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02.おばば様












「突然押しかけてしまい、申し訳ありません。リ・ルイシーと申します。お見知りおきを、ランウェン殿」


 結局、初対面でおばば様、と着やすく呼べないので名で呼んだ。ランウェンは微笑む。


「名で呼ばれるのは久しぶりです。妖魔退治の街、金華へようこそいらっしゃいました」


 ランウェンはルイシーたちの反応を見ているようだった。同じように、ルイシーたちも見ているが。

「どうして金華をお訪ねか、お聞きしても?」

「ええ。京師で軍務についていたのですが、この度、主上の勘気を被り、放逐されまして」

「まあ、禁軍にご所属で」

「よくご存じで」

「地方と言えど、禁軍のリ将軍の噂くらいは入ってきますよ」

 それはそうか。ルイシー自身も派手に活動していた自覚はあるし、この金華の人間なら知っていても不思議ではない。思えば、ジュカンだって京師から来た、と言ったことに驚かなかったから、彼も察していたのかもしれない。


「……そうですか。いや、失礼しました。それで、こちらの領主ヤン・グォシャン殿も私と同じく、主上の勘気を被り宮廷での官位を失われたと思い出しまして、頼って参ったのですが」

「それに、金華は妖魔退治のおひざ元。お役に立てるとも思ったのですが」


 ヨウリュが畳みかけるように言うと、ランウェンは穏やかに「そうですねぇ」と答えた。

「金華に滞在くださるのはかまいませんよ。ジュカンが連れてきたのですし、問題はないでしょう」

「え、俺はおばば様に見てもらおうと思ってとりあえず連れてきたのに」

 ジュカンがそう訴えたが、華麗に無視された。ランウェンは続ける。

「滞在場所が決まるまで、宮に宿泊していただいて構いませんよ」

「それはありがたい」

 どこか宿屋でも紹介してもらおうと思っていたので、この宮においてもらえるならありがたい。ただし、部屋は狭いとのことだが、軍人として野営経験もある彼ら三人にとっては問題にならない。


「ランウェン殿。ぜひ、領主殿にもご挨拶したいのですが」


 そう申し出ると、ジュカンがぎくりとした。ランウェンは動揺も見せず、変わらず穏やかに微笑んでいる。


「現在、領主にはお目通りかないません。どうかご了承くださいませ」

「どこかお具合でも悪いのですか、グォシャン殿は」


 ヨウリュが尋ねる。ランウェンは「そうですね」とうなずきながらも、本当のところは語らない。ただ、こう言った。


「現在の領主は、グォシャン様ではございません。グォシャン様は、半年前に亡くなられました」


 これまでの話の流れからなんとなく察していたルイシーとヨウリュはともかく、シャオエンは「ええっ!?」と驚きの声を上げた。馬鹿なわけではないのだが、考えることを放棄している彼だった。


「現在の領主はヤン・リーリェン様。グォシャン様のご息女です」


 ランウェンの落ち着いた声が、違和感の正体を述べた。
















 ランウェンの宮の中の客室をあてがってもらった。そこで、三人顔を突き合わせていた。


「え、グォシャン様、亡くなってんの?」


 シャオエンが混乱したように言った。ヨウリュが「そのようですね」とうなずく。そのあとを継いだのはグォシャンの娘リーリェン。グォシャンの年齢を考えても、まだ二十歳前後の女性と思われる。


「……ズーユンは、『姫様が三日も目覚めない』と言っていましたね……」

「ああ。その『姫様』が、領主のリーリェンなのだろう」


 ヨウリュとルイシーの見解が一致した。この小さな地域に、『姫』と呼ばれるほど身分の高い女性がそうそういるとは思えない。

 何かの事故に巻き込まれたのか、はたまた病に伏しているのか。妖魔退治のおひざ元なので、討伐で後れをとったのかもしれない。とりあえず、挨拶は無理そうだ。

「あす、街に出てちょっと情報を集めてみましょう」

「そうだな。家でも借りられるといいのだが」

 いつまでも宮にいるわけにはいかない。最悪、永住も視野に入れているルイシーだった。ヨウリュとシャオエンには、ついてこなくてもいい、と言ったのだか、ついてきた。今更言う必要はないと思っている。


 夕食ですよ、とお手伝いらしい少年が呼びに来た。

















 宮にはおばば様ことランウェンのほかに、巫覡とその見習いが暮らしていた。見習いが主に家事を行っているらしいが、そもそも住んでいる人数が少ないので、基本的に分担らしい。ちなみに、食事はおいしかった。

 さて。無事に到着した翌日は、金華の街の散策である。この金華は、先述の通りヤン氏が治める地方都市だ。規模としてはそれほど大きくなく、僑国の北西に位置する。

 金華の先代領主ヤン・グォシャンは、かつて宮廷に官位を持つ官吏だった。優秀でまっとうな官吏だったのだが、それ故に王の勘気を被り、宮廷を追い出された。これが十数年前の話で、二十四歳のルイシーは、流石に彼の顔を知らなかった。

 宮廷を追い出され、領地に戻ってきたグォシャンは、妖魔討伐組織を結成した。これがのちに『銀葉』と呼ばれる組織である。妖魔による被害はたびたび起きていたが、王が無視しているために被害は大きかった。それを何とかしよう、としたわけである。


 思いのほかうまくいった『銀葉』の運営だが、グォシャンに再び悲劇が襲う。二人いた娘のうち、上の娘が王に目を付けられ、後宮に召し上げられた。王に臨まれればグォシャンたちに断るすべはなく、長女は後宮に収められた。これがヤン昭容である。彼女の姿は、禁軍将軍だったルイシーも見たことがある。

 その後、悲しみに暮れたグォシャンが、王を討つための準備を始めたといううわさもあったが、元禁軍であるルイシーたちが招き入れられたということは、ただの噂に過ぎなかった可能性が高い。

 グォシャンには二人娘がいた、というのは知っているが、あいにくと領主を継いだリーリェンに関してはほとんど何も知らない。京師にいては、噂にもならなかった。噂にもならない人物なのか、それとも意図的に隠していたのか。後者なのだろうというのが、翌日金華の街をめぐって出した、ルイシーたちの結論だった。

「リーリェン殿に対する悪い話、出てきませんでしたね……」

「いわゆる、品行方正なお姫様ってことか?」

 シャオエンの言葉に、どうでしょうね、とヨウリュが応じた。


「悪い話がないからと言って、その人が品行方正であるとは限らないでしょう。少なくとも、領民にたいしてはよい領主、ということです」


 確かにな、とルイシーは思う。ただ、領民たちの様子を見ると、領主のことをよく慕っているようだし、どちらかというと『心配されている』感じがした。まあ、領主になって間もないのだから、ある程度は仕方ないだろう。

「ですが、妖魔退治に出かけようと思ったら、領主の許可がいるんですね……」

「ああ。誰に聞いても、『領主がいいと言わなけりゃ行かせられない』だったからな」

 ルイシーもうなずく。ということは、何としても領主に、リーリェンに会わなければならない。彼女はもう目覚めたのだろうか。領主館の方を見ても、何というか、人が生活している気配がしなかった。


 これ、無事に会えるのだろうか。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ヒロイン、まだ出てこない。


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