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33.愛していた













 京師に向かう道中で、リーリェンたちは宿を取った。京師にはいってしまえば、そこはもう敵地だと思わねばならない。我ながらとんでもないところに足を踏み込んでしまったものだ。

 泊っている部屋の窓が叩かれた。そっとうかがうと、見知った顔だった。


「何をしている」


 玻璃の窓を開けてリーリェンは言った。ひらりと部屋の中に入ってきたルイシーは、「開けるなよ。危ないだろ」と小言を言う。開けさせておいて何を言っているのだ。


「私が身の危険を感じていたら、お前は今頃丸焦げで地面の上だ」

「怖いな……この高さから落ちたら死ねるぞ」


 ここは五階である。が。


「上ってきた人間が何を言っているんだ。というか、何の用だ」


 普通に招き入れてしまったが、こいつは指名手配中だったりする。ルイシーは笑って勝手に寝台に腰かけた。

「こうでもしないと、闇討ちしようとしている俺と、真正面から討ちに行こうとしているお前は会えないだろう」

「……ま、そうだけど」

 リーリェンはルイシーと向かい合うように椅子に座った。

「お前が王の息子だといううわさを流したのは、お前か?」

 自分がそう名乗り出て、自ら禁軍を追い出されたのかと思ったが、違うらしい。どこから出たのかわからない、とルイシーは言った。

「ヨウリュが全力で調べたが、わからなかったそうだ。中央に近いところから出た噂なのは確かだな。体制を整える前に追い出された」

 王は自分の息子がいようと無視するような気がするので、追い出したのはまた宰相だろう。既得権益を失うのが怖いのだ。将軍にまでなったルイシーが、『旧き友』であるスーユェンから玉座を奪うのを恐れている。ここまで予想しているが、リーリェンは宰相と面識があるわけではない。

「いつかはばれると思っていたが、作為的なものを感じるよな」

 ルイシーがそう言うので、考え込んでいたリーリェンは顔を上げた。ルイシーがまっすぐにリーリェンを見ている。

「私が後宮に召し上げられる時期と同じだった、と言うことにか」

「そういうことだな」

 確かに、そこはリーリェンも同意する。狙いすましたような時期だ。これが同時に起こらなければ、リーリェンはおとなしく後宮に召し上げられた可能性が二割ほどあるし、ルイシーに至っては自分が国外逃亡するだけで済んだだろう。


 それが、結局こうして、方法は違うものの同じ目的を持って行動するに至っている。


 ルイシーは、禁軍を離れていた間、金華にいたことを隠していないし、京師にいる間、リーリェンとよく一緒だったのを目撃されているだろう。だから、考えたのではないか? リーリェンが父親の後宮に入る、自分が王の息子だとばれる。これが同時に起これば、ルイシーはスーユェンに反乱するのではないか、と。

 だが、だれが考えたのだろう。ついでに言えば、これはルイシーがリーリェンを憎からず思っていることが前提だった。

「お前は、このまま俺と逃げるつもりはない、よな」

「ない」

 逃げる、と言う選択肢が彼女の中に存在していない以上、それはない。ルイシーだって、結局、自分を慕ってくれたヨウリュたちを置いて行けないはずだ。そう言うと、彼は笑った。

「そうだな……ヨウリュは禁軍に残してある。いざとなれば、お前を助けてくれる」

 ルイシーは外から攻めるつもりなのだろう。だが、禁城の守りは強固だ。おそらく、リーリェンが中から落とす方が早いだろう。


「……お前に、人を殺させたくはないが」


 柔く微笑んで、ルイシーは言った。『旧き友』とはいえ、人と同じだ。人より長寿で、強い力を持つが、毒で死ぬこともあるし、首を斬られれば死ぬ。術の対決では勝機はないが、リーリェンがそばまで行って首をかき切れば死ぬだろう。まあ、希望的観測が入っているが。


「私も、お前に父親を殺させたくない」


 リーリェンがそう応じると、「父だと思ったこともないけどな」とルイシーは笑った。リーリェンはしれっと言う。

「これは私の心情の問題であって、お前がどう思っているかは関係ない」

「お前、そう言うところいさぎよいよな」

 ルイシーは目を細めて笑うと、窓の外に目をやる。リーリェンはつられるように外を見た。

 こんなに静かなのに、明日には反乱がおきる。リーリェンとルイシーが起こす。その騒ぎを。

「これも誰かの掌の上なのだろうか」

「誰かが筋書きを描いて、それに沿って動かされているのかもな」

「……」

 ここにヨウリュあたりがいれば何か意見をくれるような気もするが、あいにくリーリェンとルイシーしかいない。


 突然強く手を引かれた。踏ん張れずにルイシーの腕の中に納まる。彼がそのまま寝台に腰かけなおしたので、リーリェンはルイシーの膝に乗り上げる形になった。さすがにこの体勢はまずい。

「ちょ、ちょっと」

 肩を押し返す。だが、さすがに腕力が違った。抱きしめられた姿勢から動けない。しばらくもがいていたが、ルイシーに離す気はないらしく、リーリェンはあきらめて彼の肩にしがみついた。突然、惜しくなった。

 明日、失敗すればリーリェンもルイシーも命はないだろう。もう会えないかもしれない。そう思うと、惜しくなった。……惜しんではいけないとわかっているのに。

 わかっていたはずだ。どう転んでも、この想いは成就しない。額をたくましい肩に押し付けて、息を吐く。気合を入れないと恐怖で泣いてしまいそうだ。

 ランウェンはリーリェンが気性の激しさを理性で抑え込んでいると言ったが、その通りだと自分でもわかる。本来、彼女は感情の起伏が激しい。激しかったはずだ。それが表に出なくなったのはいつからだろう。


「リーリェン」


 折れるほどに強く抱きしめられていたのが、力が緩んだ。リーリェンも力を緩めて膝に乗り上げても少し上にあるルイシーの顔を見上げた。

 唇が重なる。頭を固定され、容赦なく口づけられる。自分のものより大きな舌が歯をなぞり、口内を嘗めまわす。舌を絡められ、吸われた。息ができなくて、くぐもった声が漏れる。それに気づいたのだろう。ルイシーが唇を放した。少し上から「鼻でも息ができるだろう」と突っ込まれた。確かに。


 大きく息をして、ルイシーの首に縋りついた。


「どうした?」

「……思ったより自分が臆病なんだなと気づいた」

 一度抱きしめて、リーリェンはルイシーから離れた。膝から降りて、立ち上がる。

「もう行け。さすがに外聞が悪かろう」

「あそこまでしておいてそれを言うか」

 ルイシーは微笑んで立ち上がると、リーリェンの頬を撫でた。そこで、彼女は自分が笑っていることに気が付いた。

「……なあ。これが終わったら、言いたいことがある。聞いてくれるか?」

「……わかった。聞こう」

 約束をしてルイシーは着た時と同じように窓から出て行った。リーリェンは窓からその姿を眺めた。


 ――――結局、リーリェンが生きているルイシーの姿を見たのは、これが最後になった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


当社比で甘め。

どんなにいい感じに見えても、悲恋です……。


でも書くのがしんどかったので、別ルートも書き始めてしまった…。シリアスしんどい…。


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