだった。むしろ、制限されて生きてきたのは、リーリェンの方だろう。ルイシーは一向に視線の合わないリーリェンの横顔を見つめる。
……玉座から、彼女を解放してやるべきなのだろうか。彼女は感情を理性が上回る人間だ。自分を抑え込んでいるのかもしれない。
「……お前の意見を全く無視するのであれば」
「うん?」
唐突にリーリェンが口を開いたので、ルイシーは首をかしげる。彼女は視線を向けないまま言った。
「お前を女王の夫に迎えてしまえばいいのではないか、という意見もある」
私も考えた、とリーリェンは言った。考えたうえで、却下したのだろう。彼女らしい。自分が、スーユェンに後宮に召し上げられそうになったから、同じことをしたくなかったのかもしれない。
しかし、これは昔からある考え方だ。ちょっと男女が逆転しているが、新しい王朝が興るとき、旧王朝の姫君を妻に迎える、というのはありがちな話だ。今回もそれに当てはまると言える。
だが、それはリーリェンの本意ではないのだろう。自分がされたことをしたくない。そんな当たり前な人間的感情が働いている。なおかつ、うぬぼれでなければ、ルイシーはリーリェンに好かれているはずだ。その思いをこんな形で遂げるのは嫌なのだろう。その気持ちは、ルイシーにも理解できなくはない。
「なら、俺がお前を口説くと言うのはどうだ?」
女王相手だと不敬罪なのか? と疑問が持ち上がるが、リーリェンが「はあ?」と本気で聞き返してきたので、ルイシーは笑った。
「やっとこっちを見たな」
「……」
不貞腐れたような表情で視線をそらされる。手を伸ばしてリーリェンの頭を撫でた。
「俺が怪我をしたのは、お前のせいじゃない。俺がやりたいことをやって、結果的に怪我をしただけだ」
突き詰めれば、そう言うことなのだろう。リーリェンはルイシーに負い目を感じているから、何一つ、強制したくないのだ。
「……痛むか」
リーリェンの細い指が、ルイシーの右目を覆う眼帯を撫でた。ルイシーは左目を細める。
「今はそれほどではないな」
目が覚めたばかりのことはうずくことがあったが、今はそれほどでもない。リーリェンの手が滑り、頬を撫でた。優しい触り方で、少しくすぐったい。
「ごめん……ごめんなさい……」
両肩に手を置かれ、リーリェンが額をルイシーの胸元に押し付けた。小さな頭が目に入る。
「父親のものになると聞いて、平常ではいられなくなるくらい、俺はお前が大切だってことだ」
うん、と小さな頭がうなずいた。今日はやけに素直だ。抱きしめてみると、肩に置かれた手が服を握りしめた。
「ごめん……あなたのお父さん、殺してしまった……」
そんなことか、と笑いかけたが、笑えばリーリェンが傷つく。矜持が高く、繊細な娘なのだ。
「前にも言ったが、親と思ったことはない」
「……」
「でも、そうだな。お前くらいは、悼んでやってくれ」
「……そうする」
ワン・スーユェンは、少なくとも、百年前は救国の英雄だった。リーリェンは、その英雄になら敬意を払うだろう。
落ち着いたのか、ルイシーから離れたリーリェンはかすかに微笑んでいた。この顔を見れただけでも、生き残った甲斐がある。
「口説くと言ったのも、本当だからな」
「寝言は寝て言え」
これぞ、ヤン・リーリェンである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
正規ルートがしんどかったので書き始めたので、基本的に優しい感じで進みます。たぶん。ヤマなしオチなしです。平行世界だと思ってください。
この世界のリーリェンは、お姉様もルイシーもシンユーも生きているので、ツンデレのまま進みます。ツンデレよりクーデレの方が近い気もするけど、細かいことは気にしない!(笑)




