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32.覚悟











 今、リーリェンの前には二つの選択肢がある。おとなしく後宮に収まるか、収まらないか。


 もちろん、言われた通り後宮に収まってしまった方が事態は楽だ。金華を放り出すことにはなるが、これが一番角が立たないのは事実だ。

 収まらないほうを選ぶのなら、いくつか方法がある。リーリェンが逃げる、もしくは自害してしまうこと。話し合いで解決することは、現時点では不可能だろう。


「もしくは、王を討ってしまうか」

「……」


 ランウェンがさらりと言った。リーリェンは言葉を返さなかったが、彼女も考えたことだ。父グォシャンが、最終的にはスーユェンを討つことも考えて『銀葉』を組織したことは、リーリェンだって気づいていた。

「……正直、後宮に収まってしまう方が楽なのだとは思うが……」

「リージュ様の行いが無駄になりますね。それに、あなたに後宮での暮らしが合うとは思えません」

「……まあ、そうだな」

 リーリェンも、自分が後宮で暮らせるような性分ではない、とわかっている。むしろ、宮廷で官吏として使われる方がまだ予想できるくらいだ。


「……主上もなかなか趣味が悪いな」


 姉のようなたおやかな美女だけ集めていればいいのに。ランウェンは相変わらず微笑み。


「それでは、ルイシー殿も趣味が悪いということになりますねぇ」


 からかうように発せられた言葉に、リーリェンは気づいていたのだな、と思っただけだった。というか、ルイシーはスーユェンの息子であるから、親子そろって好みが似ているのか?

 難しい顔になっていたのか、ランウェンが困ったように首を傾げた。

「からかいすぎてしまいましたか。申し訳ありません」

「……いや、そうではない。どの道を選んでも、結局金華を放棄せざるを得ないと思っただけだ」

「そうですねぇ。手放さざるを得ないのでしょう。それは、避けられません」

 ランウェンは落ち着いてそう言い、リーリェンにお茶を月餅を出した。とりあえず、リーリェンには食べさせておけばいい、と言うような風潮がある。


「街ではみな、怒っております。リージュ様だけではなく、わたくしたちの領主まで王は奪うのか、と」


 花茶に口をつけていたリーリェンは、茶器を受け皿に戻し、言った。

「おばば様は、どうも私に反乱を起こしてほしいようだな?」

「そう言うわけでは……あるのかもしれませんが」

 どっちだ。

「長らく、金華から国を見てきました。グォシャン様が宮廷を追われてきたときも、リージュ様が召し上げられた時も、なぜ主上はこんな無慈悲なことができるのだろうと、恨めしく思いました」

「そうか」

 淡々と答えたリーリェンに、ランウェンは微笑む。

「老人のたわごとです。お気になさらず」

「もとより、おばば様の言葉に決定を左右されるようなつもりはない」

 きっぱりと言い切ったリーリェンに、ランウェンは「左様ですか」と微笑んだ。

「リーリェン様のご気性は、どちらかと言うとクゥイリーに似ているものだと思います」

「だから?」

 唐突な言葉に怒らず、先を促すと、ランウェンは微笑んだまま言った。


「ですが、それを理性で抑え込んでおられる。今、きっとあなたは迷っておられるはず。理性では何も言わず後宮に入ったほうがいいと思っている。しかし、感情では自分にも手を伸ばしてきた主上に、お怒りになられているはず」


 的確に自分の心情を言い表されて、さしものリーリェンも言葉に詰まった。その通りだ。

「どこで折り合いがつくのか。リーリェン様が、グォシャン様と同じく、理性的な領主であらせられる。あなたがどう判断しても、金華の民はついて行きますよ」

「……だから、困っている」

 リーリェンが王にたてついても、金華の人々は彼女についてくるだろう。それくらいの信頼は、勝ち得ていると思っている。机に肘をついて指を組み、そこに額を当ててため息をついた。


「……母上が」

「はい」

「この話を聞いて、私に言ったんだ。逃げろ、と」

「……そうですか。クゥイリーが」


 無視されるでもなく、戦えと言われるでもなく、ただ『逃げろ』と。お前まで王の籠の鳥になることはないのだと。母クゥイリーが提示したのは、リーリェンが傷つく方法ではなかった。さすがのリーリェンも、もう母が自分を見ていないのだ、と言うことなどできない。


「以前、一緒に逃げるか、と誘われたこともある」


 意図的に主語を省いた発言だったが、ランウェンは誰に言われた言葉か察したようだった。


「逃げてもいいのだ、と思うと、すごく気分が楽になった。その上で、今度は母に『逃げろ』と言われて、思った」


 リーリェンは姿勢を正し、ランウェンをまっすぐに見て言った。


「初めから、私の中に逃げるという選択肢は存在していない」


 おそらく、ルイシーもわかっていたのではないだろうか。逃げてもいい、と言われたところで、リーリェンは逃げない。その選択肢があるとわかっていながら、その方法をとることはないと。


 ランウェンも承知していたのだろう。もう一度、「左様ですか」とつぶやいて、微笑んだ。
















 さらに報が駆け込んできたのは、その日の夕刻のことだった。『銀葉』と打ち合わせをしていたリーリェンは、駆け込んできたズーヨウは荒い息のまま、リーリェンに向かって言う。

娘娘じょうじょう! ル、ルイシー殿が、主上の息子だって……!」

 大声で言ってのけたので、その場にいた全員がざわりとなる。みな、ルイシーを知っているが故の衝撃だ。

「公表したのか?」

「え、娘娘知ってたんですか」

 けろりとのたまう領主に、ズーヨウは肩透かしを食らったような顔で言った。リーリェンは「そうだな」とどっちにもとれる返答をした。


「で、それがどうした」


 淡々としたいつも通りの様子の領主に、ズーヨウは気を取り直したらしく口を開いた。

「いえ、公表したのではなく、そう言ううわさが京師で蔓延しているようです。で、反王派の人たちが、ルイシー殿を旗頭にしようと」

「となると、彼はまた禁軍を追放されたのか。難儀な奴だな」

 リーリェンの感想に、周囲が喚く。

「感想、それだけですか!?」

「好いた男の危機ですよ!?」

 リーリェンがルイシーを好きだと、いったいどこまで広がっているのだろうと思いながら、リーリェンは打ち合わせ中の紙を叩いていった。


「男の危機より、目の前の自分の危機が先だ。私が主上を討てれば、必然的に彼の危機も消滅する」


 それはそれで別の危機が生じそうな気もするが。

「……わあ。娘娘、強気ぃ……」

 しん、とした空間の中で、そうつぶやいたのズーヨウだった。彼をひとにらみしてから言う。

「誰が言っているのかは知らないが、もし、それがルイシー本人から出た噂ではないのなら、本人が呼応することはないだろう」

 禁軍を追い出されても、王を討たなかった男だ。肉親の情があるようではなかったが、そういう男なのだと思う。

 と、思ったが、ふと気づく。


「いや……この状況なら、あえて乗る可能性もあるのか……」


 リーリェンが、「自分が王を討てば、ルイシーの危機はなくなる」と言ったように。

 ルイシーも、「自分が王を討てば、リーリェンの後宮入りはなくなる」と考えたっておかしくないはずだ。それくらいの好意を、リーリェンはルイシーから受け取っている。


「ああっ、もう!」


 叫んで、ごん、と額を机に打ち付けた。めったにないリーリェンの乱心に、周囲がちょっと引いた。


 これは、本当の本当に、覚悟を決めねばならない。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


あと2話。


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